ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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16.砕けた心


 琉の視線が忙しなく楠葉の顔と刀身が食い込んだ肩とを往き来する。
「何故――邪魔をする?」
 やがて、琉は茫然と呟いた。柄を握る手が微細に震えている。
 己の魔法使いに行動を阻止され、そして彼を傷つけたという現実が、琉にショックと動揺をもたらしているのかもしれない。
 カタカタと小さな金属音が連続し――ついに琉の手から剣が零れ落ちた。
 楠葉の鮮血に塗れた剣がカツンッと音を立て、コンクリートに虚しく転がる。
「止めよう、琉……。復讐なんて、意味のないことだ」
 血の滴る肩をもう一方の手で押さえ、楠葉が苦痛に歪んだ顔を琉へ向ける。彼の表情には、怪我の痛みによるものだけではない苦しみが滲んでいた。
「意味が――ない?」
 琉が押し殺したような声を出し、キッと楠葉を睨めつける。
 黒曜石の双眸には、信じていたものに背かれた怒りと哀しみが混在していた。
「僕は、この三年間……それだけを目標に生きてきたのに……それを無意味だと……? 僕を――裏切るのか、楠葉!?」
「裏切ろうとしていたのは、琉の方だろ? 《魔法の国》へと繋がる扉が開いたら、オレを置いていく気だったくせに」
 楠葉の顔に淋しげな笑みが浮かぶ。
「――――!?」
 指摘され、琉は傍目にも解るほど大きくビクッと身を震わせた――図星なのだろう。
「違う……そうじゃない! 僕はただ……マスターの仇を討ちたかっただけなんだ。血に塗れ、復讐の鬼と化す僕を――楠葉には見てほしくなかった。だから……だから――――」
 突如として、琉の双眸から水晶の如き涙が零れ落ちる。
 真央の殺害を楠葉に妨害され、一気に緊張の糸が切れたのかもしれない。
「僕は……マスターの……マスターを――――」
 譫言のように呟く琉の身体からフッと力が抜ける。
 愕然とした様子で崩れ落ちる琉の身体を、楠葉が怪我をしていない左腕一本で抱き留める。
「もう、いいよ……。もう苦しまないでくれ、琉」
 楠葉が優しく囁いた瞬間、見えない刃に心を切り刻まれたかのように琉の顔が歪んだ。


「あの……どういうことなのか、説明してほしいんですけど?」
 しばし琉と楠葉のやり取りを静観した後、真央はハッと我に返った。
 こちらは紛れもなく殺されかけたのだ。
 剣を振り翳された瞬間の恐怖はトラウマになることは間違いないし、ショックのあまりに寿命だって縮んだかもしれない。
 思いがけず、激情に身を委ねる琉の姿を目撃してしまったせいなのか、不思議と強烈な憎しみや怒りは込み上げてはこなかった。
 ただ、自分を殺めようとした理由を聞く権利はあるはずだ、と強く思った。
 訳も解らないまま生命を狙われたのでは、喉に魚の小骨が刺さっているようで気持ちが悪い。
 琉と楠葉の会話から察するに、琉には『《魔法の国》の王子』ということとは別に、何か複雑な事情がありそうだ。当然、それも気に懸かっていた。
「真央――」
《生命玉》を傷つけられたダメージから回復したのか、レインが真央の傍に来てそっと肩を抱く。
 大好きな魔法使いが無事だったことに再度安堵し、真央は微笑を浮かべてレインを見上げた。
 彼が傍にいる――それだけで嬉しさがじわりと胸に広がった。だが、喜びの言葉を口に出すのは憚られた。レインの蒼き瞳が、深刻な色を湛えて琉と楠葉を見つめていたからだ。
「《魔法の国》で、王位継承争いが激化してるのは知ってるだろ?」
 レインの視線を受けて、楠葉が重い口を開く。
「女王って――永遠の王じゃないの?」
 思わず真央は頭に浮かんだ疑問を発していた。
《魔法の国》=お伽の国――というイメージが強すぎるせいか、国を統べる女王は何となく不老不死の存在だと思っていたのだ。
「人間より寿命が長いというだけで、私たちもいずれは衰え――死を迎えます。現在の女王陛下は、徐々にですがお力が弱まっているようなのです。哀しいことに、陛下のお力に翳りが見え始めた頃から、王族の間では次期国王の座を巡って様々な諍いや陰謀が繰り広げられているのです……」
 事情を解せない真央を気遣ってか、レインが丁寧に説明をしてくれる。
「琉は、それに巻き込まれたのさ。兄である第一王子に酷く目の敵にされていたからね」
 楠葉のトパーズのような瞳に憐憫のようなものが走る。
 彼に支えられている琉の身体が微細に震えた。もしかしたら、故郷での嫌な想い出が甦ったかのかもしれない……。
「五年前、大洪水に呑み込まれた琉は――人間界へと流された。当然、そこで人間のマスターと出逢う……。オレは実際にそいつと逢ったことはないから解らないけど――とても琉を大切にしてくれたらしい」
 楠葉は顔をしかめながら言葉を紡ぐ。肩の傷が疼くのだろう。だが、それでも彼は片腕に抱いた琉を放り出そうとはしなかった。
 ――そうよね……藤川にもマスターがいたんだ……。
 楠葉の話を聞き、真央は至極当たり前の事実に思い至った。
 確か、琉は『マスターを喪っている』とサラリと述べていたような気がする。良好な主従関係だったのだとすれば、物凄くショックな出来事だったに違いない。真央にとってはレインを喪うことに匹敵する事柄だろう。
 琉の心を抉った傷は、真央が想像するより遙かに深く鋭いのかもしれない……。
「琉も《魔法の国》のことなんてすっかり忘れて、そのマスターと楽しく暮らしていた。ところが、三年前のある日――《魔法の国》から追っ手がやって来たのさ」
「よせ、楠葉……! 聞きた……ない……!」
 忌々しげに吐き捨てる楠葉の声に被さるようにして、琉の掠れた悲鳴が響く。
 琉の端整な顔は蒼白だった。
「やって来たのは、第一王子の軍隊だ」
 怯える琉を宥めるように楠葉が彼の背をそっと撫でる。だが、楠葉は真央たちに語って聞かせることを中断しようとはしなかった。
「王位を継ぐのに最も目障りな第二王子――優秀な弟を抹殺するために、第一王子はこちらへと続く扉をこじ開けて、兵隊を送り込んできた。異世界に流された弟のことなんて放っておけば良かったのに……。ただ生きているというだけで、琉の存在は兄上様にとって物凄く邪魔だったらしいね。琉はあっちへ戻る気もなければ、玉座に対しても未練なんてちっともなかったのに……」
「駄目だ……楠葉……その先は――――」
「琉のマスターは、琉を護ろうとして――凶刃に斃れた。第一王子に殺されたんだよ」
「違う……! 全ては……僕のせいだ……! 僕の存在そのものが、あいつらを人間界に呼び寄せた」
 琉が錯乱したように楠葉の胸元を揺さぶる。
「マスターは――僕が殺したんだっっ!!」
 昂ぶる感情を抑えきれないように、血の滲むような咆哮が迸った。



     「17.終幕」へ続く


次回で二話連投でラストになると思います。
 
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2010.11.06 / Top↑
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