ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 敵陣に足を踏み入れた瞬間、四方八方から不快な臭気が漂ってきた。 
 下級魔族――魔魅の放つ氣が鼻をつく異臭と共に茜の全身を包み込む。
 他の神族はどうだが解らないが、茜の裡で魔魅の気配は不愉快な匂いとして感知されるのだ。より人間に近い龍一のような条家クラスの魔族には感じない匂いだ。下等な魔魅の方が魔性の本能が剥き出しになっているせいなのかもしれない。
 これだけ魔魅の氣が充満しているということは、この屋敷が二条繭羅の隠れ家であり、連れ去られた葵と風巳が囚われている場所であることは疑う余地もない。
 案の上、廊下を幾ばくも進まないうちに強烈に臭気とともに魔魅が姿を現した。
 廊下の両端にズラリと並ぶ障子を突き破り、無数の触手が襲い来る。
 茜は反射的に手刀で触手を斬り落としていた。そうしながらチラと龍一に視線を走らせる。
 先ほどから彼の様子はどこかおかしい。身体に異変を来したのか、何か新たな心配事でも浮上したのか――心ここにあらずといった感じなのだ。
 今も背後から人型の魔魅が忍び寄っているのに、気配を察知している様子はない。
「龍一、後ろ!」
 見かねて茜が指摘すると、龍一はようやく現状を認識したのかハッと目を瞠った。後ろを顧み、振り下ろされる日本刀を寸でのところで躱す。
 だが、龍一が避けた方向からも繭羅の部下と思しき魔人たちがわらわらと沸いて出てきた。双眸から赤光を放つ魔人たちは、それぞれ刀を携えている。
 茜は咄嗟に龍一の腕を掴み、力任せに自分の方へと引き寄せた。その勢いのままに龍一と身体の位置を入れ替え、彼の前に出る。
 本来ならば見捨てても構わない相手だ。
 だが、先ほど不気味な魔魅を相手にしてもらった恩はあるし、今はまだ手を組んでいる真っ最中だ。龍一の体調が芳しくないのならば、茜が率先して魔魅や魔人たちを相手にするしかない。
 刀を片手に向かってくる魔人たちに容赦なく蹴りを放つ。
 魔人らが障子を倒しながら吹き飛んだところへ、今度は夥しい数の触手が飛んできた。
 手刀で叩き落とすもあまりの数の多さに全てを防ぐことは叶わない。
 ぬめりを帯びた触手の数本が茜の頬を掠め、背後の障子に突き刺さる。
 熱い痛みが頬に走り、つと鮮血が肌を滑り落ちた。
「すまない」
 龍一が触手を長い爪で斬り落としながら心底申し訳なさそうに告げる。蛙と蛸を混ぜ合わせたような魔魅と対峙した時のように変身しないところをみると、どうやら本当に彼の肉体には何かしらの不具合が生じているらしい。
「調子が悪いのはお互い様だ。けど――ゴールは近い。下級魔がたくさん出てきたってことは、近くに葵かあんたの風巳様がいるってことだろ」
 茜は頬を伝い落ちる血を片手で拭った。
 指を濡らす血液の量はそれほど多くない――深刻な怪我ではないようだ。
「そのようだな。単純な魔魅のことだ。解りやすくこの奥の部屋を護ってるんだよ」
 龍一が長い廊下の果てを顎で示す。
 魔魅と魔人で埋め尽くされた廊下の突き当たりには、やけに頑丈そうな鉄扉が一つだけ存在していた。
 高度な知能を持ち合わせていない下級魔たちに与えられた指令は、龍一の推測通り『扉を護れ』というごく簡単なものなのだろう。


「――葵」
 茜は双子の兄の名を囁くと、奥の鉄扉へと向かって進み始めた。
 茜の行く手を塞ぐように刀を携えた魔人が数を増やし、両側の和室からは足の生えかけたオタマジャクシのような魔魅の群れが這い出て来ようとしている。気味の悪い魔魅の全身からは、彼ら特有の触手が長く伸び、蠢いていた。
 茜が血の付着した片手を魔魅の方へ向けると、血の匂いに惹かれて直ぐさま触手が飛来する。
 茜は避けることなく触手を掌で受けた。
 重い衝撃とともに触手の先端が掌を貫通する。
「オイ、茜――!?」
 龍一の驚きと非難の相俟った声が聞こえたが、茜は平然と触手の刺さった手に視線を向けた。
「……よかった。丁度、血が足りないと思っていたところだ」
 茜は口の端に笑みを刻むと、もう一方の手で触手を掴み、悠然とそれを引き抜いた。
 穴の空いた掌から真紅の液体が迸る。
 勢いよく噴き出した血液は床に血溜まりを作った。
「――《朔》、そろそろいけるか?」
 己の作った血溜まりを見下ろし、茜は静かに問いかけた。
 転瞬、心臓がトクンッと大きく脈打ち、身の裡の深いところで眠っていた神氣がさわさわとざわめいた。
「《天晶》が近くにいるなら起きられるだろ、《朔》?」
 もう一度茜が己が意識に喚びかけると、心の奥に青白い炎のようなものが灯った。
 同時に神氣の塊が体内を駆け巡り、血を垂れ流す掌から青紫の冷光が飛び出す。
 それは床に溜まった茜の血液を吸収すると一振りの日本刀へと姿を変えた。
 漆黒の刀だ。
 柄だけではなく、刀身までもが濡れた黒曜石のような輝きを放っている。
 茜の神力を具現化したものが黒き秋水――《朔(さく)》なのだ。
 神族には、己の分身として身に宿る神氣から特殊な得物を創り出す能力が備わっている。葵の《天晶》、夏生の《玉依》、美人の《雷師》、そして茜の《朔》がそれに相当する。
 数週間前に魔族である三条風巳に好き放題血を吸われたせいで、茜の神氣は激減していた。おかげで《朔》を出現させることすら困難な状態だったのだ。
 ようやく《朔》を目にすることが叶い、茜は密やかに安堵した。
 双子の兄である葵が近くにいるからこそ、《朔》は半身の神氣を感じ取り、活性化したに違いない。
《朔》が顕れた瞬間、掌を穿っていた傷は神氣によって跡形もなく塞がれている。
 茜は、その手で黒き刀の柄をしっかりと握り締めた。
 随分と久し振りに愛刀を手にした気がする。
「さてと――俺たちの半身を取り戻しに行くか、《朔》」
 茜は慣れ親しんだ刀の感触に軽く笑むと、和室を這うようにして向かってくる魔魅の触手を《朔》で払った。
 ただの一振りで無数の触手が呆気なく分断され、緑色の体液を撒き散らす。
 苦痛にのたうつ本体を無視して、茜は軽やかに地を蹴った。
 廊下を塞ぐ幽鬼のような魔人たちを《朔》で次々と斬り伏せてゆく。
 日本刀を振り翳す魔人の腕を斬り落とし、胴を水平に薙ぎり、頸動脈を裂く――
 緑の返り血を浴びるのも構わずに茜は神速の如く刀を繰り出し続け、魔物たちを斬って斬って斬り続けた。
 葵を取り戻すためなら、たとえこの身が傷つこうと、血に染まろうと――構わなかった。
 魔物たちの断末魔と引き替えに、茜は確実に鉄扉へと前進していた。
 扉の前には、蜻蛉の複眼を球形に集結させたような巨大な魔魅が立ちはだかっている。
 個眼から生み出された触手が物凄い速度で廊下を突き進んでくる。
「葵っ!」
 半身の名を叫びながら、茜は突進してくる触手群を《朔》で叩き斬った。
 幾つかの触手が脚や腕に絡んだが、それを引き千切らんばかりの強引さで茜は前へ前へと進み続け、魔魅の本体へと辿り着いた。
 一度《朔》を目の高さで水平に構え、神氣を集中させた片手で黒曜石のような刀身を素早く撫でる。
 すると《朔》の黒き刀身は茜の神氣を纏って紫光を輝かせた。
「眩しいから伏せてろ!」
 前を向いたまま背後にいるであろう龍一に声を投げ、茜は《朔》を十字に閃かせた。
 身体を分断された魔魅が奇怪な悲鳴をあげる。
 十字に裂いた魔魅の中心に彼らの心臓に当たる《核》が不気味に鼓動していた。
 茜は素早く《朔》を逆手に持ち替えると、一片の躊躇もなく紫に煌めく刀身を魔魅の核ごと鉄扉に突き刺した。
 刹那、漆黒の刃から放たれた紫紺の閃光が魔魅もろとも扉を破砕した。

 ほんの一時、眩い光が世界を埋め尽くす。
 幻想的な紫の煌めきが消えた後には、魔魅や魔人の姿は何処にも見当たらなかった。
 茜の神氣によって綺麗に一掃されたのだ。
「……凄いな。これが天主の片割れの《力》か――」
 茜の後ろで茫然と龍一が呟く。
 彼は素直に茜の指示に従い、難を逃れたのだろう。もっとも条家クラスの高位の魔族になると、この程度の神氣の爆ぜ方では致命傷には至らないのかもしれないが……。
 賛辞も畏怖ともとれる龍一の言葉は、茜の耳を素通りした。
 茜は肩で息をしながら前だけを見据えていた。
 構えた《朔》の先――堅固な鉄扉は跡形もなく消え失せている。
 そこに聖華学園の渋い緑色の制服を確認して、茜は僅かに頬を緩めた。
「悪い。待たせたな、葵。迎えに来た――」
 自分と同じ顔をした双子の兄の無事な姿を確認した瞬間、不意に全身から力が抜けた。《朔》がフッと姿を消し、膝がガックリと折れる。
 完全に復調していないのに無理を押して神力を放出したせいで、一気に反動が来たのだ。
「――茜っ!」
 弾かれたように葵が駆け寄ってくる。
 兄の腕がしっかりと自分を抱き留めるのを、茜はひどく幸せな気分で眺めていた。
 


 
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2010.01.30 / Top↑
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