ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 蛙と蛸のキメラのような魔魅の真上に、如月が浮いていた。
 主人の出現を喜ぶように、吸盤のついた太い触手がさわさわと揺れる。
「小僧の分際で生意気なっ! 生粋の神族に、我ら異端のものの心情など解るものか!」
 如月が銀縁眼鏡の奥で双眸に憎悪の灯火を点け、茜を睥睨する。
「そんな歪み捻れた気持ちなんて――解りたくもないね」
 臆せずに茜が棘のある言葉を返すと、如月は心底口惜しそうに歯噛みした。
 強い仇視の視線が茜を射る。
「鞠生のことは――どうでもいい。神族など一人残らず滅んでしまえばいいのだ! 夏生も智美も咲耶――皆、餌として魔魅にくれてやる。最後に、葵とおまえを慕っている美人を我々が魔魅を従える要領で調教し、私の操り人形にしてやる!」
 如月の口から呪詛の如き下劣な言葉が飛び出す。
 彼の怒りに呼応するように魔魅の触手が激しく揺れ動いた。
「随分と彼に嫌われてるようだね」
 如月の怒り具合に辟易したように、龍一が揶揄混じりの視線を茜に流す。
「欲しいものが手に入らないから癇癪を起こしてるだけだろ。あいつは神族になりたいくせいに、俺たちのことが大嫌いなんだよ……」
「憧憬と嫉妬――か。混沌の一族らしい二律背反だね。ところで、彼の嗜虐リストに私は入っていないみたいだけど?」
「魔族――っていうか、年増は趣味じゃないんだろ」
「年増? 失礼な。私はまだ二十四だぞ」
 龍一が不本意そうに眉根を寄せる。
 茜は無言で肩を竦めた。如月の思惑も趣向も茜の興味の対象ではない。
 そもそも鞠生の夫でなければ、一生言葉を交わすこともなかっただろう相手だ。
「何をごちゃごちゃ言っている! ――フンッ。行け、魔魅。あいつらを八つ裂きにしろ!」
 怒りに燃える眼差しを茜と龍一に注ぎ、如月は鋭い声で魔魅に命じた。
 魔魅が奇声をあげ、主に応えるようにひしゃげた蛙のような巨体を震わせる。
 魔魅が歩を進める度に灰色の世界が震動し、ヌメヌメと輝く触手が獲物を求めて蠢く。
「やっぱり美人か夏生を連れて来ればよかったかな……。俺、この手の魔魅はどうも苦手で――」
 茜が嘆息すると、龍一は口の端に笑みを刻んだ。
「苦手なんじゃなくて――体力を温存させておきたいだけじゃないのか?」
「だから、おまえのご主人様が容赦なく吸血したから悪いんだろ……!」
「仕方ないね。茜は下がっていていいよ」
 龍一が苦笑を湛え、サングラスを取り外す。
 その双眸は黄金色に輝いていた。
 臨戦体勢に入ったのだろう。
 龍一が一歩前に進み出た瞬間、魔魅の紫色の触手が一斉に彼に躍りかかった。
 数多の触手が龍一の身体に巻き付き、動きを封じる。
 だが、龍一特別抵抗するとこもなく、触手に身を預けている。
 ――自ら囚われて、どうする気なんだよ……!?
 茜は猜疑の眼差しを龍一へ向けた。
 龍一には魔魅を攻撃する意志がないようにさえ見える。
 しかし、そう思ったのは茜の早合点で、龍一が緩慢な動きで触手を片手に握ると、彼の黄金の髪はますます眩さを増した。
 魔魅に身を戒められているにも拘わらず、龍一の顔には笑みが広がり、瞳が喜びを表すように濡れた輝きを放つ。
 そこでようやく茜は、龍一が魔魅から生体エネルギーを吸い上げているのだ、ということを理解した。直接獲物に牙を突き立てなくても、触れた肌から魔力や生体エネルギーを吸収することが龍一には可能であるらしい。
 触手を掴んだ龍一の指に力が込められる。
 長く鋭く変化した爪が魔魅の触手を突き破った刹那、金色の髪がパッと一気に伸びた。
 二十メートルほどに成長した目にも鮮やかな金糸が、蠱惑的に宙を舞う。
 ――綺麗だな。
 乱舞する金の髪を眺め、茜は僅かに目を細めた。
 いまだかつて、これほどまでに完全な人間体で――しかも美しい魔族にお目にかかったことはない。
 龍一が魔族の中でも高位に位置する一条家の者であることの証だ。
 彼は『風巳を助けるために茜の力がほしい』と言っていたが、本当はそんな必要など端からなかったのかもしれない……。彼はただ、確実に風巳を救出するための保険として茜に協力を求めただけなのだろう。
 龍一が黄金色に煌めく瞳で魔魅の本体を見据えた。
 瞬時、怯んだように魔魅の巨体が大きく震え、触手がピタリと動きを止める。
 その隙を狙ったように、龍一の髪が魔魅の触手を搦め捕った。
 直後、醜悪な蛙のような胴体から全ての触手が勢いよく引き抜かれる。
 ぐえぇぇぇぇっっっっっっ!!
 身体中の触手を強奪された魔魅が奇怪な叫びをあげ、地をのたうち回る。
 緑色の体液が四方八方に飛び散った。
 龍一は切り離した触手群を無造作に投げ捨てると、断末魔の叫びをあげ続けている魔魅に冷たい一瞥を与え、次に頭上の如月を振り仰いだ。
「魔族に堕ちた分際で、未だにその形(ナリ)とは笑わせるな……」
 龍一と目が合った瞬間、如月が忌々しげに眉を跳ね上げ、舌打ちを鳴らす。
 如月の皮肉を冷笑で跳ね返し、龍一は彼が逃げ出す前にその身に髪を巻き付け、捕縛した。そのままゆっくりと――如月の恐怖を煽るかのように丁寧に彼を引き寄せる。
「繭羅の本拠地は何処だ? 風巳様を何処へ隠した?」
「――知らないな」
 フイッと如月が顔を逸らす。
 龍一は髪を操って更に如月を間近まで寄せると、唇に綺麗な弧を描かせて微笑んだ。
 鋭く変形した二本の犬歯がチラと覗く。
「血を吸われたいのか?」
「私は……二条の姫の行方など知らない。ただ……西の方に館があるとしか――」
 苦しげに言葉を紡ぐ如月。
 それだけ聞くと、龍一は呆気なく如月を解放した。
 緊縛されていた苦痛にむせぶ如月を尻目に、龍一は踵を返した。
「この世界の西に繭羅の拠点があるようだよ」
 長い髪を艶やかに舞わせたままの姿で、龍一が茜の傍へ戻ってくる。
「魔族のくせに如月の叔父さんは殺さないんだな?」
「今は昔とは違うからね。殺せば――即逮捕だし、如月氏は表の世界でも名の通った企業家だから、隠蔽するにも色々と面倒がかかる」
 龍一が困ったような微笑を湛える。
 今の世は、生物の血液を好む魔族にとっては非常に生きにくいのだろう。普通の人間に紛れて生活を営むために、彼らは細心の注意を払って獲物を物色し、殺さぬ程度に血を啜ることで現代を生き延びているのかもしれない……。
「……まあ、いいさ。殺したって利は少ないし、コレに懲りてしばらくは叔父さんも大人しくしてるだろ。それにしても――その髪、凄いな」
 自由自在に乱舞する長い金髪を見上げ、茜は素直に感嘆の声を洩らした。
 二十メートルもある髪が地に着かずに、風もないのに靡いているいるのだから不思議だ。
 金糸をはためかせ、金色の双眸を輝かせる姿は、魔族だというのに妙に神々しい。
「これは――風巳様にだってあまり見せたことはないんだよ。この姿は嫌いだからね」
「何で?」
「この姿になると嫌でも思い出す。我ら一条家が神族を裏切った堕天であることを――」
 ひどく静穏に告げ、龍一はあっという間に元の姿に戻ってしまった。いや、先ほどまでの姿こそが生来のものなのだろうが……。
「昔話をしている暇はないね。早く風巳様を助けに行かなければ――」
 金から鳶色へと変色した双眸に切実な想いを閃かせ、龍一は西の方角へと身体を向け、歩き始めてしまう。
「忠犬ハチ公みたいな奴だな」
 三条風巳に対する龍一の忠義に半ば感心しながら、茜は何気なく魔魅を見遣った。
 触手をもぎ取られた本体は、仰向けに引っ繰り返った状態で痙攣している。
 だが、その傍らにも灰色の世界の何処にも如月の姿はなかった。
 悶絶する下僕を見捨てて、さっさと身を潜めたらしい。
 ――あいつは心底榊一族を嫌っているようだけど、流石に葵を手にかけてはいないだろう。
 妻である鞠生の逆鱗に触れるような真似は、如月には出来ないはずだ。口では何と言おうと、如月は惚れ込んでいる鞠生には弱い。
 ――葵、頼むから無事でいてくれ。
 茜は脳裏に己の半身を思い浮かべると、身を翻して龍一の後を追った。



     「六.最果ての契り」へ続く



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2010.01.11 / Top↑
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