ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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17.終幕


「琉、おまえのせいじゃない」
 楠葉が己のマスターを痛ましげに見つめ、その背に回した腕に力を込める。
「僕が殺したも同然だ……。僕が非力だったから――マスターを護れなかった!」
「一個師団が相手じゃ……いくら琉でも完璧な闘い方は出来ない。おまえはマスターのために死力を尽くしたんだし――」
「最善を尽くしたはずなのに、死なせてしまったら元も子もないだろっ!! 僕が殺した……僕がマスターの生命を奪ったんだ……」
 胸中に渦巻く罪悪感と後悔に耐えきれないように、琉が悲痛な声をあげる。
 行き場を失った憤怒と憎悪をうまく消化できないのか、琉は楠葉の胸倉を何度も何度も激しく揺り動かしていた。その様は、まるで子供のようだ……。
「マスターのことが――大好きだったのね?」
 気づけば、真央は琉に向かってそう問いかけていた。
 自分が琉の立場に措かれたと想定すると――とても耐えられない。
 大好きな人を強奪されるなんて、血反吐を吐くほどの激痛と苦悶に違いない。
 しかも、琉は実の兄に大切なマスターを奪われているのだ。
 目の前でマスターの生命が散った瞬間、流の心は粉々に打ち砕かれたのだろう。
 胸には一生涯消えない傷痕が刻印されてしまったのだ……。
「そう……好きだったよ」
 ふと、琉が楠葉に八つ当たりするのを止め、悄然と呟く。
「《魔法の国》の王子とてして生まれた僕は、猜疑心の塊だった。身内の権力争いが絶えなくて、どんなに優しくしてくれる人に対しても『本当は僕の生命を狙っているんじゃないか?』って疑わずにはいられなかった」
 自嘲の笑みが琉の唇に刻まれる。
 真央の方へ向けられた瞳は、記憶の断片を手繰り寄せているように真央ではない何かを見つめていた。
「マスターは、僕が初めて信頼できた人だった。僕に、他人を信じることの大切さを教え、優しさと愛情を注いでくれた素晴らしい人だ。……王位なんて興味ない。誰でも勝手に玉座に就けばいいさ! 僕は、ただマスターと穏やかな暮らしをしていたかっただけだ。それなのに、奴らは……僕を放っておいてくれなかった……!」
 琉が一旦言葉を切り、下唇を歯で噛み締める。黒曜石の双眸には、冷ややかな輝きが甦っていた。脳裏には、マスターを喪った時の映像が再現されているのかもしれない……。
「兄上は……僕からマスターを奪った! 僕の大切な人を、僕の目の前で殺したんだ! 兄上なんて……奴らなんて、恨まれて――復讐されて当然じゃないかっ! 僕はマスターを奪った奴らを赦さない! 奴らを殺すために、どんな手を駆使してでもあちらの世界へ帰らなければならないんだ……! あと少し……もう少しだったのに――」
 琉は、胸につかえた異物を吐き出すかのように喚きに近い声をあげる。
《魔法の国》へと続く次元路を開く術を妨害され、彼は絶望に打ちひしがれていた。

「復讐なんて――しなくて正解だったのよ、藤川」
 いつもは冷静沈着で周囲を見下した感のある琉の脆い姿を目の当たりにして、真央は急にいたたまれなくなった。
 ツカツカと大股に琉に歩み寄り、その端麗な顔を正面から見上げる。
「あんたのマスターだって、きっと復讐なんて望んでいないわ。優しかった魔法使いのままでいてほしいはずよ」
 真央は、未だ涙を流し続けている琉の頬に手を伸ばした。
 そっと涙を拭う――指を濡らす琉の涙は意想外に温かい。
 素直に真央の言葉に耳を傾けている琉は、自分と同じ十代の少年らしく見えた。
 真央の知っている冷淡で冷血漢な藤川琉は、何処にも存在していない。
「藤川だって、ホントは復讐なんてしたくないんでしょ? 誰かに――止めてほしかったんだよね?」
 真央の質問に琉は何も答えなかった。ただ、黒曜石のような双眸が、胸を衝かれたかのように僅かに震えた。
「葉月さんの言う通りだ。琉――もう終わりにしよう」
 怪我をしていない方の楠葉の片手が、琉の頭をポンポンと軽く叩く。自分のマスターであり貴き王子でもある琉に対して不遜な振る舞いだが、琉は咎めることはせずに顔を俯けた。
 琉を見つめるト楠葉のパーズの瞳には優しい光が湛えられている。
 誰よりも琉に復讐への道を断念してほしかったのは――楠葉なのかもしれない。
 己のマスターが復讐心に囚われ、心を磨り減らしてゆく様を見続けるのは、彼にとって苦痛以外の何ものでもなかったはずだ……。
「たとえ誰もがおまえを責めたとしても、オレだけはおまえの味方だ。オレは……琉の魔法使いだからな」
 楠葉が柔和に微笑んだ瞬間、琉は弾かれたように面を上げた。信じられないものを見る目つきでしばし楠葉を見上げ――やがて、何かに怯えるようにそっと瞼を伏せる。
「でも、僕は……九人のウィザード・マスターを殺めた。その罪は――消えない」
「殺してない」
 楠葉が端然と言葉を放つ。間髪入れずに琉がハッと瞼を跳ね上げ、再び驚愕の眼差しで楠葉を凝視した。
「琉は誰一人として、殺してないよ」
「――どうして……!?」
「殺したように見せかけて、実は助けていたからな、オレが。もちろん葉月さんもそうするつもりだった」
「おまえは……やっぱり僕を……裏切っていたのか……?」
 琉の端整な顔が歪む。
「裏切ってない。マスターにとって最良の道を選んだだけだ。……琉は怒るかもしれないけど、オレは琉に帰ってほしくなかったしな」
 楠葉が照れ隠しのように素っ気なく言葉を紡ぎ、またしても琉の髪を乱暴に撫でる。
「琉は、オレのたった一人のマスターなんだよ。頼むから、オレをここへ残して《魔法の国》へ復讐に戻るなんて――言わないでくれ。それとも琉は、オレにおまえと同じ想いや経験を味わわせたいのかよ?」
 楠葉にそう問われ、琉は息を呑んだ。
 おそらく、兄に対する憎悪が肥大しすぎて、マスターを喪った時の楠葉のダメージにまで心を配することが出来ていなかったのだろう。
 マスターを喪うことの痛手を誰よりも知っている琉だからこそ、今の楠葉の言葉は重く、鋭い楔となって胸に突き刺さったようだ。
 マスターを亡くした琉を支えていたのも楠葉だ。
 その大切な魔法使いを捨てようとしていた己に気づき、琉はようやく己の過ちと身勝手さに自省の念を抱いているのだ。
 琉の心情の変化が何故だか手に取るように解ってしまい、真央の胸は小さな痛みを発した。
 琉と楠葉の主従関係に大きな亀裂が入らなければいい――そう切に願いながら、二人を見守る。
「復讐なんて、もう止めよう?」
 最終確認のつもりなのか、楠葉が琉の顔を覗き込む。
 琉は恐る恐る首肯した。
「まだ……大丈夫かな? ……戻れるかな、昔の自分に――」
「戻れるさ。琉は、本当はスッゲー優しい王子様だ。あっちの近衛サンのお墨付きだろ?」
 楠葉が冗談めかして告げる。
 真央が周囲に視線を流すと、レインは安堵の表情で何度も頷いてた。
 森理とシルクは遠巻きにこちらを見ている。この件に関しては、これ以上の口出しも手出しもせず、傍観者に徹しているようだ。
「悪かったな、葉月さん。見ての通り、《魔法の国》へ帰ることも復讐も断念する。あとは――あんたの好きにしてくれ。罰はちゃんと受ける。あんたたちを強引に巻き込み、傷つけようとしたのは事実だからな」
 楠葉が真摯な眼差しで真央をじっと見つめる。
 レインが「真央」と小さく囁き、気遣わしげに制服の袖をツンツンと引っ張った。
 真央はレインの心配を素早く察して、苦笑した。レインの気持ちは伝わっていることを示すために一つ頷き、それから視線を琉と楠葉へ戻す。
「あたしの言うことなら――何でも聞いてくれるのよね?」
「もちろん。どんな罰でも受けるさ」
 琉を励ますようにその肩を抱き、楠葉が迷いのない眼差しを返してくる。
「じゃ、ちゃんと藤川を更正させて!」
「――えっ!?」
「だって、あなたたち、ずっと人間界で生きていくんでしょ? まずは藤川を人間らしく――そうね、高校生らしさを叩き込んでやってよ。いくら美形だからって、毎日辛気臭い能面みたいな顔でウロつかれたら、気持ち悪いのよ」
「ま、真央……王子に向かって気持ち悪いだなんてっ……!」
 レインが青ざめた顔で非難するが、真央は敢えて彼の声を無視した。
「いいの。藤川と楠葉くんはちゃんと高校生活を楽しむ――あたしからの要望はソレだけよ。ハイ、以上!」
 真央はサバサバとした口調で要求を突きつけ、呆気にとられている琉と楠葉を尻目にクルッと身を翻した。
 結局、自分もレインも――他の九人のマスターたちも無事だったのだ。あとは、琉が完全に復讐の念を捨て去り、人間として青春を謳歌してくれればいい。折角、男子高生として生活しているのだから、王子という枷も魔法使いという特殊な属性も忘れて、《魔法の国》では体験できなかった青春をやり直せばいいのだ。
「これでいいよね、レイン?」
 大好きな魔法使いを見上げ、明るく微笑む。
「王子の気持ちを汲んで下さり、ありがとうございます。王子の心理も解らないではないのです……。私だって、真央に何かあったら、きっと正気ではいられないですから――」
 レインが微笑み返しながら中々気障な台詞を吐く。
 真央は一瞬対応に困窮した。
 その言葉はスーッと胸に染みたし、嬉しくもあったのだが、どういうリアクションをとっていいのか急に判断できなくなったのだ。
 胸中で裡なる葛藤と対峙した挙げ句、真央は一つの決心をした。
「助けにきてくれて、ありがとう。大好きよ――レイン」
 心からの笑顔を贈り、真央は爪先立ってレインの首に腕を回すと、素早く彼の頬にキスをした。
「――ま、まっ、真央っっっっ!?」
 大好きな魔法使いは、突然の行為に慌てて真央を引き剥がし、顔を真っ赤に染めて狼狽を示した。
 そうかと思うと、急にその場にバタンッと倒れ込んだのだ。
 どうやら純情な魔法使いはキスひとつで気絶してしまったらしい……。
「レインッッッ!?」
 森理とシルクが驚いた様子で駆け寄ってくる。
 真央はしばし茫然とした後に深い溜息をついた。
 頬にキスしたくらいで失神されてしまうなんて、予想外の出来事だ。
 これから先の進展具合を推測すると真央の方が気が遠くなってしまう。
「まだまだ距離は長いわね」
 無意識に苦い呟きが唇から零れ落ちた――


     「18.一件落着!?」


 
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2010.11.13 / Top↑
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