ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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八.流転



 どのくらい泣いたのか解らない。
 龍一を離したくなくて、ただひたすらに冷たくなった身体を抱き続けていた。
 そうしているうちに、フッと空気が研ぎ澄まされ、金色の光が生まれた。
 光の中から能面のように白い顔をした美麗な青年が現れる。龍一と同じく眩い黄金色の髪をしていた。
「大丈夫ですか、風巳?」
 サファイアのような蒼い双眸が痛ましげに風巳と龍一を見つめる。
「遙様――」
 風巳は緩慢な動作で魔王の第一側近を見上げた。
 一条遙――龍一の実兄であり、一条家の現当主だ。
「目醒めるのは、苦しかったでしょう。可哀想に……こんなに泣いて――」
 遙が身を屈め、子供をあやすように風巳の髪を撫で、涙を拭う。
「弟を返してくれますね?」
 風巳が茫然と頷くと、遙は華奢な指を息絶えた龍一へと伸ばした。
 その指先が触れた瞬間、龍一の姿は忽然と消失した。
 龍一が自分の手から離れたことに不安を覚えた風巳だが、肉親である遙が龍一を求めているのだから拒絶するわけにはいかない……。
「おいで、風巳。あなたには少し休養が必要です」
 遙の手が風巳にも差し出される。
 誘われるように風巳はその手に自分の手を重ねた。
「これから……何処へ……?」
「久我条へ――」
 遙が端的に応え、風巳の身体を両腕に抱き上げる。長い金の髪がサラリと頬を撫でる。それが龍一を彷彿とさせ、風巳はまたしもて泣きたい衝動に駆られた。
「遙様、俺――」
「いい子だから、お休み」
 遙の静穏な眼差しが風巳を見つめ、柔らかな声が耳に浸透する。
 風巳はゆっくりと瞼を閉ざし、遙に身を預けた。
 遙は龍一と同じ匂いがする。
 こうして傍にいると、龍一がまだ生きているような錯覚に囚われてしまいそうだった。
 風巳は遙の服を片手で掴むと、縋るようにきつく握り締めた。誰かに寄りかからなければ、今は身も心もズタズタに切り刻まれてしまいそうだ。
 ――これから、どうしよう?
 薄れゆく意識の中で、風巳はぼんやりと考えた。
 今後の身の振り方を考えておかねばならない。
 実家には戻りたくない。だが、自分を庇護してくれる龍一を喪ってしまった……。
 この先の未来はきっと苦しく切ない日々になる。

 龍一のいない新しい生活が始まる――


     *


 弟の様子がおかしい。

 携帯電話に母からそんな連絡が入った直後、氷上綾は仕事を切り上げて家路を急いだ。
 自宅に足を踏み入れるなり、母親が青ざめた顔で天井を見上げる。
 二階からは何かを叩きつけるような激しい物音と獣の呻きのようなものが聞こえていた。
 綾は軽く舌打ちを鳴らすと、鞄を放り出し、狼狽える母の首筋に手を触れた。
 転瞬、母が急激に意識を失い、崩れ落ちる。
 綾は素早く母の身体を抱き留めるとリビングのソファへ彼女を横たえ、俊敏な身のこなしで階段を駆け上がった。
 二階の奥――弟の部屋からは絶え間なく、苦痛に耐えるような絶叫が迸っている。
 その激しい痛みを打ち消すかのように、物を破壊する派手な音が連続した。
 だが、綾がドアノブに手をかけたところで――フッと悲鳴のような叫びも物音も途絶えた。

 奇妙な沈黙。

「遼――?」
 綾は静寂を打破するように弟の名を呼び、思い切ってドアを引き開けた。
 刹那、物凄い速度で鈍色に輝く小刀が幾つも飛来してくる。
「――っつ……!」
 綾はハッと目を瞠り、咄嗟に片手を翻していた。
 手の中に檜扇が出現する。
 綾は目にも止まらぬ速さで扇を操ると、飛んできた刀を悉く払い落とした。
「流石……姉さん――」
 室内から聴き慣れた遼の声が流れてくる。
 綾は檜扇を片手に入室し、声の発生源を見下ろしてた。
 破壊された物が散乱する中に――弟は座り込み、荒々しく肩で息をしていた。
 腰まで長く伸びた髪が、遼の表情を隠している。
 だが、確認するまでもなく、ソレが《氷上遼》という弟ではないことは判然としていた。
「フンッ。ようやくお目醒めか、魔王」
 パチンと扇を打ち鳴らし、綾は忌々しげに遼を睥睨した。
「久々の再会なのに、相も変わらず冷たいな……。奇しくも今生でも姉弟だというのに、弟の真名も呼んでは下さらぬとは――」
 闇のような髪の隙間から綾を見上げ、遼の形をしたソレが口の端をつり上げて笑う。
 綾に向けられた双眸もやはり漆黒で、冷ややかな光を宿していた。
「貴様の穢れた名など、疾うの昔に忘れたわ。妾に弟はおらぬ」
「これは……手厳しい。まあ、よい。一条の――遙は何処です、姉上?」
「知らぬな。知ってどうする? アレは直に死ぬ」
 綾は胸の奥で芽生えた痛みに気づかないフリをし、冷徹に言葉を紡いだ。
「遙が――死ぬ?」
「アレは死ぬ。貴様は今生でアレに廻り逢うことなく、眠り続けるがよい」
「馬鹿な……」
「全ては愚かな貴様が招いたことよ。アレを想うなら転生させるな。死なせてやれ――」
 綾は冷厳に告げると、驚愕に捕らわれている弟の額に躊躇うことなく檜扇を打ち込んだ。
 ガクンッ、と遼の頭が垂れ、四肢が仰向けに倒れ込む。
「今しばらく遼の裡で眠っておれ」
 綾は扇を引き抜くと、弟の髪は瞬く間に従来の長さに戻り、その表情が和らいだ。
 綾は溜息を一つ落とすと、再び檜扇を舞わせた。
 破損していた物品が綺麗に復元され、元々あった場所に独りでに移動する。
 散らかっていた床も、割れた窓ガラスも全て元通りになったのを確認すると、綾は長い髪を翻して部屋を後にしよとした。
 しかし――
「アレ、姉さん? ――どうしたの?」
 背後から飛んできた弟の声が綾の足を止めた。
 今度は紛れもなく氷上綾の弟である遼の声音だ。
 綾は遼に気づかれぬように檜扇を消すと、柔和な笑みを湛えて弟を振り返った。
「今、凄い物音がしたから慌てて様子を見に来たのよ。寝惚けてベッドから落ちたんじゃないの、遼?」
「――わっ、ホントだ! 俺、ベッドでウトウトしてたはずなのに、いつの間にか床に転がってるし……!?」
 遼が慌てた様子で身を起こす。
 先刻までの出来事は全く記憶にない素振りだ。
「母さんが心配してたわよ」
「アハハ……。何か懐かしい夢を見ていた気がするんだけど――よく……思い出せないな。ああ、そうだ! 今日、大学で姉さんの知り合いの一条遙さんに逢ったよ」
「そう。彼――元気そうだった?」
 綾は笑顔を繕ったまま適当に言葉を返した。
 なるほど。一条遙に直に触れたことで、遼の裡に眠る魔王が急速に覚醒したらしい。
「うん、まあ……ちょっと顔色が悪くて、『りゅういち』とか何か変なこと呟いてたけど……。あっ、姉さんの弟だって自己紹介するの忘れたな――」
 遼は遙と逢った時のことを思い出しているのか、上の空で応える。
 綾は無言の笑みを弟へ向けると、今度こそ部屋を後にした。
 気絶させた母親の記憶を操作し、穏便に事を済ませるために階下へと向かう。
「……りゅういち――遙の弟のことか? あの馬鹿男、現世でも条家にちょっかいを出したのか? 余計なことを……!」
 綾は柳眉をひそめた。
 瞼を閉じると、銀縁の眼鏡をかけた男の姿が脳裏をよぎる。
「だが、これで一冊《妖鬼伝》の在処が判明したな。貴様が妾から盗んだのは《条家妖鬼伝》か? そろそろ返してもらうぞ。のう、如月の――」
 綾は瞼を押し上げると、唇に冷笑を刻ませた。
 超然と前を見据える双眸は金色の輝きを放ち、妖しく濡れていた。



           《了》

                 To be continued…?


ご来訪&最後までお読み下さり、ありがとうございます♪
巻ノ弐はここで終了となります。
巻ノ参開始まではしばらく時間がかかるかもしれませんが(汗)、またフラリとお立ち寄り下されば幸いです。

 
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2010.02.13 / Top↑
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