ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 三条風巳は、繭羅の部下たちによって榊葵が連れ去られるのを阻止する訳でもなくただ漫然と眺めていた。
 繭羅の蝶によって意識を奪われ、再び目を開けた時から酷く頭が痛い。
 全身も絶えず火照っているような感じだ。
 重い疲労感に苛まれているせいか、思考は鈍く、集中力にも欠いている。
 頭頂から爪先まで大量の砂をかけられたかのように重苦しかった。
 血が足りていないわけではないだろう。
 昨日の朝にちゃんと龍一から血を分けてもらったし、貧血なら喉の渇きに耐えられずに葵を襲ってその喉笛に噛みついていたはずだ。
 魔力を駆使するための血液は足りている。
 この異様なまでの倦怠感と疲労感は、何か変化の兆しなのだろうか――
「思い出したくない――と、本能が無意識に前世の記憶を封じ込めているから、肉体に負担がかかってるんじゃないの、風巳?」
 ベッドの傍に歩み寄ってきた繭羅が、渋面で風巳を見下ろす。
「……何のことだ?」
「自分が転生者だってこと、薄々気づいているんでしょ?」
「…………」
 繭羅に探るような眼差しを向けられて、風巳はきつく眉根を寄せた。
 条家に生まれる者は転生者が多い。三条家の直系である自分も十中八九そうなのだろう。
 自分が本来の力を発揮できていないのは、熟知している。
 他者に比して魔力が劣っているのは、前世の記憶を取り戻しておらず、未だ覚醒していないことが原因であることも重々承知している。
 風巳本人は早く覚醒したくて幼い頃からずっともどかしく感じてきた。なのに、繭羅は風巳がいつまでも覚醒しないのは風巳自身の『無意識の意識』だと指摘しているのだ。
「わたしは子供の頃にさっさと前世の記憶を取り戻したから、それほど苦しまなかった。風巳だって本当はきっかけなんて幾らでもあったのに――自ら覚醒を拒んでいるのよ。前世の記憶を取り戻すことを畏れているのよ」
「誰よりも次期魔王の地位を欲している、この俺が?」
 風巳が双眸に剣呑な輝きを灯すと、繭羅はほんの少し哀しげに微笑んだ。
「風巳はね、そう思い込みたいだけなの。あなたのソレは――建前なのよ」
「……何の?」
「前世の記憶のない風巳に、わたしが答えを告げたところで何の意味もないわ。覚醒を拒否し続けるにもそろそろ限界が来ているようだし――そうね、思い切って龍一さんにでも訊いてみれば?」
「――龍一?」
 どうしてそこで龍一の名が挙がるのか解せずに、風巳は更に眉をひそめた。
 何故自分が思い切らなければならないのかも皆目理解できない。
 説明を求める視線を繭羅に向けたが、彼女は掴み所のない微笑を浮かべると、そのまま背を返して部屋を出て行ってしまった。


 独り残された風巳は、緩慢な動作で寝返りを打った。
「龍一、遅いな……」
 横向きのまま両手で膝を抱えるようにして身体を丸める。
 目を瞑れば、瞼の裏に金髪の青年が浮かび上がる。
 昨日、登校前に顔を合わせた。離れてからまだ丸二日も経過していないのに、何故だかもう随分長い時間――龍一に逢っていない気がした。
 ――龍一と初めて逢ったのは、いつのことだ……?
 ふと、小さな疑問が浮かぶ。
 ――思い出せない……。
 風巳は目を閉じたまま眉をひそめた。頭痛が酷すぎて記憶を手繰ることさえ困難だ。
 風巳が中学に上がる前には、既に龍一は自分の傍にいたような気がする。
 ずっと傍にいるのが当たり前になっていたから、ほんの少し顔を見ないだけで一週間も逢っていないような錯覚に陥るのかもしれない……。

『風巳は――あいつはどうして三条家の跡取りだというのに、目醒めない?』
 頭の奥で冷ややかな男の声が響く。
『アレは本当に俺の子か?』
 猜疑と失望の相俟った声。
 忘れもしない――実父の声だ。
 しばらく顔を合わせていない親なのに、頭蓋に響くような声は妙に生々しかった。
『魔族として覚醒しないのならば、邪魔なだけだ。捨ててしまえ』
 酷薄に宣告したのは紛れもなく父親で、確かに自分は捨てられた。
 そう、捨てられたのだ――

「龍一、今……何処なんだ……?」
 風巳は甦ってきた忌々しい過去を払拭しようと龍一の名を呼んだ。
 脳裏から父親の姿を締め出し、金髪に縁取られた龍一の顔を思い出す。
 転瞬、
 ――目醒メル……。
 突如として、頭の中で自分ではない何か別の意志が動いた。
 ――魔王ガ……目醒メル……。
 風巳は驚きにビクッと身体を震わせ、瞼を跳ね上げた。
 ――魔王ノ復活ダ。ダカラ、オマエモ……起キロヨ……。
 自分の裡でもう一人の自分が蠢いている。
 ――早ク……目醒メロ……!
 心の奥底に閉じ込めていたはずなのに、封印を解こうと藻掻いている。

「嫌だ……!」
 風巳は激しくかぶりを振った。
 目醒める?
 何に?
 起きたくない――起こさないでほしい。
 魔王が目醒める?
 だから、どうした。
 魔王の覚醒に便乗して、引き摺り込むな。
 自分は今のままでいい。
 眠っていたいのだ。このままずっと。
 もう、昔のようにヒトを狩るのも殺めるのも――嫌だ。
 ――起キロ。永キ眠リカラノ、解放ダ……。
 頭の中の声は、風巳の意志を無視して更に大きく響く。

『あなたが――――する時まで、私はあなたと共にいます』

 微笑みながら、そう優しく囁いたのは誰だったろう?
 記憶の果てに封じられた声――

「……りゅう……いち……?」

 龍一。
 それは《誰》の名前だったろう?
 解らない。
 思い出せない。
 自分が何者であるのかも。

 ――目醒メロ……!

「いやだっっっ!!」
 風巳は大声で叫んだ。

 自分の裡からもう一つの声が消え、代わりに驚くほどすんなりと龍一の笑顔が記憶の表層へと浮かび上がってくる。

『あなたが覚醒する時まで、私はあなたと共にいます』

 囁いたのは、確かに龍一。
 そうだ。だから、いつもでも眠っていたかった。
 三条家の当主――前世の記憶を持つ強力な魔族として目醒めたくはなかった。
 覚醒すれば、彼は自分の傍からいなくなってしまう。最悪、二度と自分の眼前に姿を現してくれなくなる。自分は三条で、彼は一条なのだから。
 いずれ――彼は一条家へ戻る。
 解っていた。だが、認めたくない事実だった。

 目醒めたくない。
 もう二度と彼を喪いたくない。
 覚醒なんてしなくたっていい。
 遙かな昔より彼しか見てこなかった。
 彼を何百年も待ってきた。
 そして、ようやく廻り逢ったのが今生――

「喪いたくない――だと? 廻り逢った……? 何百年って……何だよ……? 何を言ってるんだ、俺は……誰の思考だ、コレは……? 過去世の俺……なのか……。龍一、頭が……変になりそうだ――」
 風巳は頭痛を堪えて立ち上がった。
 身体が熱い。
 まるで炎の中にいるようだ。
 陽炎のように揺らめく世界を覚束ない足取りで進み、風巳はドアに触れた。
 刹那、ドアそのものが造作もなく砕け散る。
 風巳は熱に冒された身体を引き摺るようにして部屋を出た。
 無性に龍一に逢いたかった――



     「七.廻り逢い」へ続く


ご来訪ありがとうございます♪
巻ノ弐もラストスパートです。相変わらず亀更新でスミマセン(汗)

 
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2010.01.22 / Top↑
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