ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
「つっ……いってぇぇぇっっっ!」
 強烈な痛みを感じて、園田充は叫びをあげながら飛び起きた。
 痛い。
 凄まじく頬が痛い。
 その猛烈な痛覚が、充を夢世界から現実世界へと急激に引き戻したのだ。
「な、何なんだよっ!?」
 充は激痛を発する頬を片手で押さえた。
「このっ、ど阿呆!」
 怒声とともに脳天に拳が直撃する。
 充は新たな痛みに耐えながら、拳の主を恨めしげに見上げた。
 徳川直杉の双眸が、冷ややかに充を見返している。
「おまえか、俺にビンタを食らわせたのは!?」
 悪夢から目醒めた原因よりも、直杉が傍にいる不思議よりも、思い切り頬を張り飛ばされた痛みが、充の神経回路を満たしていた。
「私の他に、誰がこの場にいるというのだ」
「俺はなぁ、痴情の縺れで何度も女にひっぱたかれたことはあるけど――理由もなくこんなに思い切り殴られたことはないぞ」
 充は恨みの籠もった眼差しで直杉を非難した。
 熱を帯びた頬がじんじんと疼く。
「感謝されこそ非難される謂われはないぞ。私のおかげで悪夢から解き放たれたのだ。有り難く思え」
「それは、まあ……」
 直杉に冷然と言われ、充は語尾を濁した。
 確かに、水妖の悪夢から抜け出せたのは直杉のおかげだ。
 彼女が殴らなければ、充は永遠に夢の世界を漂流していたであろう。
「解ったのならばよい。――行くぞ」
 どこへ行こうというのか、直杉は充から顔を逸らすと立ち上がった。
 いつにも増して冷厳な態度の直杉に、充はふと違和感を覚えた。
「オイ、何を怒ってるんだよ?」
 充は慌てて立ち上がり、直杉の腕を掴んだ。
 充には彼女が怒っているとしか思えなかった。
 感情の露呈が少ない直杉ではあるが、それくらいは充にも察することができる。
「何を――だと?」
 直杉が凄みのある声で応じる。
 充に向けられた双眸には、見る者を脅かすような鋭利な輝きが灯っていた。
「おまえ、覚えていないのか? 私に接吻したことを」
 直杉がジロリと睨む。
 一瞬、充は全ての動作を停止させた。
「えっ? あ……あれ、ハハハ……夢じゃなかったんだ」
 充は決まり悪げに髪を掻き上げた。
 夢の中で、充は樹里とキスをしていた。
 ふと気がつくと、その相手が直杉に変わっていたのだ。
 怖々と直杉の顔を盗み見る。
 途端、彼女は追い打ちをかけるように淡然と吐き捨てた。
「夢ではない。現実だ。しかも田端と間違えてな」
「げっ……!」
 驚愕に心臓が縮み上がる。
 ――最低だ。よりよって樹里と混同して直杉にキスするなんて……。
 なるほど。直杉が怒るのも道理だ。
 直杉はもう一度充を睨むと、フイッと顔を背けた。
 その横顔が美しい。
 無表情なのは相変わらずだが、頬がほんのりと朱に染まっていた。
 照れているのだろう。
 ――何だ。可愛いとこあるじゃん。
 不意に充は、直杉が『普通の女の子』に見えて、微笑まずにはいられなかった。
「悪かったな、直杉」
 素直に謝罪する。
 その後の充の行動は、神業に匹敵するほど迅速を極めていた。
 直杉の顎に手をかけ、強引にその唇を奪ったのだ。
「おまえは、また懲りもせずに……!」
 唇が離れた瞬間、直杉が盛大に喚く。
「もったいないことに、俺はさっきのキスを全く覚えてないんでね」
「このっ――」
 直杉の手が振り上げられる。
 その手を、充は飛来する前にしっかり掴み押さえていた。
「同じ手は二度と食らわない主義なんだ」
 ニヤッと笑って、充は再び直杉の唇を塞いだ。
「貴様、何を考えている! 私を愚弄する気か?」
 開口一番、直杉が怒声を浴びせてくる。
「したかったから。樹里じゃなくて、直杉としたかったから」
 充が素直な気持ちを告げると、直杉は脱力したように溜息を零した。
「ほとほと呆れた男だな。ここまで己の欲望に忠実な男は見たことがない。――気が済んだのならば、離せ」
 いつもの無感情のまま直杉が呟く。
 充は従順に直杉の腕を解放した。
「本当に、この非常時に我が儘な男だ」
「そっか、非常事態だったな。じゃ、この続きは後でしよう」
 充が肩を聳やかすと、直杉からは冷ややかな答えが返ってきた。
「そんな機会は永久にないと思うがな」
「その時は、強引にチャンスを作るまでさ。女に関しては百戦錬磨だからな、俺」
「よくもぬけぬけと言えるものだな。だが、まあ……生きて帰れたのならば、それも悪くないかもしれぬ」
「絶対、生きて帰るさ」
 自信に満ちた口調で充は明言した。
 生きて帰る――こんなところで死ぬなんて更々御免だった。
「幸い俺たちは水妖の心理攻撃にも屈せずに、ちゃんと生きてるしな」
「ああ。どうやら私たちは、まだ生かされているらしいな」
 直杉が皮肉げに相槌を打つ。
「折角だから、この先もずっと生かしてもらうぜ。危機的状況を一緒に脱したら、俺と直杉の間には確実に愛が芽生える。吊り橋効果ってヤツだ」
「その根拠と自信がどこから湧いてくるのか知らぬが、仮にそうなったとすれば、私は園田に恋する学園中の女から妬まれるだろうな」
「俺も、直杉の親衛隊とかファンクラブの連中に袋叩きにされると思うけど?」
「……では、あいこだな」
 直杉が薄く微笑む。
 その笑みは一瞬で姿を潜め、彼女の顔には怜悧さが戻った。
「何にせよ、この話は後回しだ。生きて帰らねば始まらぬ話だしな。今は、水妖の魔手から逃れることを考えねばならぬ。水柯と田端にも悪夢が襲いかかっているはずだ」
「そうだな。二人を助けなきゃな。外部からの衝撃があれば、精神世界から脱出できるみたいだし。何とかなるだろ」
 充は思案しながら、直杉に叩かれた頬を片手でさすった。
 水妖の心理攻撃は厭らしいものだが、外からの接触があれば目醒めることは可能であるらしい。
「あれ、直杉はどうやって目醒めたんだ?」
「自力で脱出したに決まっているだろう。私を誰だと思っているのだ」
「スゲェな。さすがは徳川家の跡取り」
「下らぬ賛辞は要らぬ。それより水柯たちが心配だ。北階段へ行ってみよう」
 直杉が降りてきた階段とは逆方向へ歩き出す。
 充は素早く彼女の隣に並んだ。
 しばらく二人は無言で長い廊下を歩いた。
「ところで園田――どんな夢を見ていた?」
 北階段に辿り着いたところで、直杉が思い出したように充を振り返る。
 問われて、充は軽く頬を引きつらせた。
 悪夢の内容など反芻したくもない。
「……母親の夢」
 歯切れ悪く充は応じた。
「おまえもか」
「おまえも――って、直杉もなのか?」
「ああ。私も母の夢を見た」
 充と直杉は得体の知れない不安を感じて、顔を見合わせた。
「水妖のヤツ、母親になりたがってるみたいだからな。水妖が『母』に固執してるから、夢もその影響を受けてるってことか……」
「そのようだな。水柯はともかく、田端は大丈夫なのか?」
「樹里の母親――か。嫌な予感がするな」
「同感だ」
 大きく頷き合い、二人は階段を昇る足に力を込めた。

     *




← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.06.03 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。