ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 広い和室の中には、袴姿の美人と彼の胸倉を掴んでいるスーツの男が存在していた。
 二人は揉み合っていたようだが、茜の出現にピタリとその動きを止めた。
「有馬に遊びに来ているなんて、ちっとも知りませんでしたよ」
 茜は形だけの笑顔を浮かべて、スーツ姿の男を見下ろした。
 銀縁眼鏡の似合う三十代半ばの男――彼が如月祐介である。如月は冷淡に見える端整な顔立ちをしていた。
「それは、こっちの台詞だ」
 如月は臆することなく茜を見返すと、急に興味を失ったようにパッと美人から手を離した。神経質そうに眼鏡を片手で直し、茜と美人に視線を流す。
「来たばかりで悪いが、私は帰らせてもらうよ」
 至極冷静に告げ、如月は茜の横を通り過ぎようとする。
「どうぞ。でも――桐子叔母さんがいない時を見計らって美人をいたぶるのは、いい趣味とは言えませんね」
「おや、アレは私なりの最大限の愛情表現のつもりだが? いつからそんな葵みたいに嫌味な物言いをするようになったんだ、茜? 兄弟そろって可愛げのない……。ああ、そうだ。いい加減に私を後見人にしたらどうだ、と葵に伝えておいてくれ。では、失礼――」
 如月が口の端に冷笑を刻み、眼鏡の奥から鋭い眼光を浴びせてくる。
 彼は軽く鼻を鳴らすと茜の隣に立つ龍一に剣呑な一瞥を与え、部屋を出て行った。
「二度と来るな、サディスト野郎! 金に目が眩んだ下衆が……!」
 心の底からの罵りを吐き出し、茜は畳の上で顔をしかめている美人へ近寄った。
「……何者なんだ、あの男は?」
 思わぬ内輪揉めに遭遇して驚いたのか、龍一が茫然と呟く。
「おまえの同類だ」
「――どういう意味だ?」
「最低のヘンタイ」
 冷徹に茜は断言した。
 途端、龍一の唇から溜息が零れ落ちる。彼は不服そうに目を眇めて茜を見遣った。
「酷いな……。せめて私のことは純粋なヘンタイと呼んでほしいね」
「そこにだけはピュアさを求めたくない。――美人、大丈夫か?」
 龍一のボヤきをすげなく斬り捨て、茜は美人の傍らに膝を着いた。
 かなり強打されたのか美人の頬は紅く腫れ、唇からは血が滴り落ちていた。
 従弟の痛々しい姿を見て茜は眉をひそめる。
 同時に背後で龍一が大きく喉を鳴らした。
「それ以上、近寄るなよ。美人に手を出したら、即刻息の根止めてやるからな」
 すかさず茜は龍一を牽制した。
 魔族の好物は人間。殊に神族の血は彼らにとって至高の悦びをもたらすらしいのだ。
 龍一は美人の血の匂いを嗅ぎ、魔性の本能が疼き始めたのだろう。
「……承知している。少し――離れさせてもらうよ」
 龍一が苦しげに言葉を紡ぎ、部屋の入口まで身を退ける。
 鎌首を擡げ始めた魔族の性を理性で抑え込めるとは、流石は一条家の一員だ。下位の魔族なら本能に逆らえず、牙を剥き出しにしている頃だろう……。
 龍一が離れたのを確認してから、茜は美人の唇から流れる血を指で拭った。もう一方の手を従弟の肩に伸ばしかけた時、
「待って下さい、茜さん!」
 美人がハッと目を瞠り、慌てて身を引いた。
「関節が外れています」
 ひどく淡々と述べて、美人は右手を己の左肘へと運んだ。慣れた手つきで肘の辺りを何度か動かす。
「――あ、はまった。如月の叔父さんは加減というものを知らないから――困りますね」
 美人が関節の具合を確かめように軽く左腕を振る。『困りますね』と口にする割りには、従弟の顔は妙に涼しげだ。
 美人は如月に暴力を振るわれたことなどまるでなかったかのように流麗な仕種で和服の乱れを正すと、茜の方を向いてきちんと正座した。
 そんな従弟を改めて見つめ、茜は苦笑を湛えた。
「どうして、あんな奴の言いなりになる? 少しは《力》を使って逆襲してもいいんだぞ? 鞠生叔母さんに遠慮することもない」
「遠慮しているつもりはありませんが――普通の人には《力》を使うな、と母に言われていますので」
「お人好しすぎるんだよ、おまえは。あんな男が鞠生叔母さんの夫だなんて、考えただけでゾッとする。桐子叔母さんだって、あいつに対してなら力を駆使しても怒らないよ、きっと」
 茜は従弟に諭すように告げ、溜息を落とした。
 根が真面目すぎるのか、美人には一度決めたことを中々覆さない頑固な面があるのだ。おそらく余ほどのことがない限り、従弟が如月に神力を行使して鉄槌を下すことはないだろう……。
「桐子叔母さんは留守みたいだし、時間もないから手短に話すけど――いいな?」
 茜は如月のことを脳裏から追い遣ると、改めて従弟の端麗な顔を見つめた。
「はい」
 美人は入口にいる龍一にチラと視線を流したが、深く詮索をすることはなかった。
 余計なことを口にしない従弟の配慮に感謝しながら、茜は葵と風巳が誘拐された経緯を説明した。

「ああ、それで一条先生と一緒にいるんですね」
 龍一が魔族であることに対しては僅か一瞬柳眉をひそめたが、美人は事情を素早く呑み、彼と行動を共にしなければならない茜の事情も察してくれた。
「もしかしたら……如月の叔父さんが絡んでいるのかもしれません。あの人――葵さんがいないことを知っていましたよ。いきなり押しかけてきて僕をけしかけるから変だと思ったんです。なので、ちょっと鎌をかけてみたら、あの通りムキになって怒ったし――絶対に何か訳ありですよ」
 美人が冷ややかに言葉を紡ぎ、唇に微笑を刻む。その静かな微笑みには、如月に対する嫌悪が潜んでいた。
「探りを入れるのはいいけど――頼むから、あいつと二人きりの時には絶対に無茶はするな。美人に何かあったら、俺が智姉と咲姉に八つ裂きにされる……」
 茜は正面から美人を見据え、真摯に告げた。
 有馬家の双子の姉妹は、唯一の弟である美人をとても可愛がり、大切に護り続けているのだ。あの二人を本気で怒らせたら、血祭りに上げられることは必至だ……。
「如月の叔父さんか……。どうせ、あいつのことだから葵を二条繭羅に売ったんだろうな。それくらい平然とやる男だ。まあ、誰が相手でも葵は必ず取り戻してみせるけど。――美人、おまえは夏生のことを頼む」
「僕は……連れて行ってはくれないのですね?」
 ふと、美人が表情を曇らせる。
 黒曜石の双眸には『葵を助けたい』という強い訴えが宿っていた。
「如月の叔父さんじゃないけど――万が一、葵と俺が戻らなかったら、一族の長はおまえだ」
「ですが、茜さんはまだ体調も――」
「おまえしかいない」
 不服げに反論しようとする美人の声を遮り、茜は彼の頭を軽く撫でた。
「夏生と一族を任せられるのは、美人しかいない。もしも朝までに俺も葵も帰ってこなかったら――後のことは頼む」
「茜さん、僕は……」
 美人が不安げに茜を見上げ、口籠もる。
 そんな従弟の頭をわざと乱暴に撫で回し、茜は唇に弧を描かせた。
「北の冷泉(れいぜい)も南の円融(えんゆう)も美人になら従う。――まっ、俺は絶対に戻ってくるけどな。ちゃんと葵と一緒に帰って来るから、それまで夏生の傍にいてやってくれ」
 努めて明るい声音で告げ、茜は美人の頭から手を離した。
 榊の本家に有事があった際には、有馬家が天主代行を務める。それは遙か昔からの慣わしであり、他の二大分家――冷泉家と円融家も了承済みだ。
「……解りました」
 素直な美人にしては珍しく、不承不承に首肯する。
「話はついたみたいだね。そろそろ風巳様を助けに行きたいんだけど、いいかな?」
 茜たちの遣り取りを静観していた龍一が、ようやく口を挟む。
「まあ、今回は風巳様と葵を救出したらお互い速やかに撤収――って決まりだからね。君の大切なお兄様方はちゃんと無傷で返すから、あまり心配しないように」
 龍一が柔和な笑みを美人へと向ける。
「それじゃあ、美人――行ってくるから」
 まだ納得のいかないような表情を湛えている美人から視線を引き剥がし、茜はゆっくりと立ち上がった。
 身を翻し、龍一の元へ移動する。
「茜さん、どうかお気をつけて。――榊の家で待っています」
 部屋を後にする直前、気遣わしげな従弟の声が耳に届けられる。
 茜は振り向かずに頷くと、龍一と共に有馬家を辞した。



     「五.一条」へ続く



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2009.12.19 / Top↑
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