FC2ブログ

ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
13.傷心王子と憂える近衛


《魔法の国》の第二王子。
 藤川琉の正体は魔法使い――
 真央は茫然と琉を眺めていた。
 頭ではレインの説明を理解したつもりだが、心がそれを拒絶していた。
 レインやシルクの故郷である《魔法の国》の王族がこんな変わり者だとは、何故だかとても認めたくなかった。もしかしたら《魔法の国》や女王に対して、無意識に華美で煌びやでファンタジックなイメージを勝手に抱いていたせいかもしれない……。
 童話や漫画やファンタジー映画を元に思い描いた『王子様』と、リアルに存在する藤川琉とが等式で結びつかなかったのだ。
 琉は麗容の持ち主ではあるが、闇のような髪と瞳と不可解な微笑が真央の裡に不吉な印象を植えつける。《魔法の国》という華やかな世界とは無縁のような翳りが、琉の全身から滲み出ているように感じられるのだ。
「王子、何故あなたが――」
 レインがひたと琉を見つめる。
 かつて遣えていた王子の変異を悲しんでいるのか、彼の蒼き瞳は憂いに満ちていた。
「僕には――僕の事情がある。レインには悪いけれど、葉月さんは貰っていくよ」
 不意に琉がレインから視線を逸らし、真央の腕を掴んで乱暴に引き寄せる。
 真央が驚く間もないほど迅速に、琉は真央の首にぶら下がっていた銀の鎖を引き千切ったのだ。
 琉の手にレインの《生命玉》が握られる。
 真央は恐怖に強張った顔でそれを凝視していた。
 最も奪われてはならない大切なものを一番嫌な相手に獲られてしまった――

「真央っ!」
 真央を助けようとレインが地を蹴る。
 だが、彼の身体は一歩踏み出したところでピタリで動きを止めてしまったのである。
「動けないよ、レイン。僕が魔法をかけたからね」
 後ろに控えている楠葉に真央の身柄を渡すと、琉はレインに向き直り双眸をスッと細めた。
 琉が《生命玉》を乗せた掌を差し出す。わざとレインに見せつけているのだ。
 掌の上で《生命玉》が揺れると、レインの端整な顔が苦痛に歪んだ。
 レインの心臓に値する《生命玉》――琉はそれを通じてレインに術を施しているのだろう。
「――あっ……つっ……」
 レインの唇が苦悶の呻きが洩れる。
 宝玉のような瞳は、何かを訴えるように琉を見つめ続けていた。
「レインに酷いことしないでっ! あんたの狙いは、あたしなんでしょ!?」
 真央は必死の形相で琉に向かって叫んだ。何とかしてレインの《生命玉》を取り戻さなければならない。レインが傷つく姿も苦しむ姿も目にしたくはなかった。
 焦る気持ちと連動して無意識に身体が前を出るが、後ろから真央を羽交い締めにしている楠葉がそれを許してはくれなかった。
「確かに欲しいのは葉月さんだけど、そのための最大の難関は――レインだからね」
 琉が嘲るような口調で告げ、双眸に冷たい光を灯す。
 真央を見遣る眼差しには仄暗い殺意が宿っていた。
 それを察したレインが、儘ならない唇から再び呻き発する。
「何か喋りたそうだね、レイン。特別に口だけは自由にしてあげるよ」
 琉がパチンと指を鳴らす。
「王子――」
 レインの唇が自由を取り戻し、呻きはちゃんとした言葉へと変化した。
「どうして、真央を狙うのですか?」
「別に葉月さんだから狙うわけじゃない。たまたま一番近くにいたのが葉月さんだっただけだよ」
 琉が飄々と答える。
「真央が魔法使いのマスターだから――ですか?」
「そうだよ。復讐を成し遂げるためには、葉月さんが必要なんだよ。僕は……《魔法の国》の奴らに報復しなければならないのだから」
 静かな物言いとは裏腹に、黒曜石の瞳の奥には憤怒と怨嗟の念が渦巻いていた。
 それは、藤川琉が初めて他人に晒す、嘘偽りのない感情の発露だった――
「何故……? 私の知るあなたは高潔で清廉な麗しい王子でした。その昔、あなたが洪水に巻き込まれて姿を消した時には、国中が悲嘆に暮れ、誰もがあなたを偲んで涙しました。あなたは皆に愛される王子でした。なのに……どうして? こちらの世界で、一体何があなたの身に起こったのです?」
 レインが痛ましげに琉を見つめる。
 こちらの世界では五年――だが、《魔法の国》では五百年という永き時が流れている。
 記憶を遡ったレインは、時の長さと敬愛する王子の変貌ぶりに愕然とし、同時に激しく胸を痛めているのだろう。

「ちょっと――藤川が王子ってホントなの? 何だか、レインが語る第二王子像がちっとも藤川に繋がらないんだけど!」
 真央は、楠葉に拘束されながらも疑問に感じたことを率直に言葉に表していた。
 直後、楠葉が愉快そうに笑い声を立てる。
「琉は、歴とした《魔法の国》の第二王子だよ。王族だって天災からは逃れられない。まあ、琉は薄幸の王子――って感じかな? 運悪くこっちの世界に流されてきたんだよ」
「でも、魔法使いが魔法使いのマスターって、変じゃない!」
 更に真央が食ってかかると、楠葉は真央を捕らえたまま肩を聳やかしたようだった。
「何にも変じゃないさ。この世界で魔法使いが『マスター』と呼べるのは、《生命玉》を拾った人間と――こっちに漂着した王族だけだ」
「えっ、そうなのっ!?」
 真央は驚きに目を見開き、確認するように視線をレインへと流した。真央の視線を受けて、琉の魔法に戒められているレインが微かに顎を引く――肯定の意だ。
 王族も魔法使いのマスターに成り得るとは初耳だった。
 偉大なる女王の一族には、人間界で形成される魔法使い社会においても特権が認められている――ということなのだろう。
「オレは、人間じゃなくて琉に拾われた。だから、オレは琉の魔法使いなのさ」
 愕然としている真央を面白がっているのか、楠葉がやけに明るい口調で告げる。
「そういうことなんだよ、葉月さん。僕は――復讐のために《魔法の国》へ帰らなければならない。君を殺せば、道は開かれるんだ。運命だと思って殺されてよ? 不運な十人目のウィザード・マスターさん」
 琉の涼やかな微笑が真央に向けられる。闇のような瞳には鋭利な光が灯っていた。彼は揺るぎない信念を抱き、それを実行に移しているのだろう。琉の眼光には、悲愴な決意のようなものが織り交ぜられていた。
「ふざけないでよ……! 道が開く――って、どういうこと?」
 真央は眉をひそめ、琉を見据えた。
 運命だろうが何だろうが、殺されるなんて絶対に享受できない。
「普段は、この世界と《魔法の国》とを繋ぐ次元路を閉ざされているんだよ。基本的には、天変地異が起こらない限り開くことはない」
「基本的には――ね。けど、女王とその一族だけは、あっち側からも扉を開けることができるのさ」
 琉の言葉を補うように楠葉が告げる。羽交い締めにされている真央からは楠葉の表情を窺うとは出来ないが、彼の声音には琉に対する非難のようなものが微かに含まれているような気がした。
 もしかしたら、真央とレインよりも遙かに複雑で厄介な主従関係なのかもしれない……。
 琉の視線がフッと真央の背後へ流される。楠葉を見つめる双眸が痛ましげに細められた。
「開けられるだけだよ。仮に開けてこっちに来たとしても、結局、向こうにいる一族の誰かに扉を開いてもらわなければ、帰るに帰れない」
「じゃ、兄弟でも親戚でも誰でもいいから向こうから開けてもらって、さっさと帰ればいいじゃない! あたしを巻き込まなくても済む話でしょ!」
「僕は――帰れない」
 真央が楠葉の腕の中で藻掻きながら怒鳴ると、琉は即座に硬質な声で断言した。
「僕は、兄上に嫌われているからね……。兄上の逆鱗に触れてまで僕に手を貸そうって親族は皆無だろうね。だから、自力で扉をこじ開けるしか術はない。つまり、やっぱり君の生命が必要だってことだね、葉月さん」
 独り言のように言葉を紡いだ後、琉が再び美貌に微笑を広げる。
「どっ、どうして、あたしの生命が必要なのか、全っ然理解できないんだけどっ!」
 話がまたしても恐ろしい方向へ戻ったので、真央はギョッとして目を剥いた。
「真央、以前《魔法の国》に帰る方法はある――って言いましたよね?」
 レインが青ざめた顔で真央に語りかけてくる。
「こちらから次元路を開く方法――それは、自分のマスターを殺めるか、他の魔法使いのマスターを十人殺す、ということです」
「ええっ、そんなの酷いわ……! そんな馬鹿な掟――女王は認めてるってことっ!?」
 レインが明かした《魔法の国》の掟に、真央は大きな不快感を覚えた。
 数日前『私やシルクにはないも同然』と言っていたレイン。
 今なら彼の心情がよく解る。
 自分のマスターや他のマスター十人の生命を奪ってまで、彼らも故郷へ帰りたくはないのだろう……。
「認めていることになりますね。ですが、そもそも誰も実行しないことを前提に制定された掟だったと思うのです……。人間界に漂着したからには、その魔法使いは人間界にとって何かしら必要な存在なのだろう――というのが女王の持論です。こちらへ流れ着いた魔法使いが戻るのを潔しとせず、敢えて帰って来られないような条件にしたのだと……」
「けど――藤川は、今までの魔法使いたちとは違ったってコトね?」
 真央は険しい表情で琉を睨めつけた。
 女王の意向を知りながら、その息子である琉が初めて禁断の術を実践しようとしているのだ。
 そんな血生臭い手段を設定した女王の決断もいただけないが、それを完遂しようとしている藤川琉の神経も信じられなかった。
《魔法の国》という響きとイメージは綺麗だが、実情は人間世界とそう大差はないのかもしれない……。
「そうだね。……生憎、僕は自分のマスターを喪ってしまっている。だから、他のマスターの生命を奪うしかなかったんだ」
「それほど復讐が大切なのですか、王子?」
 淡々と言葉を紡ぐ琉に対して、レインが哀しげに問いかける。
 琉を見つめる眼差しには、かつて遣えていた主への愛情と哀憐が混在していた。
「僕にとっては大切さ。君に僕の気持ちなんて解らないだろうけどね」
 琉が僅か一瞬レインから視線を逸らす。
 だが、彼はすぐに心を切り替えたらしく、再度レインへ凍てついた瞳を向けた。
「さあ、お喋りは終わりだよ、レイン。葉月さんが死ぬのは見たくないだろ? 君から先に殺してあげるよ」
 琉の端麗な顔から一切の感情が消え失せる。
 レインの《生命玉》を持つ手からフッと力が抜けた。
 弛緩した指の隙間から美しい玉が転がり落ちる。

 煌めくアクアブルーの玉がコンクリートに接触した――

 小さな宝玉に亀裂が走る。
 真央の目には、レインの《生命玉》が落下する様がスローモーションのように映っていた。
「――あっ……!」
 レインの唇から小さな叫びが洩れる。
 次いで、雷にでも撃たれたかのように全身が大きく震え――崩れ落ちた。
 倒れ込むレインより僅かに遅れて長い金髪がフワリと宙を舞う。
《生命玉》は魔法使いの心臓。
 玉にひびが入れば、それはそのままレインの肉体に跳ね返ってくる。
 不可思議な能力を自由自在に操る魔法使いは、強い。
 だが、壊れやすい《生命玉》を心臓とする彼らは、同時に脆くもあった……。
「……レイン? ――レインッッッッッッッ!!」
 腹の底から絶叫が迸る。
 目頭が熱くなり、急激に視界が不鮮明になった――



     「14.魔法使いの心臓」へ続く


 
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2010.10.16 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。