ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 呼び出し音が連続する。
 娘が格式高い旧家の令嬢とどういう経緯で友達になったのか不思議に思いながら、蒔柯は相手が出るのを辛抱強く待った。
 コールが二十回を超えた頃、ようやく相手側の受話器が上がった。
 電話に出たのは徳川家の執事で、宮前と名乗る男だった。
 直杉が学園に閉じ込められていることを掻い摘んで話すと、宮前は困り果てたように唸った。
『大旦那様をはじめ旦那様も奥様も、既にご就寝されております。若のことは、わたくしの一存ではどのように取り計らえばよいのか決めかねますし……。一応、奥様には伝えておきますが――』
 宮前は煮え切らない口調でそう告げ、電話は一方的に切られた。
「は、寝てる? 大事な若様の危地だっていうのに、なんかムカつくわね。孫や娘を一体何だと思ってるのかしら。世間一般的に今は深夜で、ナオちゃんは若い娘なのよ」
 憤りの呟きを連ねながら、蒔柯は園田充の電話番号を乱暴にプッシュした。
「あっ、いけない。充くんは一人暮らしだったわね」
 慌てて受話器を置き、電話台の抽斗を開ける。
 そこから聖華学園の生徒名簿を取り出し、二年B組のページを開く。
 園田充の緊急時の連絡先は、港区にある実家になっていた。
 その番号に電話をかけると、ワンコールを待たずして受話器が上がった。
『悦子さん、どういうことですかっ!? 充のマンションに行ったら部屋にはいないし、携帯にも出ない。いい加減にして下さい。そっちがその気なら僕も然るべき所に訴えますよっ!』
 挨拶をする前にいきなり怒鳴れ、蒔柯は唖然とした。
『大体、充にはもう二度と逢わないと約束したはずです。いきなり充を返せと押しかけてきた挙げ句、拉致ですか? 犯罪ですよ、犯罪。充は、今は僕の息子なんですから』
「あ、あの、わたくし、充さんの友人の母で貴籐という者ですが」
 誰と勘違いしているのか矢継ぎ早に非難の言葉を捲し立てる相手に、蒔柯はそう言うのが精一杯だった。
 なぜだか相手はひどく興奮している。
『……これは失礼しました。私は充の父で、園田隆と申します。充が何かご迷惑でも?』
 奇妙な沈黙の後、園田隆は口調を改めた。
 すぐに己の過ちに気づいたのだろう。
 蒔柯が充の身に起こっていることを説明すると、隆は息子が誘拐されたと勘違いした己の早合点を苦笑し、最後に明瞭な口調でこう告げた。
『女性一人では危険ですから、私もすぐに聖華学園へ向かいます』
 それを聞いて一安心し、蒔柯は受話器を置いた。
「よかった。園田さんとは気が合いそうだわ」
 誘拐云々の話は蒔柯には全く理解できないが、隆は柔軟な思考回路の持ち主のようだ。
 徳川家とは違い、水妖伝説に関してもあっさり受け止めている感触があった。
「さてと、後は学園に向かうだけね」
 己を奮い立たせるように深呼吸し、蒔柯は今度こそリビングを後にした。
 廊下を小走りに抜け、玄関に到着する。
 靴を履き、玄関ドアを勢いよく開けたところで、
「――あら?」
 蒔柯ははたと動きを止めた。
 貴籐家の門の前に女性が立っていたのだ。

 眩いプラチナブロンドが目を引く。
 相手は蒔柯の勢いに気圧されたように何度か目をしばたたいた後、困惑しているような微笑を口元に刻んだ。
 隣家のサラ・エドワーズだ。
「ハーイ、サラ。どうしたの?」
 蒔柯は玄関を施錠し、門へと駆け寄った。
 すぐ隣だからと気にも留めなかったのか、サラは雨の中、傘をささずに佇んでいた。
「遅くにごめんなさい。――樹里、お邪魔してないかしら?」
「うちには来てないわ」
「そう。久しぶりに帰ってきたら、何だか嫌な予感がして……。あの子が私に助けを求めているような気がしたのだけれど、そんなはずはないわね。樹里は私を憎んでいるもの」
 独白のように呟き、サラは瞼を伏せた。
「出かけるところだったのでしょう。邪魔してごめんなさい」
 サラが長い髪を靡かせて身を反転させる。
「待って、サラ」
 蒔柯は咄嗟にサラの腕を掴んでいた。
「嫌な予感じゃなくて――それは、きっと母親の直感よ。詳しいことを説明してる暇はないけれど、水柯も樹里くんも大変なことになってるわ。だから、これから助けに行くところなの、聖華学園へ」
 蒔柯が告げると、サラは驚いたように息を呑んだ。
 唇が震え、何かを葛藤するように目を瞑る。
 次に瞼が開かれた時、翡翠色の双眸からは驚きも迷いも消し去られていた。
 彼女が蒔柯に事細かな説明を強要することはなかった。
 ただ一言、
「私もご一緒させてもらっていいかしら?」
 蒔柯の拒絶を受けつけないような凛然とした声を発した。
「もちろんよ」
 蒔柯が快諾すると、サラは濡れたスカートの裾を翻した。
「車を出すわ。二、三分で学園に着くはずよ」
 そう言ってサラは、蒔柯を田端家へと誘った。
 芸術作品のような美しい顔は、しっかりと前を見据えている。
 非人間めいた冷たい輝きを放つ美貌だ。
 だが、誰がその心までもを『冷たい』と決めつけたのだろうか。
 不意に蒔柯は疑問に思った。
 サラは容姿の冷美さに反して、胸には炎のような情熱を秘めているのではないだろうか、と。
 それに応じるように、唐突にサラが口を開いた。
「蒔柯さん。私は樹里が考えているよりも、ずっと――あの子のことを愛しています」
「ええ、知ってるわ。だってサラは、樹里くんの窮地を察したから、こうしてここにいるんだもの。私も水柯を愛しているわ。だから助けに行くのよ」
 蒔柯はサラに微笑みを返した。
「それから、私自身の心に――十七年前のケリをつけるためにもね」
 すぐに真顔に戻り、蒔柯はひっそりと呟いた。
 生徒たちから『桐生会長』と呼ばれていたあの頃、蒔柯は一人の少女を傷つけてしまった。
 あれから十七年。
 今になって『なぜ?』という気もするが、水柯が巻き込まれたのは運命だったのかもしれない。
 今こそ過去の清算をする時なのかもしれない……。
 ――流水。
 脳裏に可憐な少女の姿が浮かび上がる。
 聖華の制服がよく似合う、綺麗な少女だった。
 ――流水、あなたも助けてあげる。十七年前の九月九日の呪縛から。
 蒔柯は強い決意を孕んだ眼差しで前を見据えた。
 心には一片の逡巡もなかった。


     「10.水の奏でる子守唄」へ続く



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2009.06.04 / Top↑
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