ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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8.魔法の国


 長い金髪が視界の半分以上を占めている。
 レインがページを捲る度に微かに揺れる金糸が煌めき、とても綺麗だった。
 真摯な顔つきで読書に耽るレインを見遣り、真央は口元に苦笑を刻んだ。
 真央自身はベッドに寝転がりファッション誌を眺めていたのだが、あまりにもレインが書物に集中しているのでそちらの方が気になってしまったのである。
 身を起こし、ベッドの端に腰かけているレインの隣に移動する。 
 だが、レインは無反応だ。
「ねえ、レイン――」
 真央は脇からレインの端整な顔を覗き込んだ。
「どうしました、真央?」
 レインのアクアブルーの瞳が、読書妨害を行っている真央にチラと向けられる。素っ気なく応じた後、彼はすかさず本の位置をずらして再び読書態勢に入った。
 図書館から借りてきた本にすっかり心を奪われている魔法使いを再認識し、真央は唇を尖らせた。こちらが話しかけているのに、それを無視して本の世界に戻るとは非常識だ。
「――レインッ!」
 真央は不満たっぷりにレインの名を呼び、彼の顔を両手で挟んで自分の方へ向かせた。
「ちょっとは人の話を聞きなさいよっ!」
 真央が大声で注意した途端、レインの身体がビクッと震えた。
 冴え冴えとしたブルーの双眸が改めて真央に向けられる。ようやく本の世界からうつつへと意識が戻って来たらしい。
「真央、女の子がそんなに大きな声を出すものではありませんよ。特に今は、下でシルクが休んでいるのですから」
 レインがやんわりと真央を窘める。口調は穏やかでも内容はしっかりと真央の行為を非難していた。
「あっ……うん、ごめんなさい」
 レインに指摘され、真央は素直に謝罪した。
 レインの言う通りだ。無闇に声を張り上げたり、騒々しくしてはいけない。彼の私室の真下には森理の寝室があるのだから。
 今現在、そこでは部屋の主が付き添いの下、シルクが眠っている。ただし『眠っている』というよりも『寝込んでうなされている』に近い状態だ。
 買い物を終えて家に辿り着くなり、シルクは高熱を出して倒れてしまったのだ。
 原因不明の怪熱だ。もしかしたら藤川琉に遭遇したこと自体が精神的負担になり、心身共に異常を来してしまったのかもしれない……。
 唐突に昏倒したシルクを慌てふためきながらもリビングのソファに寝かせていると、幸いにも兄の森理が帰ってきてくれたのである。
 兄の手には『東洋魔術とイタリア料理の接点』という胡散臭い書物が握られていた。だが、流石の兄もシルクの衰弱した姿を目の当たりにするなりトンデモ本をアッサリと手放し、ソファに駆け寄った。青白い顔をした己の魔法使いを眺めると、森理はひどく不機嫌な声音で『何があった?』と真央を鋭く問い詰めてきたのだ。
 兄に真摯に訊ねられ、真央は重い口を開くと望月公園での出来事を包み隠さず打ち明けた。
 琉のシルクに対する振る舞いを聞くなり、森理の表情はますますしかめられていったのだ。真央と同じく、シルクが精神的ショックを受けたのは藤川琉が原因だと推察したのだろう。
 大切な魔法使いを虐げられたおかけで、森理の機嫌は頗る悪い。
 夕食の支度を真央に任せたきり、シルクを連れて寝室に引き籠もってしまったのである。

「真央、あなたも少し自分の部屋で休んだ方がいいんじゃありませんか?」
 レインがフッと目を細め、本をベッドの上に置く。
 彼の長い指が頬に伸ばされたので、真央は思わずドキッとしてしまった。
「あたし――邪魔?」
 高鳴る胸の鼓動を悟られたくなくて、真央はわざと意地悪な訊き方してしまった。
 自分でもこの可愛くない性格を改善しなければ――とは時折思うのだが、中々うまくいかない。殊に好きな相手の前だと、どうしても気持ちとは裏腹な行動をとってしまいがちだ……。
「そうじゃありませんよ、真央」
 レインが柔らかな口調で述べ、気遣わしげに真央の頬を指で撫でる。
「あなたも顔色が悪い。シルクのことを気に病むのは仕方のないことですけれど――真央まで倒れてしまったら森理が悲しみますよ。もちろん私もです」
 レインの曇りのない眼差しがじっと真央を見つめる。思わず見惚れ、吸い込まれてしまうような神秘的な輝きを放っている。
 その明澄な双眼を見ているだけで、体内に蓄積されていた疲労が癒される気がした。
 夕方、藤川琉に出逢ったことで真央も常より疲れていた。シルク同様、琉と相対していた時の不快感や緊張がジワジワと身体を蝕んでいるのだ。身の裡に澱んだ水が流れているようで、身体が重いし怠い。
 レインの気遣いは有り難いし、正直彼に心配してもらえるのは嬉しいが、真央にはどうしても彼に訊きたいことがあるのだ。それを確認するまでは、どんなに疲れていても気になって眠りに就けないだろう。
「あたしは大丈夫。シルクより遙かに神経が図太いし、体力だってあるもん! あのね――訊きたいことがあるんだけど、レイン」
「何ですか? 真央が改まってそんなことを言うなんて珍しいですね」
 真央の頬から手を離し、レインが不思議そうに小首を傾げる。
「うん、今更なんだけど――レインたちみたいに人間界に流れ着く魔法使いがいるのは、どうして?」
 レインにも森理にも説明されたことがあるので大まかな理由は知っているが、真央は確認の意味を込めて問いかけてみた。
「人間界と同じように地震や洪水などの天災があるからですよ」
 真央が答えを知っているのを承知の上で、レインは柔らかな口調で応じてくれる。基本的に真央に対しては懇切丁寧で優しい魔法使いなのだ。
「運悪く洪水に巻き込まれてしまった者はここへ漂着しますし、地震で裂けた大地の割れ目に呑み込まれた者はここへ落下してきます。天災によって次元が捻れ、人間界へと繋がる道が開くんでしょうね、きっと……」
 ふと、レインが遠くへ視線を流す。もしかしたら生まれ故郷である《魔法の国》を思い出しているのかもしれない。
 真央にとっては未知の世界である《魔法の国》――そこにレインは想いを馳せ、懐かしんでいるのだろう。

「……レインは、帰りたいと思ったことはないの?」
 真央は深呼吸を一つすると恐る恐る質問を繰り出した。触れてはいけない事柄を口にしているような気がしたからだ。
 たが、真央の懸念を払拭するようにレインはにこやかに微笑んでくれる。
「《魔法の国》に――ですか? それは当然ありますよ。生まれ育った国ですからね」
「じゃあ……どうして帰らないの?」
「――――!?」
 レインが不意を衝かれたように息を呑み、一瞬動きを止める。
 ブルーの瞳がゆるりと真央に戻された。
「……人間界と《魔法の国》では、時が流れる速度が違うらしいのです。ですから、今、私が戻ったとしても、あちらではかなり――それこそ百年近く時代が進んでいると思います」
「浦島太郎状態――ってこと?」
 真央は軽く眉根を寄せた。
 存在する次元が違うのだから、当然時間の経過も異なるのだろう。
「おそらくは……。私たち《魔法の国》の住人は何百年何千年と生きるので、百年くらい未来へ進んでいたとしても、多少違和感を覚えるだけなのかもしれませんが――」
 レインの端麗な顔が淋しげに翳る。
「そもそも――帰る方法がないのですよ」
 消沈した声音でレインが告白する。
 しかし、歯切れの悪い言葉には虚偽の影が見え隠れしていた。
 レインが真央に対して隠し事をするなんて滅多にないことだ。
「本当に?」
 思わずきつい眼差しで彼を見据え、問い詰めてしまう。
「真央こそ、どうして唐突にそんなことを訊くのですか?」
 レインの哀しげな眼差しが真央を見返してくる。
 レインがこんなに辛そうな表情を見せるなんて思ってもみなかったので、真央はハッとした。同時に胸がチクリと小さな痛みを発する。レインを傷つけたいわけじゃない……。
「ごめんなさい。レインを責めてるわけじゃないの。あたしは、ただ――帰りたいと思い、もしも帰る方法があったとしたら、どうして帰らないのかな? って、ちょっと不思議に思っただけだから」
「方法は……ないのです。いえ――ないに等しいのです」
 レインが静かに口を開く。そこにはまだ躊躇いが滲んでいた。
 方策はある。しかし、それは真央には教えたくない行為であるらしい……。
「やっぱり帰る手段はあるのね」
 真央は独り言のように呟きながら一つ頷いた。
 夕方、公園で出会した藤川琉の謎の言動も多少なりとも理解できた。《魔法の国》へ帰る術は存在しているのだ。だからこそ彼はシルクに対して『《魔法の国》へ行こう』と唆した。
 琉は、帰る方法を識っているのだ。
「あります。ですが……私やシルクにはないも同然――」
「……方法はあるのに?」
「ええ……。私やシルクには絶対に《それ》が出来ないからですよ。こちら側から《魔法の国》へと続く次元路を開く方法――それを行うくらいなら、生涯《魔法の国》へ帰らなくても平気です。シルクも私と同じ気持ちのはずです。だから、彼は琉という少年に『《魔法の国》へ行こう』と誘われて、激しく動揺したのですよ。可哀想に、あんなに怯えて……」
 レインが痛ましげに双眸を細める。
 シルクの涙に濡れた苦しげな表情を思い出してしまい、真央は眉間に皺を寄せた。
 あんなに愛らしい少年を虐める琉の神経が信じられない。レインが言うように、《魔法の国》へ帰る手段が酷なものならば、琉の言葉はきっと鋭い刃となってシルクの心臓に突き刺さったに違いない……。
「真央、お願いですから、これ以上のことは訊かないで下さい。シルクのためにも私のためにも――」
 レインの切実な瞳が真央にひたと据えられる。
 レインもシルクも《魔法の国》へ戻ることなど微塵も考えてはいないのだろう。それだけに、マスターである真央には触れてほしくない話題なのかもしれない。
「――解ったわ、レイン。あたしだって、レインが嫌がることなんてしたくないもの。帰る方法があると解っただけで、満足よ」
 真央は努めて明るい笑顔でレインを見つめた。
「では、この話はこれまでにしましょう」
「そうね。ところで――ソレ、何の本なの?」
 真央は先ほどまでの陰鬱な思考を一掃させ、素早く話題を転換させた。レインがベッドに置いた書物へチラと視線を走らせる。あまりにもレインが熱中していたので、実は中身が気になって仕方がなかったのだ。
「ああ、コレですか。今日、図書館で借りてきたんですよ。面白いので、真央も読みませんか?」
 心なしかレインの声が弾む。
 キラリ、と瞳が楽しげに輝いたのは、真央の気のせいではないはずだ。
「えっ、あたし? ううん、あたしはいいわよ! 遠慮しておく!」
 何故だか嫌な予感がして、真央は慌てて手を振った。
「まあ、そんなこと言わずに。物凄く楽しいですよ、この本――」
 嫌がる真央の眼前に、レインがスッと書物を差し出す。
 反射的にタイトルに視線を走らせてしまった直後、真央は深い後悔を感じた。
 ――やっぱり、予感的中……。
 森理といいレインといい、一体どういう感性の持ち主なのだろうか?
 実の妹であろうと唯一のマスターであろうと、理解できないものはできない。不可解すぎる。
 繊細なレインの指が支える深緑色の書物。
『東洋魔術とイタリア料理の接点』
 タイトルにはしっかりとそう刻印されていた。
 ――そんなもん、あるワケないでしょっっっっっ!!
 急激に眩暈を感じた……。


     「9.モテ期到来!?」へ続く


折り返し地点です。不定期更新にも拘わらず足をお運び下さり、ありがとうございます♪
 
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2010.09.11 / Top↑
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