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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.06.03[23:44]
     *

 瞼をはね上げた途端、視界に飛び込んできたのは徳川直杉と園田充の不安げな顔だった。
 貴籐水柯は二人の姿を認識すると、ホッと安堵の息を吐いた。
 水妖が創り上げた暗闇の世界から解き放たれ、ようやく現実の世界へと舞い戻ってきたのだ。
「ナオちゃん、充くん……」
 夢心地のまま水柯は二人の名を呼んだ。
「大丈夫か、水柯」
「うん、平気みたい」
 笑顔で応じた直後、水柯は直杉の腕を必死に掴んでいる自分に気づき、赤面した。
「ヤダッ。わたし、ナオちゃんにしがみついて泣いてたの?」
 慌てて直杉から手を離し、その手で涙まみれになっている頬を拭った。
 闇ばかりの夢世界の中、出口を捜し求めて彷徨っていた。
 ひたすら暗闇を歩き続けているうちに、ふと耳に馴染んだ唄が聞こえてきた。
 唄のする方角へ進むと、どうしたことか急に母の姿が闇に浮かび上がったのだ。
 唄をハミングしながら出現した蒔柯に飛びつき、泣き縋ったことまでは覚えている。
 まさか現実の世界で直杉が母の代役を務めているとは、露ほども想像していなかった。
 それだけに羞恥は凄まじい。
「水柯ちゃんは、直杉をママだと思って抱きついてたんだよ」
 充が爽やかな笑顔を浮かべながら水柯の顔を覗き込む。
 彼の言葉が、水柯の羞恥心を更に煽った。
 ――充くんに抱きつかなくてよかった。
 心の片隅で独り言ち、水柯は改めて直杉に視線を向けた。
「ゴメンね、ナオちゃん」
「水柯が無事なら、それでいい。それにしても、涙を流し、笑いながら目覚めるとは、奇特な人間だ」
 直杉が真顔で水柯の顔を観賞する。
 瞬時、水柯は絶句した。
「な、泣いて……笑って……?」
 茹でたタコのように真っ赤になりながら、水柯は己のその姿を脳裏に描いた。
「うわっ、自分で想像しても気持ち悪い。不気味だわ。わたしってば小っ恥ずかしい!」
「いや、あれはあれで可愛かったよ」
 悶絶する水柯を、充が苦笑混じりに宥める。
「どんな女の子にも優しい充くんの言葉は当てにならないけど……今だけは有り難いわね。その言葉、誰よりも強く信じたいわ。――重ね重ねゴメンね。気味の悪い思いをさせて」
 ガックリと床に膝をつきながら、水柯は深く項垂れた。
「まあ、そう気に病むな。落ち込んでも仕方あるまい。それに、母親に纏わる悪夢を見ていたのだろうしな」
 思いがけない直杉の言葉に、水柯は驚いて面を上げた。
 目顔でどういう意味なのか尋ねると、直杉は簡素な答えをくれる。
「私たちも母の夢を見た」
「水妖の心理攻撃ってわけだ。過去に死んでいったヤツら――ホントに死んだ人間がいるならの話だけど、そいつらは精神的攻撃に耐えきれずに狂死したんだよ、きっと」
 九月九日、月のない夜――伝説に引き寄せられた者たちも、水妖による心理攻撃を受けたに違いない。
 おそらく水妖の紡ぐ悪夢の中で、自分の心臓が停止したことも認識せずに死んでいったのだろう。
 現に、水柯も発狂寸前のところまで追い詰められたのだ。
 魂が消滅してもおかしくないほど、衝撃的かつ辛辣な悪夢だった。
 今、水柯が無事でいるのは、頼もしい仲間のおかげだ。
「でも、わたしたちは生き延びた――って、あら、その顔どうしたの?」
 充の言葉に相槌を打ちかけて、水柯はふと渋面を作った。
 充の片方の頬が赤く腫れ上がっているのに、やっと気がついたのだ。
「あ、いや、これは――愛の証し」
 ニヤけた顔で告げる充の脇腹に、恐ろしいほどの速度で直杉の肘が打ち込まれる。
 あまりの痛さに声も出せないのか、充は脇腹を押さえて蹲った。
 直杉は涼しい顔をしている。
「いつから……漫才コンビを結成したの?」
 水柯は訳が解らずに唖然と二人を眺めた。
 首を捻るが、充も直杉も疑問に応えてはくれない。
「園田のことは捨て置け。ともかく、私たちは水妖の攻撃を乗り越えたようだ」
 直杉が平然と話の道筋を戻す。
「もっとも、生かされているに近い状況だがな。水妖にしてみれば私たち如き、いつでも息の根を止められる。だから少々放っておいても構わない、と考えているのだろう」
「えらい迷惑だけどな」
 充が顔をしかめながら立ち上がる。
 痛手から回復し切れていないのか声は掠れていた。
 水妖に対してなのか直杉に対してなのか判然としない充の一言をすげなく無視して、直杉は水柯に懸念の眼差しを注いできた。
「田端の姿が見えないようだが、一緒ではなかったのか?」
「――あっ!」
 指摘された瞬間、水柯は短い叫びをあげた。
 すっかり樹里の存在を失念していた。
 彼は、未だに水妖の餌食になっているかもしれないのだ。
 一刻も早く救出しなければならない。
「樹里とは三階で引き離されたのよ。多分、まだ上だと思うわ」
 水柯は肩からぶら下げた鞄の位置を直し、素早く立ち上がった。
 いつもの癖で眼鏡の位置も整えようと鼻に指を伸ばす。
 だが、フレームはどこにもない。
 階段を引きずられている時に落としてしまったらしい。
 伊達眼鏡なので視界に影響はない。
 眼鏡はあっさり諦めることにした。
 それよりも今は、樹里の安全確認が第一だ。
 水柯の胸には強い危機感が芽生えている。
 樹里が母の幻影に惑わされてなければいい。
 既に手遅れかもしれないという最悪の想像を、水柯は無理矢理脳裏から締め出した。
 まだ間に合う。
 きっと大丈夫。
 必ず樹里を助けてみせる。
 心に強く言い聞かせながら、水柯は直杉と充に視線を走らせた。
「行こう、みんな!」

     *



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