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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.06.04[00:19]
『こんな時間まで何やってるのよ』
 通信回線を開いた途端、相手から怒鳴り声に近い一言を浴びせられ、水柯は驚いた。
 だが、驚きはすぐに喜びへとすり替わった。
 声は蒔柯のものだったのだ。
 帰宅の遅い娘を心配して、連絡をくれたのだろう。
『ちょっと聞こえてるの、水柯?』
「ママ、助けて!」
 水柯は蒔柯の声を遮るようにして叫んだ。
 今は、誰でもいいから縋りたい状況に措かれているのだ。
 この逼迫した事態の最中、電話をくれた蒔柯が救世主のように感じられた。
『助けて――って、あなた今、どこで何をしているのよ?』
「とにかく助けてよ! それにわたし、ママに訊きたいことが――」
 水柯は声高に言を連ねた。
 出生の謎、水妖伝説の謎、生徒手帳の謎――訊きたいことは山ほどある。
『落ち着きなさい』
 要領の得ない水柯の話を、蒔柯が静かな声で一蹴する。
『水柯の質問は後よ。先に私の疑問に答えて。今、どこにいるの? 樹里くんも一緒なの?』
 蒔柯の至極真摯な口調に、水柯は次第に平常心を取り戻していった。
 謎のことは忘れ、努めて冷静になろうと心懸ける。
「樹里と、それからナオちゃんと充くんも一緒。それで……学校にいるの」
『聖華学園に? どうして聖華になんか行ったりしたの。あの伝説はね……水妖伝説は伝説なんかじゃなく――真実なのよ』
 重々しい溜息の後、蒔柯が諦観したように告白する。
「解ってる。だって、わたしたち水妖に遭っちゃったもん」
 半ば泣きそうになりながら水柯は応えた。
『遭遇したの、水妖に? じゃあ、水柯たちは今も水妖の脅威に晒されているのね?』
「うん。ねえママ、どうして伝説が真実だって知ってるの?」
 不安を声に滲ませながら、水柯は尋ねた。
 先ほど蒔柯は認めたのだ。
 伝説は真実だ、と。
『質問は後で、って言ったはずよ。今は詳しく説明している暇はないの。あなたたちの生命に危険が迫ってるんだから。今から――ママがそっちに行くわ』
「ママ?」
『私が助けに行くわ』
 蒔柯の声はいつになく力強い。
「でも、学園は水妖のテリトリーになってるのよ。外から学園に入るのは無理よ。わたしたち、旧校舎に閉じ込められてるし……」
『平気よ。水妖の力は、多分ママには通用しないわ』
「だけど、ママまで閉じ込められちゃうかもしれないのよ。危ないから、やめて」
『心配いらないわ。あなたたちは、私がちゃんと連れて帰るから』
「気持ちは嬉しいけど、やっぱり――」
『何をグズグズ言ってるの。ママを信じなさい。私はね、伝説の生き証人なのよ。無事に学園から出られるわ。十七年前に実証済みよ』
 蒔柯が気迫の籠もった声で叱咤する。
「……解った。ママを信じる」
 水柯は携帯電話を持ったまま大きく頷いた。
 水妖伝説に纏わる謎は、いずれ蒔柯の口から明かされるだろう。
 今は、生きて学園から脱出する方が先決だ。
『必ず助けに行くわ』
「あっ、そうだ! 樹里が水妖に連れ去られちゃったのよ。わたしたち今、樹里と引き離されてるの。どうしたら樹里を助け出せるか、知ってたら教えて」
『樹里くんが? そう……美術室よ。美術室に行きなさい。きっと樹里くんと流水はそこにいるわ』
 確信に満ちた声が受話口から耳に流れ込んでくる。
 ――ルミ?
 唐突に母の口から飛び出した名に、水柯は顔をしかめた。
 ルミ――どこかで聞いた名だ。
 確か、外出前にも同じ名を口にしていた。
 学園で自殺を図った女生徒の名を館林流水と言っていなかっただろうか……。
 なぜ、その自殺者が出てくるのか疑問に感じたが、余計な詮索をしている暇はなかった。
 事態は刻一刻と悪化しているのだ。
「了解、美術室ね。行って、何とか頑張ってみる。……最後に一つだけ訊いてもいい。ママは、わたしのママよね?」
『なに馬鹿なこと言ってるの。水柯はママの娘よ』
 間髪入れずに、躊躇の欠片もない答えが返ってくる。
 水柯はホッと胸を撫で下ろした。
 水妖に悪夢を見せつけられてから、ずっとそれが心に蟠っていたのだ。
 だから、母の明快な答えを聞いた瞬間、胸にジワリと安堵が広がった。
『じゃあ、そっちに行くからね。すぐに助けに行くわ』
「うん。また後でね」
 元気な声で会話を締め括り、水柯は通話を切った。
 直杉と充の視線が自分に集中していることに気づき、慌てて照れ笑いを浮かべる。
「ママからだった」
「――で、何だって?」
 充が先を促す。
「助けに来てくれるって」
「では、私たちも水柯の母を信じるとしよう」
 淡々とそう告げた直杉を、水柯は信じられない思いで見上げた。
 水柯が蒔柯のことを信頼するのは、親子だから当然だ。
 しかし、他人である直杉が無条件に蒔柯の救出を信じてくれるとは意外だった。
「先ほど水柯は言ったではないか――ママを信じる、と。水柯がそう判断したのならば、私に異論はない」
 直杉の口元に微笑が閃く。
 その傍らで、充も同意するように頷いた。
「水柯ちゃんのママ、俺たちより水妖に詳しいみたいだしね」
「ありがとう」
 心からの謝辞を述べ、水柯は二人の友人に向かって破顔した。
「それで、我々のとるべき行動は?」
 直杉が水柯の指示を仰ぐ。
「ママの推測では、水妖は美術室にいるらしいわ」
「奴が本性を晒したのも美術室だったな。あそこが水妖の砦か」
「地縛霊の行動範囲は限られてるってヤツだな。――まっ、とにかく行ってみよう」
 充が軽い口調で告げ、幾分愉しげに天井を指差した。

     *



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