ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「――――!?」
 思わぬ攻撃を受け、悧魄の身体が弾け飛ぶ。
 彼は数メートル後退ったところで辛うじて体勢を立て直した。顔には驚愕と畏怖が貼りついている。
「引け! 次は手加減なしで心臓を撃ち抜くぞ」
 再び凛とした声音が森の中に響く。
「貴様っ……何者だっ!?」
 悧魄が苦悶の表情を浮かべながらも叫ぶ。
「おまえ如きに名乗ることもなかろう。引けというのが解らぬのか?」
「――チッ……! 一度に七天を二人も相手にするのは、流石に俺も御免ですね」
 悧魄が忌々しげに舌打ちを鳴らす。
 転瞬、彼の姿は忽然と消え失せていた。
 声の主に気圧されたのか、勝つ算段がつかなかったのか――とにかく悧魄は空間を歪めて瞬間移動したらしい。
「オーイ、大丈夫か、水鏡?」
 声の主が、緊張感の欠片もない言葉を発しながら傍にやって来る。
 水鏡は、先ほどまでとは打って変わったように飄々と喋る男の正体に思い至り、苦笑いを洩らした。
 折れた右足の痛みに耐えながら彼の方へ顔を向ける。
 見事なほどに純粋な黄金色の髪に、嫌でも目が惹きつけられる。
 青緑の双眸を持つ華麗な男が立っていた。水鏡を見下ろす顔には掴み所のない笑顔が浮かんでいる。
 男の姿を確認し、水鏡は思い切り眉根を寄せてやった。彼に助けられた事実が嬉しくもあり、癪でもあったのだ。
 現れたのは、七天が一人――雷天・瑠櫻(るおう)だ。
「瑠櫻……何故、ここへ?」
 水鏡の質問に、瑠櫻は形の良い唇をつり上げて悪戯っぽく微笑んだ。
「愛しの姫君の後を追ってきたら、ここへ来るのは当然。未来の妃に何かあっては大変だからね」
「だっ、誰が妃だ、瑠櫻っ!?」
「水鏡に決まってるだろ。他に誰がいる? あっ、彩雅ちゃんでもいいけど、彩雅ちゃん胸ないしなぁ……」
 冗談とも本気ともつかないような口調で述べ、瑠櫻は両手にヒョイと水鏡を抱き上げる。
「私はおまえの妃になるつもりはないぞっ! 無論、兄者もだ! 離せ、瑠櫻っ!」
 水鏡は瑠櫻の腕の中でじたばたと藻掻く。
 勝手に懸想するのは構わないが、それをこちらにまで押し付けられてはたまらない。
「離してもいいのか? 足の骨を折ったんだろ?」
 瑠櫻が瞳を輝かせて水鏡を見つめる。この状況を愉しんでいるらしい。
 水鏡は暴れるのを止めて、口許を戦慄かせながら瑠櫻を睨めつけた。
「貴様、どうせ骨が折れるまで隠れて見ていたのだろう!」
「アレ、見透かされちゃった? いや、悪い悪い。てっきり彩雅ちゃんだと思ったから、しばらく放っておいても大丈夫かなぁ、なんて――」 
 悪びれた様子もなく瑠櫻が破顔する。
「兄者だったら助けなかったのか?」
 水鏡は額に青筋を浮き立たせ、再度瑠櫻を非難した。
「えーっ、だって、彩雅ちゃんを助けても、オレに何の利点もないもん。それに、彩雅ちゃんなら寧ろもっと大怪我するまでこっそり見てたいな、オレ。責め苦に耐え忍ぶ彩雅ちゃんて、きっと魅力的だと思うよ」
「……馬鹿だな、貴様は。後で兄者に伝えておくからな。いや、綺璃に告げ口してやる」
 水鏡がニヤリと笑うと、瑠櫻は心底嫌そうに溜息を洩らした。
「そっちこそ告げ口なんて大人げないな。頼むから、それだけは勘弁して下さい。あの、彩雅ちゃん大好き熱血火の玉男とやり合ったら――オレ、死んじゃいますから。……お兄さんははね、君たちより少しばかり長生きしてるから、体力的にどう足掻いても敵いません。なので、全力疾走の青春とか火傷しそうなほど熱い友情とか――そういうのにオレを巻き込むのは、ナシの方向でお願いします」
 捕らえどころのない軽い調子で瑠櫻が告げる。
 だが、僅か一瞬、瑠櫻の眼差しに寂しさと孤独の影がよぎったような気がした。それは水鏡の錯覚ではないはずだ。実際、彼は癒されぬことのない疵を独りで抱え、永き刻をたゆたってきたのだろうから……。
「……了解。綺璃には言わぬ。大体、私と兄者は髪の色が違うのに、間違える方がおかしいのだ」
 水鏡はさり気なく逸れかけた話題の軌道を修正した。
「顔が全く同じなんだよ、君たちは。――ところで、腕は離してもいいんでしたっけ、お姫様?」
 瑠櫻の柔和な笑みが水鏡の視界を独占する。
 急に接近してきた端整な顔に驚き、水鏡は慌てて彼から顔を背けた。
「……勝手にしろ!」
「ハイハイ。勝手にさせていただきます。水滸城までお送りしますよ。大切な妃ですから」
「妃じゃないっ!」
「じゃあ、妃にするまでさ」
「呆れた男だな……」
 水鏡は大仰に溜息をついた。
 結局自分は、いつも瑠櫻の粘り強さには太刀打ちできないのだ……。
「それは、しつこくもなるさ。こんなに素っ気なくされるのだから――」
「…………」
 瑠櫻の言葉に対して水鏡は何も応えず、沈黙を保った。
 瑠櫻の胸中くらい理解している。
 彼は、確かに自分に愛情を注いでくれている。
 だが、それは幻想だ。
 水鏡の碧い髪と瞳が、瑠櫻の心を乱し、惹きつけているのだ。
 何故なら、四百年前に没した瑠櫻の先の妻――久摩利(くまり)が、水鏡と同じように碧い髪と双眸の持ち主だったのだ。
 可憐な花のように繊細な美しさを備えていた久摩利天。
 瑠櫻は、単に水鏡に久摩利の幻影を重ねているに過ぎない。もっとも瑠櫻本人は、それに気がついていないのかもしれないが……。
 それが、水鏡の心をひどく憂鬱にさせているとも知らずに。
 ――私は……久摩利天ではない。
 水鏡はもう一度深い溜息を落とすと、瑠櫻の腕の中で静かに瞼を閉ざした――

     *



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2009.06.04 / Top↑
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