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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.06.03[23:24]
     *

 北階段の中二階に位置する踊り場で、貴籐水柯を発見した。
 水柯は階段の一部に凭れかかるようにして意識を失っている。
 その姿を見るなり、直杉と充は彼女に駆け寄った。
 青ざめた水柯の顔には、汗の玉が浮かび上がっている。
 おさげだった髪は乱雑に解け、顔の縁に張りついていた。
 水妖と格闘でもしたのか、水柯の顔からはトレードマークとも言える眼鏡も消えていた。
 しかし、これは『この方が漫画家らしく見えるでしょ』という水柯以外の者には理解できない理由で、必要もないのにかけられていたものだ。
 伊達眼鏡なのだから、無くしたからといって水柯の行動には何ら支障はない。
「起きろ、水柯」
 直杉は水柯の傍らに跪き、その肩をそっと揺すってみた。
 水柯の唇が微かに動き、譫言のようなものを発する。
「聞こえたか?」
「いや。小さすぎて、まったく」
 充が自信なさげに首を振る。
「今、確かに何事か呟いたのだが……。ここは、やはり手っ取り早く叩き起こすべきか」
「オイ、冗談だろ。直杉に容赦なく叩かれたら、水柯ちゃんの顔が倍に膨れ上がる」
 充がギョッとしたように目を丸める。
 まだ赤味が射している頬を手で撫でる充を見上げ、直杉は口の端に冷笑を閃かせた。
「冗談だ。園田を殴っても良心は痛まぬが、水柯を殴るのはさすがに気が咎める」
 淡々と述べ、直杉は水柯に向き直った。
 再度、肩を揺さぶってみる。
 すると水柯の唇が小さく動いた。
「……ママ」
 今度は聞き取れる声量だった。
 閉じた瞼の隙間から、透明な雫が零れ落ちる。
「母親の夢か」
 予想通り、水柯も母の悪夢に悩まされているらしい。
「ママ、どこにいるの……」
 水柯の片手が母親の姿を求めるようにフラフラと宙を彷徨う。
 咄嗟に直杉はその手を掴んでいた。
 優しく水柯の掌を握る。
「水柯、私はここだ」
 直杉は、できる限りの優しさを込めて囁いた。
 水柯が必死に直杉の手を握り返してくる。
「大丈夫だ。私はここにいる」
 直杉は泣き続ける水柯を抱き寄せた。
「直杉に母親役なんて似合わないなぁ」
「黙っていろ。もうすぐ目醒めるかもしれん」
 直杉は水柯を見つめたまま充の言葉をはね除けた。
 泣き続ける水柯の顔を見ているうちに、ふと脳裏で何かが閃く。
 いつも水柯が口ずさんでいる唄が頭に響いたのだ。
「なるほど。そうか、あれが鍵かもしれんな」
 一人得心したように頷くと、直杉は早速その唄をハミングしてみた。
 水柯が歌っているのを何度か耳にしたことがある。
 記憶力のいい直杉には、水柯の唇の動きを反芻するだけで唄をなぞることができた。
「それ、水柯ちゃんがよく歌ってるヤツだな。何か、悪夢と関係あるのか?」
「いや、解らぬ。ただ、この唄には穏やかで心安らぐ波長が織り込まれている――つまり子守唄だと思うのだ。水柯自身は何も覚えていないらしいが、赤子の頃に母親に歌ってもらった可能性は大いにある」
「母の姿を求めて泣く子供をあやすには子守唄――って、そんなんで起きるのかよ?」
「試してみないことには解らぬだろう。口うるさい男だな。黙っていろと言ったのに」
 直杉は憮然と充の疑問を退けると、中断していた唄を再び唇に乗せた。
 一音一音丁寧に紡ぎ出す。
 優しい旋律には、これを作曲した者の子供に対する愛情が惜しげもなく注ぎ込まれているような気がした。
「ママ……?」
 ピクリ、と水柯の瞼が震える。
 唄に反応しているのだ。
 この唄は、きっと暗闇に閉じ込められた水柯の心に届く。
 直杉は確信を込めて歌い続けた。
 唄を紡ぐごとに水柯の顔に笑みらしきものが広がってゆく。
 彼女は器用にも涙を流しながら微笑んでいた。
「ママ……ママ!」
 直杉に繋がれた水柯の手に、急激に力が加わった。
「ママッ――!」
 母親の存在を確認して安堵したのか、水柯は直杉に縋りついて激しく嗚咽した。




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