ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 鈍色の世界に雨音が響く。

「……雨が降っている」
 太い鉄格子の填められた窓から外を覗き、榊葵は何とはなしに呟いた。
 二条繭羅の隠れ家と思しき結界内の屋敷に連れてこられてから、丸一日が経過しようとしている。
 葵は牢のような部屋に三条風巳と共に幽閉されていた。
 繭羅の結界内に閉じ込められてはいるが、部屋から出られないこと以外は特に不自由はない。室内には生活必需品が備えられているし、食事は三食きちんと運ばれてくる。
 今のところ二条繭羅に葵を抹殺する意志はないようだ。
「――ったく、俺まで一緒に牢に入れやがって……!」
 背後で小さな罵りが聞こえたので、葵は窓外から視線を外し、振り返った。
 壁際に設えられたベッドの上で、三条風巳が窮屈そうに長い手足を放り出している。
「俺に葵を喰えって言ってんのかよ、繭羅の奴……!」
 天井を見上げながら毒づく風巳の横顔は、常よりも血色が悪かった。
 繭羅に拉致されて以降、どうやら彼はずっと気分も体調も優れないらしい……。出された食事にも殆ど手をつけず、脱力したようにベッドに横になっている。
「食されるのは困るよ。普通の食事でもエネルギーを摂取できるんだから、次に出された食事は無理にでも喉に通した方がいい」
「食べたくない」
 葵が親切心から告げた言葉は、風巳のにべもない一言によってはね除けられた。
 仇敵である魔族に対して親切心を出すこと自体が間違っているのだが、不思議と葵には彼を邪険に扱うことが出来なかった。クラスメイトとして過ごす内に、妙な情が芽生えてしまったのかもしれない……。
「風巳――本当に具合が悪そうだけど、何か病気でも患っているの?」
 葵は溜息を落としながらベッドへと歩み寄った。
 魔族や神族といえども怪我もすれば病気にも罹る。ただ、常人より少しばかり抵抗力と回復力が強いだけだ。
「知らねー。風邪だろ。身体が怠い。重い。熱い。……心配なら血の一滴でもくれよ、葵」
 ベッドの上で首だけを動かし、風巳が葵を見遣る。口の端には皮肉げな笑みが刻まれているが、その双眸は真摯な光を湛えていた。時折、眼睛にチラと赤光が走り、彼の裡に潜む魔性を覗かせる。
「残念だけど、二条さんの蝶に神氣を吸われたのか、僕も自分の裡を整えるのであまり余力はないよ。万全なら今頃風巳を連れて脱出している」
 ベッドの端に腰かけ、葵は風巳の青白い顔を見下ろした。
「へえ、俺のことも助けてくれるんだ? 敵なのに――」
 風巳の唇にまた薄笑みが浮かぶ。
「敵だけど、一応クラスメイトでもあるからね。それに僕は、自分の仲間すら平然と巻き込み、傷つけるような二条さんのやり方は好きじゃない」
「……甘いな」
「甘いね。だから、よく弟や妹に叱られる――」
 葵は自嘲気味に笑み、脳裏に茜と夏生の姿を描いた。
 きっと二人とも帰宅しない葵の身を案じて、じりじりしているに違いない。早く二人に無事な姿を見せるためにも喪った神力の回復を待ち、繭羅の結界を打破しなければならない。身体の不調を訴えている風巳には申し訳ないが、血の一滴すら無駄にはできなかった。
「叱ってくれる相手がいるだけマシだろ」
 ふと、風巳が葵から視線を逸らし、再び天井を見つめる。
 含んだ物言いが気になった。
 まるで風巳には彼の身を心配したり、過ちを正してくれるような身内が存在しないかのような口振りだ。
 だが、葵がそれを追及するよりも早く、
「――遅い」
 風巳が片手で髪を掻き上げながらポツリと呟いた。
「何が?」
「龍一」
 天井を見つめたまま風巳は素っ気なく応じる。
 龍一というのは、確か風巳の傍に遣えている一条家の者だったはずだ。一条家の龍一が三条家の風巳に従っているのには、何か複雑な事情があるのだろう……。
「いつまで、こんな退屈な場所で待たせる気だ」
「彼を信じてるんだね?」
「――信じる? 俺が? 龍一を……?」
 何気なく放った葵の質問に、思いがけず風巳が過敏に反応を示した。
 戸惑ったように視線を宙に彷徨わせ、やがて諦念したように重苦しい溜息を吐いた。
「確かに……そうなのかもしれない。あれと一緒にいると妙に落ち着くし、知らずの内に本心まで明かしてしまう。基本、俺は他人を信用しないけど――龍一だけは別みたいだな。日常の一部になってる感じがする……」
 風巳が淡々と語る。体調が芳しくないせいで気も弱っているのか、今の風巳はとても無防備で素直に己の心情を吐露している。
 こうして静かに会話をしていると、本当にただの同級生のような錯覚を抱いてしまう。
「でも、全てを晒したわけでも委ねたわけでもない。龍一が邪魔になれば、この手で始末する。魔王の地位を手に入れるためならば――俺にはそれができる」
 何の感情も籠もらない声音で風巳が断言する。
 ――本当にできるだろうか?
 葵は声には出さずに心の中に疑問を落とした。
 いくら次期魔王候補である風巳でも、一つくらいは弱味があるはずだ。
 そして、おそらくそれは、今、彼の口から訥々と語られている一条龍一の存在に他ならない。
 葵にとっての最大の弱点が双子の弟・茜であるように……。
 その、掛け替えのない相手でも邪魔であれば殺す――と風巳は告げた。
 自分に茜を殺害することなどできるだろうか?
 考えて――葵は身震いした。
 できるはずがない。
 茜は己が半身だ。
 喪う痛みも苦しみも哀しみも――何一つ味わいたくない。
「魔王の座を手に入れても、一番大事なものが指の隙間から零れ落ちてしまったら、それは、とても……虚しいね」
 葵は微かな憐れみを込めて風巳を見下ろした。
 直ぐさま、風巳の剣呑な眼差しが返ってくる。
「……どういう意味だ?」
「魔王は、本当は魔王になんかなりたくなかったんじゃないかな? そして、僕なら――天主の立場よりも茜を選ぶってこと」
「――天主失格だな」
「そうだね。失格だよね」
 呆れ混じりの風巳の宣告に、葵は微苦笑で応じる。
 直後、鍵が外される音が響き、ドアが開いた。
 開け放たれたドアから二条繭羅が姿を現す。
 彼女は純白のセーラーを華麗に翻し、颯爽とした足取りで入室してきた。
「王子様がお迎えに来たみたいよ」
 繭羅は葵と風巳を見回すと不愉快そうに告白した。
 葵は怪訝な眼差しを繭羅へ注ぎ、風巳はフンとつまらなそうに鼻を鳴らした。
 繭羅の言葉から察するに何者かが、この結界の内に侵入したらしい。葵か風巳を救出するためだろうが、侵入者が誰なのかまでは繭羅は情報を開示してはくれない。
「あなたには別の部屋へ移ってもらうわ」
 繭羅の視線が葵を射る。
「万が一、彼らがここを発見して、二人まとめて助けられたら困るもの。――さあ、神族の天主を連れて行きなさい」
 繭羅の命令を機に三人の男が部屋に入ってくる。
 男たちは葵の腕を両側から掴み取ると、強い力で部屋から連れ出した。
 一瞬、葵は風巳に視線を投げたが、男たちに抗うことはしなかった。
 繭羅は『彼ら』『二人まとめて』と確かにそう口走った。
 それはつまり侵入者が複数で、しかも葵と風巳の双方を捜しているということだろう。
 ――茜……。
 葵は胸中でそっと双子の弟の名を紡いだ。
 転瞬、身体の奥深くで眠りについてた神氣の塊――金色の神鳥《天晶》がゆるり鎌首をもたげた。
 ――茜が近くまで来ている。
 おそらく天晶は誰よりも近しい神氣を感じ、それに呼応して目を醒ましたのだ。
 葵は身近に弟の存在を感じて、安堵と嬉しさに思わず口元を綻ばせていた。
 繭羅に奪われた神力が戻り始め、尚かつ茜が傍にいるのならば――葵には何も怖いものはなかった。



 
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2010.01.17 / Top↑
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