ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 風もないのに純白のスカートがはためく。
 繭羅の全身から立ち上る魔力のせいだ。
「一条家の者が神族と一緒にいるなんて前代未聞だわね、龍一さん」
 繭羅の冷ややかな視線が龍一に向けられる。
「まあ、いいわ。どうせ風巳を取り戻すための――急場凌ぎの協力関係なんでしょうし」
「解っているのなら話は早い。風巳様は返してもらいます」
 龍一は繭羅の視線を真っ向から受け止め、毅然と言葉を紡いだ。
 繭羅が紅い唇をつり上げて笑う。
「いいわよ。大人しく、その双子を引き渡してくれれば、風巳も龍一さんも無傷で帰してあげるわ」
 繭羅の視線がチラと榊の双子へと流される。
 だが、やはり先刻葵が述べた通り、彼女の眼差しには双子に対する特別な熱意も執拗さも全く感じられない。だとすれば、榊の双子を欲しているのは繭羅ではなく彼女と手を組んでいる如月祐介の方なのだろう。
 繭羅は風巳を我が物にし、如月は榊の双子に手に入れる――そのために手を結ばないか、と如月に唆されたに違いない。
 遙か昔に如月を筆頭とする混沌の一族に身を引き裂かれていながら、今生でその手を借りるとは、懲りないというか――愚かな選択だ。
「さあ、どうするの、龍一さん?」
 繭羅の視線が返答を急かすように龍一へと戻される。
 正直、龍一は戸惑っていた。
 風巳を無傷で返してくれるのは嬉しい。それが何よりも最優先事項だ。
 しかし、それと引き替えに葵と茜を繭羅に差し出さなければならない。
 風巳は――それを望むだろうか? 良しとするだろうか?
 風巳には次期魔王になる、という目論見と志がある。榊の双子を繭羅を通じて如月に渡してしまうということは、目的から遠ざかることを意味している。如月に双子を殺されてしまえば、今生で風巳が魔王の座に就くことはない。
 それに龍一は、不思議と茜のことを気に入っていた。短い時間だが行動も共にしたことが一因している。そして、彼が自分には無いものを得ているからだろう……。強い絆で結ばれた葵という存在が茜の傍にはいる。互いに惹かれ合い、信じ合える――同じ魂を分かつ者が。それがひどく羨ましくもあり、無碍に壊したくもなかった。
「龍一さん、迷うことなんてないじゃない。その双子は――敵なのよ」
「…………」
 龍一は、強気な視線を送ってくる繭羅を無言で見返した。
 自分に選択する権利はない。自分はただ風巳の考えのままに動くだけだ。風巳が『繭羅の指示に従え』というのなら、自分は躊躇いを捨ててそうするだろう。だが、龍一の行動を決める風巳は、今ここにはいないのだ。
 ――風巳様……。
 龍一は胸中で大事な主の名を紡いだ。
 それに呼応するように、心臓がビクリと跳ね上がり――突如として強大な魔力の存在を感知した。
 
「――何か来る」
 榊葵がハッと目を見開く。
「あっ……風巳が……風巳が目醒め始めているわ! 何なの、この物凄い力――わたしの世界が溶けて行くわっ!!」
 繭羅の口からは悲鳴のような叫びが迸った。逼迫した眼差しが忙しなく周囲を巡る。
 屋敷の内部が水飴のようにグニャリと歪んだのだ。そのまま繭羅の魔力で構築された屋敷はドロドロと溶解し、鈍色の空が剥き出しになる。
 繭羅の魔力が喰われているのだ。
 己に有利なように創り出したはずの世界が容易く崩壊してゆく――その様は、この世界の主である繭羅にとっては驚愕と恐怖以外の何ものでもないだろう。
「いやっ……こんなのっ……わたしが風巳に負けるなんてっ……!」
 焦燥に満ちた繭羅の声。彼女の双眸が黒から紫へ――そして、更に紅へと変じてゆく。
 繭羅の全身から幽玄的な紫色の蝶が放出される。
 主の混乱を表現するように蝶たちが鉛色の世界を乱舞する。
「姫! 落ち着け、二条の姫――」
 唐突に、無数の蝶の群れを掻き分けるようにして虚空から如月祐介が姿を現した。

「如月の叔父上――何故、ここに?」
 意外な人物の出現に葵が当惑した声を洩らす。
 龍一や茜は既に知っているが、葵は如月の関与を今初めて認識するのだ。彼が訝しむのも当然だ。
「保の死から二年――未だにおまえが私を後見人として認めないから、少々荒っぽい手段を講じたまでだよ、葵」
 銀縁の眼鏡の奥で如月の双眸が鋭利な輝きを灯す。
 葵は無言で如月を見上げた後、その秀麗な顔をフッと真横へと向けた。
 龍一と茜も彼に倣い、そちらへ顔を向ける。
 その辺りだけ空間の歪みが凄まじかった。
 繭羅の言葉が正しいのならば、直にそこから三条風巳が出現するはずだ。確かに、膨大なエネルギー体を感じる。そこを中心として強い魔力がこちらにも少しずつ流れ込んでいた。
「――風巳様」
 龍一は無意識にそちらへ向かって足を踏み出していた。
 その手を不意に葵が掴む。龍一は急に引き止められて、驚きと共に彼を振り返った。
「離してくれないかな?」
「どうしたんだよ、葵?」
 茜も怪訝そうに双子の兄を眺めている。
「もう――以前の彼じゃありませんよ」
 葵の真摯な瞳が龍一を見上げる。
「知ってるよ」
 龍一は葵に苦笑を返すと、手首を掴んでいる彼の手を掴んだ。
「風巳は覚醒した自分の力を制御しきれていません。二条繭羅の結界の中で、風巳の力が暴発すれば魔力同士が反発し合って、空間に大きなひずみが出来ます。そうなれば、あなたとて無傷では――」
「それも知ってるよ。風巳様の力を制御するために――私がいる。だから、君たちは気にせずに自分の身を護るといい」
 龍一はもう一度葵に笑みを向けると、そっと彼の手を引き剥がした。
 こんな切迫した場面で敵である魔族の心配をするとは、当代天主はかなりのお人好しであるらしい……。
「……そうさせてもらいます。僕たち神族にとっては魔力は毒ですから。――天晶」
 葵が静かに言葉を紡ぐ。
 葵の裡から飛び出した黄金の神鳥が、双子の頭上を一度旋回してから主人の肩へと身を落ち着けた。《天晶》から発せられた黄金色の光が葵と茜の身をしっかりと覆っている。
 双子が神力で防護壁を造ったことを確認すると、龍一は再び背を返した。
「龍一、ココを出たら――もう一回くらい《鏡月魔境》の中で遊んでやるよ」
 背に茜の強気な声がかけられる。
「それは嬉しいね」
 龍一は再び双子を顧みた。
「まあ、どうせまた私の圧勝だと思うけれど――そんなに君が私に血を吸われたがってるなんて知らなかったよ。光栄だね」
 口の端に微笑を刻んで茜に応じる。

「風巳が来たわっ!」
 繭羅が甲高い声をあげる。
 見ると、繭羅も如月も歪曲した空間に視線を据えていた。
 五対の目が注目する中、ドロリと鈍色の空間が水銀のようにうねり、その中心から三条風巳が覚束ない足取りで出て来る。
「風巳様!」
 龍一が名を呼ぶと、半ば意識を失っているような虚ろな眼差しがこちらに向けられた。
 体力の消耗が激しいのか、風巳の肌は血の気を失い蒼白だった。呼吸も乱れ、胸が不規則に上下している。加えて、双眸が常よりも禍々しい血の色に染められていた。
「――風巳様っ!」
 龍一は風巳に駆け寄ると、弱々しい主人の身体を抱き留めた。
「……りゅう……いち……?」
 風巳の唇が掠れた囁きを発する。龍一の姿を確認して安堵したのか、風巳の全身から一気に力が抜け落ちた。
 倒れ込んできた風巳の身体を丁寧に地に降ろす。
「龍一、身体が変なんだ……。身体の奥が熱くて――溶けるような気がする……」
「あなたの本来の力が解き放たれようとしているだけです」
 龍一は風巳の背に片手を差し込むと、主の上体を優しく抱き起こした。
「けど……中に違う自分がいるみたいで……気持ち……悪い――」
「大丈夫です、風巳様。私が傍にいます。――今、血を差し上げます」
「いい……そんなことをしたら……おまえが繭羅の結界から出られなくなる」
 龍一の言葉に対して、風巳が緩慢に首を横に振る。
「私のことなどお気にせずに……」
 風巳の意向を無視して、龍一は己の手首を噛み切った。血の滴る腕を風巳の口元へと運ぶ。
 最初は顔を背けて拒んだ風巳だが、龍一が彼の頭を片手で固定して手首を唇に押し当てると、やがてそこから溢れ出す血液を素直に嚥下し始めた。
 龍一の血が風巳の魔力を補い、彼の肉体と精神の渇きを癒し回復させるだろう。
 血を啜るほどに血色が良くなってゆく風巳の顔色を確認して、龍一はホッと胸を撫で下ろした。

「フンッ。次期魔王候補など目障りなだけだ。覚醒する前に始末してやる。――行け、私の魔魅たちよ!」
 突如として、侮蔑混じりの如月の声が響く。
 龍一はハッと我に返り、上空を振り仰いだ。
 鈍色の世界に浮かぶ如月が憎悪の眼差しで風巳を睥睨していた。唇には残忍な笑みが具現されている。
「何をするの、如月っ!? 彼らには手を出さない約束でしょう!」
 繭羅がカッと目を見開き、怒気を孕ませた叫びを発する。
「ククッ、約束――だと? 私がいつまでも貴様のような小娘の言いなりになると思っていたのか?」
 如月の嘲笑が繭羅に浴びせられる。
「まあ、実際おまえはよく働いてくれたよ、世間知らずのお姫様。こんなにたくさん、邪魔な神族と忌々しい魔族を集めてくれたんだからね。ご期待に応えて――皆殺しにしてあげよう。貴様らが蔑み踏みにじってきた我が一族の恨み、思い知るがいい!」
 如月が高らかに哄笑する。
 彼の狂気を孕んだ声と共に、地鳴りのような轟音が響き、巨大魔魅たちが四方八方から姿を現した。
 中でも一際巨大な魔魅が、龍一と風巳に向けて突進していた。ドリルのように先端の尖った触手と五つの目を持つ、カマキリに似た不気味な魔物だ。
「このっ……馬鹿者が!」
 繭羅が怒気とともに片手を一振りする。彼女の身の回りを舞っていた紫の蝶たちが、一斉にカマキリ似の魔魅へと向かった羽ばたく。
「おやおや、そんな余力はないだろうに、繭羅姫。この結界の維持だけでも相当な精神力を要しているのに――意外と仲間想いだな。胸糞が悪くて、反吐が出る」
 如月がせせら笑う。
 同時に蛙と蛸が融合されたような魔魅の群れが、大口を開けて繭羅の蝶に襲いかかり、その一部を呑み込んだ。
「私は外で高見の見物をさせてもらうよ。クククッ」
 如月が嫌な笑い声を残して、スッと姿を消す。
「如月っ! この、わたしを愚弄するなんて――引っ捕らえて、心臓を抉り出してやるわ!」
 繭羅が血気盛んに叫び、如月の後を追おうと蝶と共に宙を駆ける。だが、彼女ははたと動きを止めて、龍一の方を振り返った。
「行きなさい。アレは仕留めなければ、いつまでも我らに逆恨みを抱き――禍いをもたらす」
「龍一さん、わたし――」
 繭羅が泣き出しそうな顔を龍一に向ける。己の失策に彼女の胸は後悔と自責の念でいっぱいなのだろう。
「解ってます。君は風巳様を目醒めさせたかっただけで――それには私も異論はない」
「……あいつの首を獲って、遙様を呼んだら――すぐに戻るわ」
「ああ、兄上によろしく――」
 泣き笑いの顔でそれでも気丈に宣言した繭羅を笑顔で送り出す。
 繭羅が蠱惑的な蝶を引き連れて姿を消すと――魔魅で埋め尽くされた鈍色の世界は、一気に華と色を失った。

 少し離れた場所で榊の双子が魔魅を相手に刀を振るっている。
 それ以外は、醜悪な魔魅たちの埋め尽くされ――全てが澱んでいた。
 カマキリに似た如月の繰魔が、五つの目をギョロリと動かして龍一と風巳に視点を定める。
 風巳に多量の血液を与えたばかりなので、龍一の裡には殆ど血も魔力も蓄えられていない。それでも不思議と畏れはなかった。
 龍一は腕の中の風巳を見つめた。
 ――この人だけは護らなければならない。
 強い想いを胸に秘め、間近に迫った魔魅を見上げる。
 魔魅がさわさわと触手を蠢かす。鋭い牙を生やした口からは異様な臭気を放つ唾液が垂れ流されていた。魔魅の凶悪さと激しい食欲を表すかのように――
 龍一は体内にある魔力の残滓を素早く掻き集めた。
 意識を研ぎ澄ませ、魔力を高める。
 おそらく、これが最後の変貌だ。
 重々承知している。
 だが、風巳の生命には代えられない――
「――龍一?」
「あなたと心中なんて御免です」
 龍一は限りなく穏やかで優しい笑みを風巳へ贈った。
 魔魅が鋭利な触手を突きつけるより僅かに速く、本来の姿に戻った龍一は黄金色の長い髪で風巳を持ち上げる。
 一瞬後、烈しい衝撃が龍一を襲った。



ご来訪ありがとうございます♪
もうすぐ巻ノ弐――というか、龍一の章も終わりです。

 
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2010.02.08 / Top↑
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