ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 田端樹里は悪夢の真っ只中にいた。
 この世で最も嫌悪する母にきつく抱擁されている。
 冷たい指が髪や頬を愛撫するたびに、樹里は恐怖に怯えていた。
『樹里、私の可愛い息子。愛しているわ』
 偽りのサラが、偽りの愛の言葉を囁く。
「やめろっ」
 樹里は堅く瞳を閉ざした。
 サラの顔を視野に入れたくない。
 見れば、自分とサラの相似をまざまざと網膜に焼きつけてしまう。
『私の樹里』
 サラは甘く囁き続ける。
 そうされるたびに樹里の全身は総毛立った。
「消えろ……消えてしまえ!」
 傷つけられるのは嫌だ。
 もう充分だ。
 樹里の神経は磨り減り、疲弊し、癒されることのない域にまで達しようとしている。
 既に甚大なダメージを被っているのだ。
 これ以上、サラに何かされたら狂ってしまう。
 ――もう、いいだろ。
 心の傷はパックリと口を開け、夥しい量の血液を流出させている。
 ――殺されてやるから、目の前からこの女を消してくれ!
 樹里は破綻しそうな心の中で叫んだ。
 幻といえども自分を産むことを拒絶したサラが、自分への愛を語ることに耐えられない。
 堪えきれないほどの苦痛であり、屈辱だった。
「おまえなんか消えてしまえっ!」
 樹里は声を張り上げた。
 熱い液体が双眸から溢れ出す。
 この涙が、哀しみのせいなのか、虚しさのせいなのか、怒りのせいなのか、苦しみのせいなのか――樹里には最早判断がつかなかった。
 ただ、心が悲鳴をあげていることだけは確かだ。
「頼むから消えてくれっ!」
 喉の奥から絶叫が迸る。
 刹那、サラの気配が消失した。
 呆気ないほど容易くサラの気配が霧散したのだ。
 ――悪夢は終わったのか……。
 サラが消えたことに訝しさを感じつつ、樹里は顔を上げてゆっくりと瞼を開いた。
「――――!?」
 眼前の光景を確認した瞬間、新たな衝撃が樹里を襲った。
 サラの代わりに、半透明の少女が佇んでいたのだ。
「……水柯」
 樹里は悄然と幼なじみの名を呼んだ。
 水妖は悪夢を終わらせたわけではないのだ。
 もっと苛酷なものを見せつけようとしている。
「どうして……こんな目に遭わせるんだよっ!?」
 樹里は怒りに任せて叫んだ。
『どうしてかしら? あなた、どこか似てるの。わたしが愛した、あの人に。だから、とても愛しくて――憎い』
 水柯の姿を模しているモノは、奇怪なことに彼女のものではない声で応えた。
 直ぐ様、水妖の声だと判った。
 だが、水妖が応じたのはそれきりで、後の言葉は水柯本人と寸分違わぬ声音で語られた。
『どうして泣いてるの、樹里?』
 水柯が傍らに膝をつき、樹里の顔を覗き込んでくる。
 樹里は恐ろしいものを見る目つきで、まやかしの水柯を眺めた。
 これは、水柯の形をした化け物なのだ。




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2009.06.03 / Top↑
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