ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「紫姫魅は――叛逆者だぞ?」
 悧魄(りはく)の不敵な笑みを真っ向から見返し、水鏡(みかがみ)は青漣を構え直した。
 端整な顔立ちや微笑に惑わされていけない。
 この男は自ら名乗ったのだ――叛乱の神・紫姫魅の手の者だと。
「そんなことは百も承知です。これからは、天王に代わり紫姫魅様がこの天界を支配するのです」
「馬鹿げた妄想だ」
 水鏡はキッと悧魄を睨めつけた。
 天王を侮辱する発言だけでも腹立たしいのに、紫姫魅が天王に取って代わろうだなんて笑止千万。叶わぬ夢だ。
「私の知るあの男は、そんな妄執に囚われるほど愚昧ではなかったはずだが?」
「ええ、紫姫魅様は聡明な方です。近頃は天界の各地に妖魔が出没しているような酷い有様です。――衰えたのではないですか、天王の力が?」
「妄言は吐かぬ方が身のためだぞ」
「果てして、妄言でしょうか? 平和な黄金時代は終焉を迎え、時は混沌の時代へと移り変わろうとしているのですよ。紫姫魅様はいち早くそれに気がつき、《天王》として機能しない当代を見限り、新たな天界を造り直そうと高潔な志を抱いているのです。全ては天界のため――あの方はそう仰いました」
 悧魄の灰色の双眸が強い輝きを灯す。
 そこには紫姫魅に対する揺るぎない忠誠心と敬愛の念が含まれていた。
 悧魄は純粋に紫姫魅の思想を信じ、彼の全てに心酔しているのだろう。
「天王様の力は衰えてなどいない」
「そう思うのは、あなたの自由です。ですが、紫姫魅様は必ず天王の首を獲りますよ。水鏡殿、あなたも我が主の元へ来ませんか? 今なら紫姫魅様もあなたを味方として快く受け入れて下さるでしょう」
 悧魄が笑みを湛えたまま突拍子もない申し出を放つ。
「あの男、私の先視が余ほど邪魔なのだろうな」
 水鏡は脳裏に紫姫魅の美麗な姿を思い描き、失笑する。
 黒とも深い緑ともとれる黒緑の長い髪。闇から生まれ出でたような瞳。
 恐ろしく美しい男神――その身に孤高の影を纏わりつかせて生きてきた男が、今更味方を欲するわけもない。
 紫姫魅が水鏡を手に入れたいと願うのならば、それは先視が鬱陶しいから。ただ、それだけだ。天王と自分の間に立ちはだかる障壁を手っ取り早く除去したいだけだろう。
「折角の誘いだが、私の主は――生涯天王様だけだ」
「そんな冷たいことは仰らないで下さい。――さあ、水鏡殿、俺と一緒に紫姫魅様の元へ参りましょう」
 悧魄の灰色の瞳が水鏡を射る。
 顔は笑みの形を象っているのに、その灰色の眼精だけはゾッとするほど冷ややかだった。
 ――何……だ……?
 水鏡は不愉快さに眉を跳ね上げようとして、それが実行できないことに気がついた。
 悧魄の冷たい手が水鏡の手を握り締める。
 不快なのに、水鏡の身体は思うように拒絶反応を示せなかった。全身の力が奪い取られたかのように動けない。
 ――この男……他者を操れるのか?
 悧魄は植物を操っていた。その力が多少なりとも水鏡に影響を及ぼしているのかもしれない。
「水鏡殿――」
 悧魄の顔がスッと近寄ってくる。『水鏡を手に入れた』という勝者の笑みが満面に広がっていた。
 その他人を小馬鹿にしたような微笑みが、水鏡の怒りを再燃させた。
「ふざけるな……!」
 水鏡は押し殺した声音で吐き捨てると、下唇を自ら噛み切った。
 血の味が口内に広がる。
 同時に呪縛が解けた。
 水鏡は唇から鮮血が流れ落ちるのも構わずに、素早く青漣を握り直した。
 悧魄の手を柄で打ち、脇腹に強烈な蹴りを見舞う。
 不意を衝かれて防御の態勢をとれなかった悧魄は蹴りをまともに喰らい、派手に地面に倒れ込んだ。
 水鏡は悧魄を睥睨すると、その鼻先に青漣を突きつけた。
「おまえの負けだ、悧魄」
 冷徹に宣告する。
 しかし、悧魄は口の端を歪めてニヤリと不気味な笑みを浮かべるのだ。
 水鏡の背筋に得体の知れない悪寒が走る。
「――――!?」
 唐突に右足が物凄い力で引っ張られた。
 右の足首に太い木の枝がしっかりと巻き付いていたのだ。
「貴様っ! 卑怯だぞっ!」
「卑怯? これは俺の《力》ですよ。もうとっくにお察しでしょうが、俺は植物を自在に操れるんです」
 悧魄が薄く微笑む。
 彼の言葉を実証するかのように、足を絡め取る枝が力を増した。
「――ぐっ……!」
 木の枝がギリギリと力強く足を締め付けてくる。
 苦しさに歪む水鏡の顔を眺めて、悧魄は再び冷笑した。
 ボキッッ……!
 鈍く嫌な音が響く。
「っうっっっ……!!」
 水鏡はガクリとその場に膝を着いた。
 右足がへし折られたのだ。
 膝から下が奇妙に方向にねじ曲がっている。
「骨が折れたようですね。形勢逆転――というところですか。素直に従っていればよかったものを……。美しいあなたを殺すのは気が引けますが、紫姫魅様のためです――死んで下さい、水鏡殿」
 悧魄が懐から短刀を取り出す。
 彼は刃先を軽く水鏡の胸に当てた。
 狙いを定めた悧魄が、水鏡に止めを刺そうと短刀を高く振り上げた時、
「七天に剣を向ける愚か者が! それ以上水天を傷つけることは許さぬ」
 凛然とした声とともに天空から迸った閃光が悧魄を貫いた――




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2009.06.03 / Top↑
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