ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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7.誘惑?


「真央!」
 自分を呼ぶ声に、真央はパッと視線を動かした。
 公園の入口からこちらへ向かって可愛らしい少年が駆けてくる。
 本来ならば眩いシルバーの髪は金茶毛に変わり果てていた。おそらく『異様に目立つ』という至極解りやすい理由ゆえに、魔法で変化させているのだろう。
「――シルク!」
 琉と二人きりという耐え難い状況から脱した喜びに、思わず声が弾む。
 真央は、兄の魔法使いであるシ少年に向かって大きく手を振った。
 シルクが現れてくれたことで、琉から逃れられる好機が訪れたのだ。
 嬉しさのあまりに真央は勢いよく立ち上がり、喜色に満ちた顔をシルクへ向けていた。
「あれ、お兄ちゃんは?」
 駆け寄ってきたのがシルク一人だという事実にはたと気づき、真央は小首を傾げた。
「本屋で『東洋魔術とイタリア料理の接点』っていう変な本を発見して、立ち読みしてるよ」
 真央の前で立ち止まり、シルクが苦笑を湛える。
「何が面白いのか、すっかり夢中みたい。――で、『悪いけど、二人で買い物をして先に帰ってて』だって。ヒドイよね。僕たちよりそんなへんてこりんな本の方が大事だなんてさ……!」
 愛くるしい大きなアメジストの瞳で真央を見つめ、シルクが非難めかしく唇を尖らせる。
 ――『東洋魔術とイタリア料理の接点』って、ホントに何よ、ソレッ!? そんなもん、あってたまるかっ!
 真央はシルクに苦笑いを返し、胸中で兄の趣味を罵った。
 人と約束をしておきながら、そんな眉唾なトンデモ本に意識を奪われ、立ち読みするほどのめり込んでしまうなんて信じられない。
 我が兄ながら好奇心がくすぐられるポイントが謎すぎる。
 神秘や幻想に対する並々ならぬ情熱と探求心を恋愛や異性へ向ければいいのに――と、妹としてはお節介な見解を抱いてしまう。森理はオカルト系の発言さえしなければ、非の打ち所のない美青年なのだ。モテるだろうに、未だにかつて真央は兄の彼女を紹介されたことがなかった……。
「もう、お兄ちゃんったら……しょうがないわね!」
 シルクの不満に大いに同意し、真央は額に青筋を浮かべた。
 自分とシルクに買い物を押しつけた兄に仄かな怒りを覚えたが、食料がなければ自分たちも困る。シルクと二人で買い出しに行かねばならないだろう。
 この場から立ち去ろうと真央が一歩足を踏み出した時、
「へえ、葉月さん、お兄さんがいるんだ?」
 藤川琉の声が耳をくすぐった。
 兄に対する不平に心を捕らわれてすっかり失念していたが、琉も傍にいたのだった。
 シルクと真央の会話から森理に興味を持ったらしく、琉は好奇な目つきでこちらを眺めている。
「……いるわよ」
「ああ……お兄さんも葉月さんと同じなのかな? そうだとしたら――逢ってみたいね」
「近くで喫茶店をやってるから、勝手に逢いに行けば?」
 真央が素っ気なく応じると、琉は微笑を湛えて頷いた。真央と森理の何が『同じ』なのか気になかったが、こちらから琉に質問するのは何となく嫌だった。琉に関心がある――と勘違いされても困る。
「ところで葉月さん――僕には彼を紹介してくれないの?」
 ふと、琉が視線をシルクへと流す。今度はシルクに対して感興がわいたらしい。
「何で、藤川に紹介しなきゃいけないのよ?」
 真央は、琉に対する嫌悪を隠しもせずに険のある視線で彼を睨めつけた。
 琉にシルクを引き合わせなければならない義理も義務もない。
 何より、シルクに見つめる眼差しが気に食わなかった。値踏みするようにジロジロと不躾な視線をシルクの全身に浴びせているのだ。
「いや、日本人じゃないのかな――と思って」
 シルクに据えられたままの琉の瞳がスッと細められ、唇が微笑を刻む。
 顔立ちが整いすぎているせいか、その表情はひどく禍々しく見えた。
「ハーフなのよ。――もういでしょ。行くわよ、シルク」
 どうやら琉はシルクの容姿に疑問を抱いたらしい。
 まさか、シルクが人間ではないことを見抜き、その存在を怪しんでいるわけではないだろうが――シルクを見つめる琉の眼差しが不可解なだけに、心配だ。
 だが、色素が薄いというだけで、シルクが魔法使いでだと解るはずがない。
 そもそも人間の中で魔法使いの存在を識っているのは、ごく少数の者だけだ。一介の高校生である琉がシルクの特異性に気づくはずもない。
 きっと、シルクの派手な外見に単純な興味をそそられたのだろう。
「へえ、ハーフね。でも、君――本当に変わった目をしてるね」
 不意に、琉がシルクの肩に手を伸ばす。
 シルクを伴って立ち去ろうとしていた真央は、琉の行為に驚き、慌てて足を止めた。
「シルクに何するのよ、藤川っ!」
 真央は物凄い剣幕で琉に怒声を放った。
「ちょっと引き止めただけじゃないか。怖いな、葉月さんは」
 琉が薄笑みを浮かべる。掴み寄せたシルクの肩を離す気は更々ない様子だった。
 琉の細い指がシルクの顎を捕らえ、顔を上向かせる。
 シルクは突然の出来事に呆気にとられているのか、琉を振り払うことも声をあげることさえも出来ずにいた。
「ああ……やっぱり綺麗な瞳だ」
 琉がシルクのアメジストの輝きを放つ双眸を覗き込み、満足げに微笑む。
「ホントに、この世のモノとは思えない美しさだね」
 琉の唇が更に弧を描く。言葉には意味深な響きが宿っていた。
 ――この世のモノとは思えないって……洒落にならないわよっ!
 真央が意識しすぎなのかもしれないが、琉の一言一言に裏があるように思えてならない。
 シルクの正体が看破されたわけでもないのに、真央は心臓がギュッと締め付けられるような不安と焦燥を覚えた。
「ちょっ……いい加減シルクを離しなさいよ、変態ッ!」
 一刻も早くシルクを取り戻さなければいけない衝動に駆られ、真央は憤然と琉を睨みつけた。
 真央に『変態』と罵られたことに気分を害したのか、琉がピタリと動きを止める。
 冷ややかな眼差しで真央を一瞥し、わざと真央の不快感を煽るかのように口の端に冷笑を刻む。
 思わずたじろいでしまった真央を尻目に、琉はシルクの耳に唇を寄せ、何事かを囁いた。
 その囁きはあまりにも小さすぎて、真央の耳には届かなかった。だが、シルクの細い身体が可哀想なくらい大きく震えたので、その内容が芳しくないことであることは察知できた。
「シルクに触らないでっ!」
 真央はシルクの腕を掴むと、強引に琉から引き剥がした。
 予想に反して琉からの抵抗はなかった。真央が拍子抜けするほどアッサリとシルクを解放してくれる。
 琉は無言で真央とシルクを見つめ、美麗な顔に凍てついた笑みを湛えてた。
 ――掴み所がない男……っていうか、やっぱり好きになれないわ!
 真央は改めて琉のことを薄気味悪く思いながら、一刻も早く彼から遠ざかろうと身を翻した。敵前逃亡のようで癪に障るが、どうしてもこれ以上シルクを琉に眼前に晒したくはなかった。兄が不在の今、シルクを危険から遠ざけるのは間近いなく真央の役目だ。
 琉の粘つくような視線を背に感じだが、構わずに真央は公園内を駆けた。

 シルクの手をひしと握り、公園を飛び出す。
 本能的に自宅のある方向へ向かって走っていた。
「――あっ……!」
 百メートルほど進んだところで自転車を置き去りにしてきたことに思い至り、ハッと足を止める。
 だが、まだ琉がいるかもしれない公園に戻りたい心境ではなかった。明日、登校時に回収すればいいだろう。
「……マスター」
 ふと、手を繋いだままのシルクから苦しげな呟きが吐き出される。
「大丈夫、シルク?」
 真央は不安げにシルクを振り返った。
 繋いだ手からシルクの震えが伝わってきたのだ。
 小さな顔は白を通り過ぎて青ざめ、アメジストの瞳は怯え孕んで潤んでいる。血の気のない唇が主人である森理を求めるように『マスター』と繰り返していた。
「あの変態のコトなんか、さっさと忘れていいわよ、シルク! 気にしちゃダメ」
 真央はシルクの手をギュッと握り締めた。兄の代役など務まらないだろうが、それでも何とかしてシルクの畏れを軽減させてあげたかった。
「あの人――真央の何?」
 ようやく真央の存在ほ思い出したのか、シルクが弾かれたように顔を上げる。
「えっ? 何って言われても――同級生としか言い様がないわね……」
 問われて、真央は返答に窮してしまった。告白されはしたが、真央にとって藤川琉はあくまでも『いけ好かない同級生』でしかない。
「ねえ、さっき、あいつに嫌なコトを言われたの?」
 自分と琉の関係性よりも彼がシルクに強い執着を表したことのほうが気に懸かり、真央は逆に問い返していた。
「あの人……変だよ。僕の正体を知ってた。僕が人間じゃなくて魔法使いだって――」
 シルクが眉根を寄せる。
 真央も釣られて顔をしかめた。
「どうして? 何、あいつ――もしかして、フツーの人間じゃないの? まさか、あたしと同じウィザード・マスターとか?」
「……解らない。けど、何かあの人に触られた時、記憶の奥底で何かが蠢いた。恐ろしいけど――不思議とちょっと懐かしい気もしたな……。何者かは解らないけど、フツーじゃないことは確かだよ」
「やっぱ要注意ね、藤川琉! ――で、あいつに何て言われたの?」
「綺麗だね。気に入ったよ。本当の姿の君は、もっと綺麗なんだろうね。今のマスターに飽きたら僕のところへおいで――って……」
 琉に囁かれた時の感覚が甦ったのか、シルクが震えを誤魔化すように唇を噛み締める。
 真央は背筋に悪寒が走るのを感じた。あの得体の知れない琉に耳元で囁かれることを想起しただけで、鳥肌が立つ。シルクは実際にそれをやられたのだ。たまったものではないだろう。
「げっ! あの男、ホントに誰かのマスターなんじゃないのっ!? 嫌だ。あいつに遣える魔法使いが気の毒すぎるわ!」
「単純にウィザード・マスターならいいけど……」
 何をそんなに懸念しているのかシルクは眉間の皺を深め、力なく首を横に振った。
「マスター以外に魔法使いの存在を知ってる人間なんていないんじゃないの?」
「うん……基本的にはそうなんだけど……。けど、マスターにしても、やっぱりあの人、ちょっと変――っていうか怖いよ。『一緒に《魔法の国》へ行こう』って言ってたもん」
 シルクが畏怖を滲ませた声音で告げる。
 真央は咄嗟にシルクの華奢な肩を抱き寄せていた。
 本当はかなり年上なのだろうが、自分より幼く、そしてか弱く見える少年の姿をしたシルクを前にすると、どうしても庇護欲が湧いてきてしまう。
 シルクが葉月家へやって来ておよそ三年――本当の弟のように大切に想っているからこそ、脆く崩れそうな彼を放ってはおけない。
「《魔法の国》――って、あいつ、マジで何考えてんのよ……!?」
 魔法の国。
 レインやシルク――魔法使いたちの生まれ故郷。
 何処に存在しているのか解らないが、兄から聞いた話では『人間界に堕ちてきた魔法使いが、《魔法の国》へ戻れる可能性はゼロに等しい』ということだ。 
 それが事実ならば、シルクが《魔法の国》へ行ける方法などないはずなのだ。
 簡単に帰れるものなら、レインもシルクもとっくに国へ舞い戻っているだろう。
 なのに、『《魔法の国》へ行こう』とは、一体どういうことなのか?
 果たして、本当にそんなことが可能なのだろうか?
 兄よりも遙かに知識の乏しい真央には、皆目見当もつかなかった……。
「――けど……何で?」
 我知らず、疑問が口をついて出る。
 一緒に行こう――そう告げた琉の真意は何処にあるのか?
 琉に《魔法の国》へ行かなければならない理由が存在しているとは、到底思えなかった。
 琉の冷然とした美貌が脳裏に浮かび上がる。
 気配もなく自分に接近していた琉。
 シルクをいとも容易く魔法使いだと見破った琉――
 やはり、彼も自分と同じく《生命玉》を手にしたウィザード・マスターなのだろうか?
 ――あって欲しくないけど、その確率がイチバン高いわよね。
 結局は思考はそこに辿り着いてしまう。
 だが、真央はその答えを認めたくなかった。出来ることなら消去してしまいたい。
 自分と兄の他に新たなウィザード・マスターが現れることで、自分たちを取り巻く環境が一気に急変してしまうような不安を覚えたのだ……。
 胸中に芽生えた深憂を封じ込めるように、真央はシルクを抱き締める手に力を加えた――


     「8.魔法の国」へ続く


 
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2010.09.04 / Top↑
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