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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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11.純情な愛情と過剰な友情



 陽だまりのような心地好い香りと共にフワリと頬に長い髪が触れる。
「レインッ!」
 真央は喜びの声をあげた。
 目を開けなくても誰だか判る――レインだ。
 マスターである真央の切羽詰まった叫びを感知して、即座に助けに来てくれたのだ。
 嬉しさに瞼を跳ね上げると、見慣れた金髪が輝いていた。それを目にすると、改めて胸の奥から安堵が滲み出てくる。
「大丈夫ですか、真央?」
 レインが腕を緩め、心配そうに真央の顔を覗き込んでくる。宝石のようなブルーの瞳は真摯な光を湛えていた。
 物凄く近い位置にレインの顔がある――
「だっ、大丈夫よっ!」
 急激にレインに抱き締められている事実を意識してしまい、真央は顔を真っ赤に染めながら慌てて彼から離れた。羞恥と驚喜に脳天までカッと血が上る。
 自分はやっぱりレインのことが好きで好きでしょうがないのだ、と非常事態にも拘わらず再認識してしまう。
 レインに見つめられ、触れられ、言葉を交わす――それだけで胸の鼓動が高鳴る。
 レインと出逢った時から芽生えた恋心は、日を重ねるごとに肥大していた。
「本当ですか? 顔が赤いですよ。もしかして発熱しているんじゃないですか?」
 真央の心情など全く察していないらしく、レインが再度真顔で問いかけてくる。
 レインが特別鈍いのか、それとも魔法使いそのものがあまり恋愛感情に敏感ではないのか――とにかくレインは真央が拍子抜けしてしまうくらい乙女心の機微に疎かった……。
 純真ゆえにどこかズレているレインだが、そこにも魅力を感じ、惚れてしまったのは真央なのだから仕方ない。
 今の発言も真央の身を案じているからこそ出た言葉なので、反論したり怒るわけにもいかない。
「……大丈夫よ」
 真央はもう一度同じ台詞を繰り返すと、レインの向こう側にいる楠葉へと視線を馳せた。
 楠葉が魔法攻撃を仕掛けてこなかったことが気に懸かったのだ。本来ならば、凄まじい魔法力に灼かれ、真央の身体はとっくに消滅していたはずだ……。

 楠葉は、悠然と佇んでいた。
 魔法エネルギーを凝縮させた球は、相変わらず彼の右手に留まっている。
 楠葉の顔には、レインの出現を面白がっているような微笑が浮かんでいた。
 魔法使いの世界もレインやシルクのような善人ばかりで構成されているわけではないらしい。楠葉の好戦的な態度は、明らかにレインたちとは異なっていた。
「そういえば、あんたもウィザード・マスターなんだもんな。魔法使いが出てくるのは当たり前か」
 楠葉の好奇心に満ちたトパーズの瞳がレインに向けられる。
 彼の声に嘲るようなトーンを感じて、真央はキッと楠葉を睨めつけた。そんな真央を宥めるようにレインがそっと腕を掴む。
「《時止めの魔法》を使うなんて――」
 レインが真央を護るように一歩前に出る。楠葉に向けられた言葉には驚きが含まれていた。
「これは、自然の摂理に反して時間の流れを止める高度な魔法です」
「それをいとも容易く破って、侵入してきたあんたも凄いけどね」
 楠葉が楽しげに口の端をつり上げる。
 彼の言葉を聞いて、真央はハッと我に返り、周囲を見回した。
 いつの間にか、時が動き出していた。
 屋上では生徒たちがお弁当を食べながら楽しげに談笑している。
 だが、生徒たちの誰もがこちらの異変には全く気がついていないようだった。
「向かう側からは視えないんですよ、真央。ここはまだ現実から隔離された世界です。一般の方を巻き添えには出来ませんからね」
 真央の疑問に応えるようにレインが静かに告げる。
「へえ、《時止めの魔法》は解除したけど、オレが人間界から切り取った空間はそのままにしてあるんだ? ――器用だね、あんた」
 楠葉の顔に浮かんだ笑みが更に深まる。唇は笑みを象っているのに、トパーズの双眸は少しも笑ってはいなかった。強い警戒心を示すように、鋭い眼光を宿らせている。
「その――物騒なものは早く消して下さいね」
 レインの視線が楠葉の右手に流される。
 太陽の光で紡がれたかのような黄金色の髪が、風もないのに緩やかに宙を舞う。深い海を思わせる双眸が、冷ややかな輝きを閃かせた。
 レインの全身が凍てついたベールで覆われ始めている。
 彼の背に身を隠している真央にも、目に視えない神秘の力の波動が伝わってきた。
「それはムリだな。オレは、そこのマスターを抹殺しなければならないんでね!」
 楠葉が挑戦的な台詞を吐く。
 彼の感情に連動したように、右手の光球が倍に膨れ上がる。
 楠葉はそれをレインに向かって容赦なく放った。
「どうして、真央を狙うのです!?」
 レインが真央を片腕に抱き、素早くその場から飛び退く。
 標的を失った光の塊は、楠葉が張った結界の視えない壁に衝突して四散した。
 エネルギーの拡散に伴い、ゴゴゴゴゴゴ……という地響きのような音が鳴り、激しい振動が異空間を揺さぶる。
 あんなに高濃度な魔法エネルギーをまともに喰らえば、人間の肉体など砂のようにサラサラと原子レベルにまで分解されてしまいそうだ。
 弾け飛んだ光を目の当たりにして、真央はゴクンと大きく唾を呑み込んだ。戦慄が臓腑の随所から迫り上がってくる。真央が無事なのは、レインが魔法で防御壁を創り出してくれているからに他ならない……。
「次は――外さない」
 レインの質問に応じる気は毛頭ないらしく、楠葉が第二波を放出しようと掌に魔法力を集中し始める。
「まったく……!」
 レインの舌打ちが真央の耳を掠める。
 驚いて、真央はレインの顔をまじまじと見上げた。レインは鋭利で怜悧な表情で楠葉を見据えている。強い怒りが彼の全身から醸し出されていた。
 普段は柔和で温厚なレインがこんなに険しい顔をするのを初めて見た。
 本気で楠葉に対して憤りを覚えているらしい……。
「出来れば、闘いたくなかったのですが――」
 レインが独り言ちながら真央を片手で抱き寄せ、宙に身を浮かせる。
 次いで彼は、片手を自分の額に添えた。
 形の良い唇が真央には解らぬ言語を短く唱え、額に当てていた掌をゆっくりと離す。
 すると、驚くべきことに額から限りなく透明に近い青銀の刃物が出てきたのだ。それは、紛れもなくレインの体内から生み出されていた。
 刃そのものが宝石のような剣だった。
 完全に刀剣が姿を現すと、レインは少しの間、宙に浮いているそれを眺めていた。久し振りに魔法力を解放しているせいなのか、放心状態に近い虚ろな眼差しだ。
「――レイン?」
 常とは異なる雰囲気を見に纏ったレインを見て、真央は少し不安になった。
 真央の声に現実に立ち返ったのか、レインの身体が小さく震える。
「闘いたくないなら――さっさと消えろよ」
 楠葉が二撃目を繰り出す。
 同時に、レインの手が銀細工の柄をひしと握り締めた。
 眩い金色の光が、真央の視界を奪う。
 急激に身体の浮上を感じて、嘔吐感が込み上げてくる。
 レインが楠葉の攻撃を回避するために、宙を蹴り、跳んだのだろう。
 気持ち悪さに必死に耐えるように真央はきつく目を瞑り、レインにしがみついた。
 フッと浮上感と疾走感が消失する。
 目を開けた時には既に視界は正常に戻り、真央はレインに抱かれたまま楠葉の真正面に移動していた。
 レインの剣が一片の躊躇もなく楠葉の右肩に振り下ろされる。
 華々しく血飛沫が舞った――


「うわぁぁぁっっっっ!!」
 焦燥も露わに叫び、楠葉が後ろに飛び退く。
 着地した瞬間、切断された右腕がポタリとコンクリートの床に落下した。
 地に転がる腕と肩口の切断面から夥しい量の血が流出する――
 真央は反射的にレインの胸に顔を埋めていた。
 楠葉の血に塗れた凄惨な姿を見ていたくなかったし、それを冷徹に実行したのがレインだということも考えたくなかった。
 楠葉がどんなに嫌な男でも、レインに他人を傷つけてほしくない。
 真央を助けるためにやったのだ――と、すんなり割り切ることが出来ればいいのだが……。感情というものは、そんなに単純な構造ではない。
 真央の複雑な心境を汲み取ったのか、抱き締めるレインの腕に力が加わった。
「真央を傷つけたら、これくらいでは済みませんよ」
 凜とした声でレインが楠葉に宣告する。
「――ちっ……! あんた、その額の三つ紋――くそっ、女王の近衛かよっ……!」
 楠葉の忌々しげな声が響く。
 その言葉に気を引かれ、真央は面を上げた。
 楠葉の指摘通り、レインの額にはルビー色の紋様が浮かび上がっている。
 小さな◆が三つ――三角形を形成するように並んでいる。
「王族の傍に遣えていたのは事実です。けれど今は、真央の魔法使いです」
「女王の近衛って……もしかして、レインって故郷では偉い人なの……?」
 真央は当然の疑問を呆けたように唇に乗せていた。
 楠葉の言う《女王》とは、《魔法の国》を統べる唯一無二の存在である女帝のことなのだろう。その女王の傍仕えだとしたら、レインもかなり高位の魔法使いということになる。
「偉いし、強いぜ」
 真央の質問に対して、レインではなく楠葉が自棄気味に応える。右肩の傷口を左手で押さえながら、彼はじっとレインを見つめていた。
「オレたちの額にある紋章は、そのままレベルを表す。五つ紋は、神聖なる女王陛下ただ一人。で、三つ紋の上は、四つ紋――つまり女王の一族しか残されていない。女王の一族ったって、それほど数がいるワケじゃないから、あんたの魔法使いは上から数えた方が早いほどスゲー奴ってコトになるな、葉月さん」
 揶揄混じりの楠葉の台詞に、レインの秀麗な顔が微かにしかめられる。
「もう昔の話です。――ですが、三つ紋の私と二つ紋のあなたでは力量は確かに異なります。それはあなたも重々承知のはずです。この場は大人しく引いて下さい」
 レインが諭すように口調で楠葉に語りかける。
 気づけば、楠葉の額にも紋様が鮮明に浮かび上がっていた。◆が二つ上下に並んでいる。レインより一つランクが下だということの明確な証だ。
「これ以上、真央に手出ししないと約束して下さい」
 レインは宙に浮いていた身体を地面に落ち着けた。
 そんなレインを楠葉は困惑気味に眺めている。彼が戦意を喪失したのは、迷いに揺らぐトパーズの輝きが示していた。
《魔法の国》における決まり事などの詳細は知らないが、真央にもレインとの力の差に楠葉が愕然としているのは察することが出来た。
「怖い思いをさせてしまって、すみません。――帰りましょう、真央」
「う、うん……でも、腕が――――」
 レインに対して頷きながらも、真央は斬り落とされた楠葉の腕から目が離せなかった。
 魔法使いとて人間と同じく痛みはあるだろうし、負傷した楠葉をこのまま放っておくのは妙に気が咎めたのだ。
「心配には及びません。彼ならすぐに自分で元通りに治せますよ」
 杞憂を晴らすように告げ、レインが真央の腕を引く。
 楠葉の創り出した異空間を破砕するために、レインの手が目に視えない壁に添えられる。
 刹那、結界内に凍てついた風が吹き、背後に楠葉以外の者の気配が生じた。
 背筋に得体の知れないおぞけを感じて、真央は慌てて楠葉の方へ向き直る。
 黒き麗人がいた。
 冷たい微笑みを整いすぎた顔に刻み、静かにこちらを見つめている。
 真冬の夜のような冷気を纏った少年。
 彼は、大量出血で青ざめた楠葉の顔にチラリと視線を向け、場違いのようにひどく軽やかな調子で言葉を唇に乗せた。
「おや、楠葉――腕が取れてるよ」
 少年の手がコンクリートに放置されている腕を悠然と拾い上げる。
 斬り落とされた楠葉の手に愛しげに口づけると、彼は妖冶な笑みを美顔に広げた。



     「12.ブラックプリンス」へ続く



 
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2010.10.02 / Top↑
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