ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 音の無い残酷な映像が完全で繰り広げられている。
 三条風巳は恟然と目を瞠った。
 その光景が示す意味が全く解せない。
 こんなこと――あるはずがない。
 龍一の身体を魔魅の鋭い触手が貫くはずがない。
 目の前の現実を風巳は即座に否定した――いや、否定したかった。
 ――おまえが早く目醒めないから、また死んじゃったじゃないか。
 心の奥底でもう一人の己が嘲笑う。
 龍一の髪が風巳の身体をゆっくりと地上へ降ろす。それすらも風巳は気づかなかった。
 脳裏には、龍一と同じ金の髪の――艶やかな姫の姿が克明に浮かび上がっている。

『あなた様より少しだけ早く――次の世でお待ちしております』

 そう云って幸せそうに笑った女の顔が龍一に重なる。
 だが、現実世界の龍一は、自分の眼前で胸を串刺しにされていた。
 不意に、魔魅が突き刺した時と同じ勢いで触手を引き戻す。
 龍一の身体が仰け反り、胸の傷口から真紅の血液が噴き出す。
 風巳は弱々しくかぶりを振った。込み上げてくる激しい嘔吐感を必死に堪える。
 ――ホラ、結局また見殺しにするんだよ、俺は。
 過去世の自分が己の失態をまた揶揄する。
「――る……さいっ……! 起きればいいんだろ? 目醒めればいいんだろっ!」
 風巳は闇雲に喚いた。
 力の覚醒――過去世に己の身に起こった全てを受け容れ、本来の自分を取り戻す。
 ただ、それだけのことだ。
 目の前で龍一を奪われることに比べれば他愛もない。
「触る……なよ……」
 風巳は両の拳をきつく握り締めた。
「龍一に……触るなぁぁぁっっっっ!!」
 魔魅の触手が無抵抗な龍一に再度向けられるのを目撃した瞬間、風巳は腹の底からの咆哮をあげていた。
 身体が熱い。
 何か、別の意識に融かされていくようだ。
 瞳が血の色に染まり、全身が炎に包まれた。
 繭羅が形成した鈍色の世界が大きく振動し、地面から紅蓮の炎が舞い上がる。
 太い火柱が魔魅を直撃した。
 魔魅は瞬時に真緑色のゼリーのような物体に変化し――蒸発した。
 鉛色の昏い世界を打ち壊すかの如く、真紅の炎が縦横無尽に駆け回る。
 その度に如月の放った魔魅たちは抹殺され、繭羅の創りし世界が崩れてゆく。
 風巳の全身を螺旋を描いて取り巻いていた炎が、天を目指して勢いよく上昇すると――急激に澱んだ世界が決壊した。

 空気の流れが生じる。
 夜の帳に包まれた如月邸――その広大な庭の一角に風巳たちは移動していた。
 繭羅の結界が崩壊したことで、現実世界に引き戻されたのだ。
「……龍一」
 風巳が魔力の放出を止めると、暴れ回っていた炎の群れは跡形もなくスーッと消失した。
 静かな庭には魔魅の姿も如月の姿もなかった。
 整えられた芝の上に金色の髪が散っている。
 月明かりに照らされて煌めくその華麗な髪が、妙に虚しく目に映った……。
「龍一?」
 風巳は恐る恐る地に横たわる龍一の傍へと寄った。
 微塵も動かない身体を両手に掬う。
 月光を受けるその顔は血の気を全く感じさせないほど白く、閉ざされた瞼はピクリとも震えなかった。
「龍一、起きろよ? 家に帰るぞ。俺が覚醒したのに、おまえが眠るなんて――おかしいだろ?」
 風巳は何かを拒絶するように茫然と言葉を口にした。頭蓋に響く自分の声が異様なほどに嗄れていて耳障りだった。
 風巳は震える指先を龍一の唇へと伸ばし、壊れ物を扱うようにそっと触れてみた。
 唇は温かいのに、吐息は全く感じられない。
「……心臓を直撃している。刹那の出来事だったら――苦しまなかったと思うよ」
 ふと、傍で榊葵の躊躇いがちな声が聞こえる。
 顔を上げると、榊家の双子が沈痛な面持ちで風巳と龍一を見下ろしていた。風巳と目が合うと茜は口惜しげに唇を噛み、フイッと顔を逸らす。葵の方は、真摯な眼差しでじっと風巳を見つめていた。
「嘘だ……龍一が死ぬはずなんてない!」
 風巳は荒々しく否定の言葉を吐いた。
「やっと……見つけたのに――」
「彼が転生者なら、また生まれ変われる」
「その間、何百年も待ってろって云うのかっ!?」
 風巳は苛烈な眼差しで葵を睨めつけた。
 葵に八つ当たりしても龍一が還ってくるわけではない。だが、やり場のない憤りを何かにぶつけなけずにはいられなかった。
 心が悲鳴をあげ、今にも張り裂けてしまいそうだ。


 昔、誰かに恋をした。
 そう、転生する度にいつも必ず惚れた相手がいた。
 その時々で自分の性別も相手の性別も変わっている。
 最も鮮烈な記憶として刻み込まれているのは戦国時代。
 一条家に大層美しい姫がいると聞いた。
 魔族の中でも一条家は特異な一族――魔性の身でありながら黄金色の髪を持って生まれてくるのだ。神々しささえ感じさせる麗容は他の条家にとっては鼻につくものであり、同時に心惹かれる美しさであることも間違いなかった。
 一目見た瞬間、自分は一条の姫に心を奪われた。それは姫も同様だったと確信している。
 穏やかな微笑み――自分を見つめる金色の双眸には常に深い慈しみが宿っていた。
 あの時代、度重なる神族との闘いは、魔族が圧倒的優位に立っていた。
 勝利した暁には、一条の姫との婚儀が許されるはずだった。
 契りを交わすはずだった。
 自分の妻となる美しい姫だった。
 なのに、魔魅遣いたちの思いも寄らぬ叛乱のせいで――条家は壊滅状態に陥り、一条の姫も自分も奴らに生命を強奪されたのだ。
 男よりも女の方が酷い死に方をした。魔魅遣いたちの種を植えつけるためだけに陵辱され、腹の子だけ抜かれた挙げ句に魔魅の餌にされた者が大半だったと聞く……。
 結局、結ばれることは叶わず――引き裂かれた。
 以来、自分は転生する度に《彼女》もしくは《彼》を捜し求めてきたのだ。
 現世における《姫》は龍一だったのだ……。


「龍一……ようやく廻り逢えたのに――」
 風巳は喉の奥から声を絞り出した。
 心臓が捩り切られるような苦痛が身を苛む。
 目頭が熱くなり、視界が歪んだ。
 熱い液体が頬を伝う。
 自分が覚醒を拒み続けたばかりに、龍一が誰であるかも知らずに傲慢な振る舞いをし、平気で彼を傷つけてもきた。
 龍一はきっと疾うの昔に前世の記憶を取り戻していたのだろう。だから、彼は三条家に捨てられた自分を拾い、甲斐甲斐しく世話し、育て、情を注ぎ――護ってくれたのだ……。
「風巳――」
 涙を流している風巳に驚いたのか、葵がそっと肩に手を伸ばしてくる。
「――消えろよ」
 その手を風巳は邪険に払い除けた。
「自分に腹が立ちすぎて……誰構わず喰い散らかしそうだ。だから、さっさと消えてくれ」
 押し殺した声音で風巳は葵に宣告した。
 沸々と怒りが胸の奥底から込み上げてくる。
 龍一を護れなかった自分を風巳は到底赦せそうにはなかった。
 風巳の心情を察したのか、葵が茜を促して背を返す。だが、数歩進んだところで唐突に茜が風巳を振り返った。
「あの男は――龍一を殺したのは、如月祐介。如月製薬の会長だ」
 淡々とした声で茜が告げる。それだけ言い残すと、彼は双子の兄の後を追いかけていった。
 龍一への餞なのか風巳に対する憐憫なのかは知らないが、あの銀縁眼鏡男の正体が判明したのは有り難かった。
「……殺してやる」
 風巳は最大限の呪詛を込めて呟いた。
 如月――かつて叛乱を起こした魔魅遣いの一族。混沌の一族の頭目だ。
 一体、何度奴らに姫を奪われればいいのだろうか。
「如月祐介――必ずこの手で滅茶苦茶に引き裂いて、殺してやる……!」
 風巳は龍一の長い金髪に顔を埋めて嗚咽した。



     「八.流転」へ続く



 
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2010.02.10 / Top↑
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