ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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12.ブラックプリンス


 奇妙で陰鬱な沈黙がしばし訪れる。
 突如として現れた少年に対して、真央とレインは戸惑っていた。
 何故だか、楠葉でさえも彼を前にしてどう対処してよいものか決めあぐねている感じなのだ。
 真央は、突然の闖入者に猜疑と困惑の相俟った眼差しを注いだ。
 彼――藤川琉が、どうしてここに侵入することが出来たのか全く解せない。
 彼が自力で楠葉の結界を通り抜けたきたのならば、『藤川琉=ウィザード・マスター』という推論が呆気なく崩れてしまう。
 魔法使いのマスターであろうとも、真央のような普通の人間だ。
 もしかすると琉も森理と同じような特殊能力者なのかもしれない……。
「……好きで取ったわけじゃない」
 重苦しい静寂に耐えかねたのか、琉に見つめられている楠葉が口を開く。彼は憮然とした面持ちで琉を見返した。
「へえ……まあ、いいや。僕がつけてあげるよ。おまえは僕の大事な魔法使いだからね」
 琉が『魔法使い』という箇所を強調して告げ、クスクスと笑う。真央たちに対して、自分が楠葉のマスターであることを隠す気は更々ないらしい。
 琉は血塗れの腕を持って楠葉に接近すると、未だ血を垂れ流している肩の切断面にピタリとそれを押し当てた。
 ぬけるように白い琉の手がしなやかに動き、傷口の合わせ目をなぞる。
 すると、不思議なことに切り離されていた楠葉の腕は瞬く間に元通りに戻ったのである。
「――なん……で……? 今、楠葉くんじゃなくて……藤川がやったのよね?」
 真央は恟然と目を見開いた。無意識に喉の奥から掠れた声が洩れる。
 魔法使いであるのは楠葉尊のはずだ。
 なのに、今、楠葉の腕を復元させたのは藤川琉の仕業のように見えた――
 驚く真央の視界では、楠葉が綺麗に結合された腕をしきりに動かしていた。感覚を確かめるように、何度も何度も指を閉じたり開いたりしている。その動きは滑らかで、とても数秒前まで離れ離れになっていたとは思えなかった。
「不覚だね、楠葉。でも、僕も葉月さんの魔法使いは、てっきりあの可愛い子だと思い込んでいたしね――」
 琉がこちらを振り返る。相変わらず掴み所のない微笑を湛えていた。
 琉の視線が真央を擦り抜けてレインの顔の上で止まる。
「まさか、君だとは思ってもいなかったよ、レイン」
 美貌を彩る笑みが深まる。琉はレインの存在を確認して、何かしらの喜びを感じたらしい……。
「――――!?」
 琉の黒曜石の瞳を見返し、レインが微かに息を呑む。
「王子……」
 掠れた呟きがレインの唇から零れ落ちた。
「え、おうじ? ……何? 藤川のこと知ってるの、レイン?」
 状況が把握できずに、真央は忙しなくレインと琉に交互に見比べた。
 先日、琉の名を耳にした時、レインは心当たりがあるような感じで首を捻っていた。
 琉の台詞から察するに、やはりレインと琉は過去に接点があったのだろう。
 だが、真央の疑問に対してレインは苦渋に満ちた表情で無言を保っている。
 琉の方はレインから真央に視点を移したものの、端から質問には答える気はないらしい。
「こんにちわ、葉月さん」
 軽やかな身のこなしで歩み寄ってくると、にこやかに微笑むのだ。
「ず、狡いわ……」
 琉と視線が合致した瞬間、真央は眉根を寄せた。
 楠葉の腕を治した力は、紛れもなく魔法だ。
 魔法が扱える上にレインの知己であるということは、つまり――藤川琉は元々こちらの世界の住人ではないということになる。
 そうだとすれば、琉の正体は一つに絞られる――
「どうして?」
 真央の言動を愉しむように、琉が微笑を湛えたままわざとらしく小首を傾げる。
「だって、狡いじゃない! 何で、魔法使いがウィザード・マスターなのよ!? そんなこと、あっていいの?」
 真央は琉を睨み、不満をぶちまけた。
 様々な状況から判断して『藤川琉は魔法使い』という結論に達したのだ。
「時と場合によっては――有り得るんだよ、葉月さん」
 琉が軽やかな口調で述べる。
 どことなく真央を嘲るような調子に聞こえたのは、気のせいではないだろう。琉は、ウィザード・マスターでありながら今まで他の魔法使いの存在に毛ほども気づかなかった真央のことを軽視しているに違いない。
「確かに僕は楠葉のマスターだけど、同時に魔法使いでもあるんだよ」
 琉が平然と秘密を明かす。
 やはり危惧した通り、琉自身も魔法使いだったのだ。
 彼の人間離れした美貌やシルクに対する言動など――思い当たる節はあったのだ。だが、楠葉が琉の魔法使いであると判明した時点で、その可能性は無意識のうちに切り捨てていた。
 魔法使いのマスターに成り得るのは、人間だけだと思い込んでいたから……。
 しかし、琉は魔法使いであり、尚かつ楠葉のマスターだというのだ。
 真央にとってその事実は不意打ちと詐欺以外の何ものでもなかった。
「卑怯だわ!」
「心外だね。全部――真実だよ。ねえ、レイン、君なら解るだろう? 三つ紋の近衛くん。まさか僕を忘れたわけじゃないよね?」
 琉の意味深な視線がレインを射る。
「王子……あなたは、確か五百年以上も前に……私たちの世界から奪われたと聞きました――」
 レインの口から呻くような声が洩れる。
「え? だから、『おうじ』って何よっ!?」
 真央はもどかしげにレインを振り仰いだ。
 レインと琉の間で真央には理解出来ないやり取りが行われていることが嫌だし、不安だったのだ。
 だが、レインは青ざめた顔で琉を凝視しているだけだ。
「へえ、あっちでは五百年も経ったんだ? この世界に僕が堕ちてきてから、まだ五年弱しか経っていないのにね」
 琉が自嘲めいた微笑を閃かせ、長めの前髪をサッと片手で掻き上げる。
「――――!?」
 琉の額を目の当たりにして、真央は大きな衝撃を受けた。
 真っ白な肌にレインや楠葉と同じ◆の紋様が鮮やかに浮かび上がったのだ。
 それは、この中の誰よりも多い紋様だった。
 四つの◆が更に菱形を形成している。
 四つ紋は女王の一族のみ――
 先ほど楠葉がそう解説してくれたばかりだ。
「ええっ! 嘘でしょ! 『おうじ』って――王子様のことなのっっっ!?」
 真央は驚愕のあまりに張り裂けんばかりに目を見開いた。
 四つ紋――王族の証。
「女王陛下には四人の王子がいます。ですが、哀しいことに、第二王子は五百年ほど前に起こった天変地異の際に《魔法の国》から奪われてしまったのです」
 レインの蒼き双眸が切なさと郷愁に揺らめく。
 当時のことを思い返しているのか、レインは哀しげに瞼を伏せた。
「彼は、美しい漆黒の髪と黒曜石の如き瞳から――ブラックプリンスと呼ばれていました」
 再び瞼を上げたレインの視線が、ひたと琉に注がれる。
 その瞬間、流の端麗な顔を冷ややかな笑みが彩った。



     「13.傷心王子と憂える近衛」へ続く


 
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2010.10.09 / Top↑
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