ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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14.魔法使いの心臓 


 コンクリートに衝突した《生命玉》が二、三度小さく弾む。
 濡れた世界の中でも、真央にははっきりと蒼き玉に傷が走るのが見えた。
「レインッッッ!!」
 真央の身体はレインの元へ駆けつけようと無意識に動いていた。
 だが、一歩も前に進むことなく脚は虚しく空を切る。
 楠葉が頑として真央を離してくれないのだ。
「離してよっ! レインッ! レインッッ!?」
 真央は悲痛な叫びをあげ、楠葉の腕の中で猛烈に暴れた。
 レインはコンクリートに倒れ込み、苦しげに胸を押さえながら悶えている。
 激しく上下する肩と胸。
 白皙の肌は青白く変色し、玉のような汗が浮かび上がっている。
 強烈な痛みと苦しみに苛まれているのだろう。
「離してっっ!」
 苦悶するレインを目の当たりにすると、真央の胸はきりきりと締め付けられ、涙が更に溢れ出した。
「離したって――あんたに出来るコトは何もないだろ」
 耳元で楠葉がボソッと囁く。何故だか彼の声には真央に対する申し訳なさが滲んでいた。
「確かにあたしは無力だけど――でも……でも、レインはまだ生きてるのよっ! 傍に行かせてよ!!」
 レインの《生命玉》には幾筋か裂傷が生まれたが、完全に砕けたわけではない。
 まだ生きているのだ。
 傷を癒し、《生命玉》を再生させる方法だってあるはずだ。
 琉の魔手から《生命玉》を取り戻しさえ出来れば、必ず何とかなる。
 諦めてはいけない。
 今、レインを護れるのは真央しかいないのだ。
「……つっ……! ま……お――」
 真央の泣き叫ぶ声が耳に届いたのか、レインが苦痛に歪んだ顔をゆるりとこちらへ向ける。
 意識が朦朧としているのか、いつもは美しいサンタマリア・アフリカーナの瞳が今は僅かに翳っていた……。
 レインの腕が緩慢に動き、痙攣する指が《生命玉》に伸ばされる。
 しかし、レインの指先が《生命玉》に触れる寸前、琉の足が無情にも彼の手を蹴ったのだ。
 レインの指が《生命玉》から遠ざかる――
 琉の黒曜石の双眸が妖冶な光を湛えた。
「今、楽にしてあげるよ、レイン――」
 琉が片脚を軽く上げる。そのままレインの《生命玉》を踏み潰すつもりなのだろう。
 彼はひどくゆっくりと目標へ向かって靴底を降ろし始めた。
「やめてっっ!!」
 真央は鋭い叫びを上げた。
 その瞬間、フッと身体が楽になる。
「――え?」
「行けよ。オレは琉には逆らえないけど、あんたは違うだろ。悪いけど――オレの代わりに琉を止めてやってくれ」
 楠葉が拘束を解いてくれたのだ、と察した時には、彼の手が真央の背中を勢いよく押し出していた。
 一瞬だけ背に触れた楠葉の掌は思いの外に優しく、真央はその事実に少なからず驚いた。
 彼は自分のマスターが手を血に染め、堕ちてゆくのを快く思ってはいないのだ。
 ずっと心の何処かで琉の凶行を止めたかったのかもしれない。だが、魔法使いはマスターの命令には絶対服従を誓わなくてはならないのだ。
 琉を止めてあげたいのに、諫める術も慰める手段も見つけられず――楠葉はずっと独りで歯痒い想いを抱き続けてきたのだろう。
 ――自分の魔法使いを悲しませるなんて、同じウィザード・マスターであるあたしが許さないわ!
 背中に生じた温もりを感じながら真央はキッと前を見据えた。
 押された勢いのままコンクリートを蹴り、琉に向かって突進する。
 魔法も使えなければスポーツも武術も出来ない女子高生だが、体当たりくらいは喰らわせてやれるはずだ。
 レインを護りたいという強固な想いが、真央を突き動かしていた。
「藤川の大バカヤローッ!!」
 真央は気迫の籠もった声を張り上げ、渾身の力を込めて両手で琉を突き飛ばした。
 楠葉が真央を解放するとは想像だにしていなかったのだろう。
 琉は呆気なくよろめき、その場に尻餅をついた。
 しかし、彼は俊敏に立ち上がり、鋭利な眼差しで真央を睨みつけてきた。
「僕の邪魔をするな!」
 琉の片手にプラチナの輝きが生じる。
 怒りに任せて魔法力を真央にぶつけようとしているのだろう。
 琉の片手が真央に狙いを定める。
「琉、よせっっ!」
 楠葉の逼迫した叫び。
 それと交錯するようにして、ビュンッと唸りをあげて何かが真央の脇を通過した。
 琉の手に集結していた魔法力の球に、銀色の矢が突き刺さる。
 転瞬、琉が生み出した光の球は、音も立てずに静かに霧散した。
 それに伴い、琉の全身を包み込んでいた冷気のようなものも消失する。
 驚嘆すべきことに、銀の矢は瞬時に姿を変えた――銀髪の少年へと。
 事態を把握できずに唖然としている琉。
 少年はアメジストの瞳で琉を見上げると、神速の如きスピードで彼の背後に回り、その喉元に短剣を押し当てた。
「そこまでです。妹から手を引いてもらいましょうか」
 不意に聴き慣れた声が耳に浸透する。
 真央はハッと面を上げ、背後を振り返った。
 青みがかった黒髪の青年が佇んでいる。
「お兄ちゃん!」
 青年の切れ長の瞳と視線が合致した瞬間、真央は嬉しさに弾んだ声をあげていた。
 屋上に形成された異空間に姿を現した救世主。
 それは、紛うことなく葉月森理と彼の魔法使いであるシルクだった。



     「15.魔法使いと魔術師」へ続く


 
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2010.10.23 / Top↑
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