ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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五.一条



 龍一の運転するブルーシルバーのアウディに乗り、茜は同じM市にある如月家へと向かっていた。
 有馬家と如月家はさほど遠くはない。
 地図上での距離は直線にしてたかだか二キロ程度だろう。
 なのに、いつまで経っても龍一のアウディは如月家へ辿り着くことはなかった。
 塀に囲まれた如月家が視界に入った途端、空間がグニャリと歪曲し、アウディは否応なしにそこに呑み込まれたのである。
 一瞬、ジェットコースターで落下している時のような気持ちの悪さが車中の茜を襲った。
 思わず瞼を閉じ、再びそれを押し上げた時には、フロントガラスに向こう側に広がる世界は闇に包まれていた。
 何者かの紡ぎ出す異空間に引きずり込まれたことは明白だった。
「まいったね。繭羅(まゆら)の結界に引き込まれたらしい。行けども行けども――辺りは漆黒の闇だ」
 ハンドルを握る龍一が肩を聳やかす。しかし、言葉とは裏腹に大して困窮しているようには見えなかった。サングラスをかけた横顔には微かな笑みすら浮かんでいる。
「……みたいだな。ちょうどいい。疲れてるから仮眠する。――襲うなよ」
 龍一に釘を刺し、茜は大きな欠伸をしながらシートを倒した。
 昨夜から一睡もしていない。その上に葵の身を心配するあまりに精神的な疲労も溜まっている。
 どうせ結界内で身動きが取れないのなら、今のうちに少しでも身体を休めておきたかった。ただ、魔族である龍一が隣にいることだけが不安要素だ。無防備に眠りに就いている最中に血を啜られたりしてはたまらない。
「それは……色んな意味で難しいけれど――善処はするよ。まあ、確かに、お迎えの敵が来るまでは暇だし、こちらから出て行くのも癪だしね。休めるうちに休んだ方がいい。さっき君の従弟が懸念していたけれど――本調子じゃないのか?」
 龍一がアウディを停車させ、茜に倣ってシートを倒す。
「おまえのご主人様が俺の血をガッツリ吸ったからだろっ……! おかげで、俺は未だに貧血気味だ」
 茜は仏頂面で嫌味を投げつけると、龍一から顔が視界に入らないように背を向けた。
「あの人には、まだまだ血が必要なんでね」
 悪びれた様子もなく龍一は告げる。魔族にとって血は必須エネルギーなので、吸血行為に罪悪感を抱くことはないたのだろう……。
 古き時代から生き延び、強力な力を得た高位の魔物は血を呑まなくても生命活動に支障を来さないと云われている。だが、若い三条風巳は魔族として未だ成長過程にあり、多くの血液を必要としてるのかもしれない。
「どうして、一条家のおまえが三条家の風巳に遣えている?」
 思わず、茜は胸につかえていた疑問を唇に乗せていた。
 静かな異空間で魔族と二人きり――という面妖なシチュエーションが常よりも口を軽くしているのかもしれない。
 それに、魔族の内部事情など知ったことではないが、同じ魔族でも他家に従事することは殆どないはずなので珍しく感じていたのは事実だ。
「おや? それは私に興味を抱いてくれたと受け取っていいのかな、茜?」
 龍一が楽しげに笑う。
「茶化すなよ。まあ、興味はある――というか、訊きたいことは山ほどある」
 茜は再び寝返りを打ち、改めて龍一の方へと向き直った。
 視界の中、龍一の豪奢な金髪が輝いている。
「一条家の始祖は――神族だって聞いたことがある。一条家特有の金髪は神力の名残だとも……。そもそも神族だった一族が、どうして魔族に寝返ったのか知りたいね」
「……私も知りたいよ。祖先は祖先でも、何せ古の時代の出来事だからね。真相は闇の中――というか妖魅王が綴る《妖鬼伝》には記されているんだろうけど……。あの孤高の女王は書の在処をひた隠しにしているから知りようがない」
 龍一が微笑を湛えたまま淡々と言葉を紡ぐ。
「妖魅王の《妖鬼伝》か……。ああ、あのゲームを作ったのは糸紡ぎの女王なのか! なるほどね、だから制作者が《AYA》でNPCが《織姫》なんだな」
 突如閃いた答えに茜がハッと目を見開くと、龍一は無言で首肯した。
 茜と龍一が出逢うことになったオンラインゲーム《鏡月魔境》――あのゲームを構築したのは、魔族にも神族にも与せずに中立を保っている妖鬼族の王であるらしい。
 女だけの妖鬼族を束ねるているのが妖魅王だ。
 妖魅王の役目は神族と魔族の闘いを記録することにあると伝えられている。
 遙かな昔より妖魅王が記し続けているのが、神族と魔族のことを詳細に書き記した《榊妖鬼伝》と《条家妖鬼伝》という二冊の書なのである。
 運命の糸を紡ぐかのようにひたすら書を綴り続けることから、彼女はしばしば《綾織の女王》や《糸紡ぎの王》などと呼ばれる。
「妖魅王が現代に生まれ落ちているとすれば、目的は一つ――闘いの記録……か」
 茜は自分で導き出した結論に我知らず顔をしかめていた。
 現在、妖魅王がこの世に存在しているということは、即ち――大きな戦が勃発するということに他ならない。
「二十一世紀にもなって《戦》なんてどうかと思うけれど――運命の糸に操られて、そういう方向へ流れていくんだろうね、私たち魔族も君たちも」
「まだ大戦になると決まったわけじゃない。俺はそんなの御免だね。葵が天主の時に生まれてくるなよな、妖魅王も」
「葵が天主になることが解っていたから、生まれてきたんじゃないのか?」
 ふと、龍一の声に探るような色が織り交ぜられる。
「……おまえの名前、《一》で始まり《一》で結んであるよな。同じ文字で循環させて、輪廻転生がスムーズに行くように呪が施してある。――転生組なのか?」
 茜は龍一の問いには応えずに、質問で切り返した。
「そう、私は転生者だよ。前世の記憶は疎らに刻まれている状態だけど……。生まれ変わる度に、あまりいい死に方をしないみたいだね。だから、心配性の兄が私の身を案じて、現世では名前にまで術をかけたみたいなんだ。君は――転生組じゃないのか?」
 今度は龍一が訊ねてくる。
 神族にも魔族にも共通しているのは、時折前世の記憶を持った者が生まれてくるという点だ。
 血を繋ぐための人間とは異なり、彼らは前世から引き継いだ記憶や使命や信念に則り行動する傾向にある。
 また、時として前世に縛られ、翻弄され――悲しい結末を辿ることも珍しくはなかった……。
「俺は違う。多分、祖母も父も夏生も美人も転生組じゃない。俺たちは榊の血を絶やさないための《繋ぎ》のパーツだ。けど――葵は前世の記憶を持っている。生まれ変わる前のことは、俺にも滅多に話さないけど」
 最後の部分だけ不満げに呟き、茜は挑戦的な眼差しで龍一を見据えた。
「ああ、やっぱりね……。私は、君の双子の兄は、この世で最初に《天主》と呼ばれた存在の転生した姿なんじゃないかと踏んでいるんだけど? つまり榊家の当主を表す意味での天主ではなく――純粋な《天主》そのものだ」
「だったら、どうだって――」
 龍一の真意が掴めずに眉根を寄せた茜だが、突如として不吉な影が脳裏をよぎった。
「まさか、そっちの御大も原初の魔王の転生――とか云うんじゃないだろうな?」
「さあ? まだ私もお逢いしていないので即答はしかねるけど――転生者であることは間違いないね。もしも、魔王様も天主も妖魅王もみんな《繋ぎ》ではなくオリジナルの生まれ変わりだとすれば、今生はさぞかし熾烈で不毛な闘いに発展するだろうな――と、少し嫌気が差しているだけだ」
「俺たちの間に不毛じゃない闘いなんてあるのかよ?」
 茜が揶揄たっぷりに吐き捨てると、龍一は苦笑を閃かせた。
「――ないね。まあ、風巳様が無事であれば、戦の勝敗など私にはどうでもいいことだけれど……。有馬家で面白いものを見せてもらったから、茜には特別にさっきの質問の答えを教えてあげよう。私が風巳様に遣えているのは、風巳様の魔性を引き出したのが私だからだよ」
 龍一が茜から顔を逸らし、打ち明ける。サングラスに隠されて表情は窺えないが、彼の言葉には幾ばくかの寂寥と後悔が滲んでいた。
「私は……死にかけていた風巳様の生命を繋ぐために自らの喉を裂き、風巳様に血を与えたんだ。その時、あの人は生まれて初めて血の味を知った。だから、私には責任がある。あの人の傍にいて、あの人を護り――生涯を共にする役目がね」
 龍一が静かに語る。
 詳しいことはかなり省かれているようだが――とにかく龍一と風巳の間には複雑な事情が絡んでいるらしい。
 特別な結びつきのようなものがあるのだろう。
 そうでなければ、三条風巳と一条龍一という異例の主従が生まれるはずはない。
 思いがけず風巳のことを茜に吐露して感傷や自責の念が芽生えたのか、それきり龍一はピタリと口を閉ざしてしまった。
 奇妙な静寂が車内に充満する。
 無言の時がしばし流れる。
 仮眠をとるどころか気まずさを感じ始めた茜が口を開きかけた瞬間、ガタンッ! と派手な音を立てて車体が大きく傾いた。



中々戦闘まで進まない……(汗)
もしかしたら年内最後の更新になるかもしれません(滝汗)
亀更新続行中にも拘わらず、ご来訪下る皆様、本当にありがとうございます♪

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2009.12.26 / Top↑
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