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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「お席はこちらになります」
 店長が整った顔に営業スマイルを浮かべ、最奥の広いテーブルにあたしたちを案内する。
 顔は完璧な笑みを象っていたけれど、昏い光を湛えた野性的な瞳は少しも和らいではいなかった……。
 相変わらず苗字すら思い出せないけれど、元ホストだと噂の敏腕ロン毛店長は、紛れもなく怒っていた。
 ……当然よね。
 まさか店長だって、あたしたちが山梨くんを引き連れて《WALTZ》に駆け込んでくるなんて予測もしていなかっただろうし……。今夜は、ただでさえルイさんファンでごった返しているのに余計な心配事まで増やしてしまって――ほ、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだわ……。
「有馬様、少々よろしいですか?」
 柔和な笑みを湛えたまま店長がビッショウ様に視線を向ける。
「アラ、何かしら、店長?」
 ビッショウ様はイスに荷物を置くと、眼鏡のレンズをキラリと輝かせて店長の後に着いて行った。
 ああ……ごめんなさい、ビッショウ様。あたしがしくじったせいでとばっちりを……。
 アレって、間違いなく裏で店長にガッツリ注意を受けるのよね……。
 あたしは物陰に消えてゆく店長とビッショウ様と不安な眼差しで見送った。

「大丈夫だよ。――とりあえず、コート脱いで座ろうか」
 六楼さんがあたしの耳元でそっと囁く。
 見上げると、フレームレス眼鏡の向こう側で六楼さんの目が温かな光を宿していた。
 六楼さんは《WALTZ》で唯一のルイさんの同期だ。
 入店以来仲が良く、一緒にいる時間も多かったので、六楼さんはルイさんに纏わる様々なハプニングを結構な確率で体験し、切り抜けてきたんだろう。
 あたしが血相変えて飛び込んで来たり、山梨くんの姿を発見した時の驚愕はすっかり表情から抜け落ちている。いつもの冷静沈着な六楼さんに戻っていた。
 六楼さんはあたしが半分呆けた状態で脱いだコートを手慣れた仕種で受け取り、ハンガーにかけている。
 そのちょっとした動作も物凄くカッコよく感じてしまい、あたしは思わず見惚れていた。
《WALTZ》の制服を着用した六楼さんに逢うのが、久し振りだからかもしれない。
 漆黒のベストに純白のシャツ――という、ごく普通のウェイター服なのに、長身の六楼さんが着ると男前度がかなりアップするのよね。
 ホントなら冬はヴィジュアル系っぽい天鵞絨のロングジャケットを羽織るはずなんだけれど、あたしは六楼さんがそれを着ている姿を見たことはない。華美なジャケットなのであまり好んで着たくないのかもしれない。ちょっと残念な気がするけれど……。
 ルイさんが着ている姿は何度か目にしたことがある。それはもう華麗すぎて――ファンタジー映画の中から出てきた王子様みたいだったわよ! 
 ――あっ、まあ……実際、王子役で映画出演したんだけど……。
 六楼さん原作のBLファンタジー『紅蓮の鏡月』
 南海とビッショウ様を虜にしてやまないアレ――《山梨ショック》の効果なのか何なのかあっという間に企画が進んで、夏に本当に公開されたのよね。ルイさんが王子役、山梨くんが魔王役で。
 山梨ファンはもちろん『紅蓮の鏡月』ファンや一般層にも熱烈に支持され、信じられないコトに大ヒットしちゃたのよ!
 あたしも一回だけ観たけれど、やっぱり全然面白さが解らないし、イロオトコたちのセミヌード率が高すぎてスクリーンから目を逸らすこともしばしばだったわよ。
 南海は十七回リピートしたって言ってたけど、あたしは一度でお腹いっぱいだわ。
 勇者が王子の呪いを解くシーンや王子が魔王に抱き寄せられるシーンで、涙と鼻血を平行して垂れ流している南海の心境は、あたしには塵ほども理解出来なかったし……。
 六楼さんにはとっても申し訳ないけれど、あたしはBL世界には馴染めもしないし、薔薇色の輝きも見出せないタイプの乙女みたいだ。
 映画のヒットに比例して原作も売れに売れ――印税も増えたはずなのに、六楼さんは未だに《WALTZ》のバイトを続けている。
《WALTZ》が大好きなあたしとしては嬉しいことだけれど、いつか六楼さんが過労で倒れるんじゃないかと心配にもなる。〆切り間近の六楼さんってば、げっそりやつれてしまって痛々しいんだもの……。
 本人曰く『《WALTZ》辞めると、マンションから一歩も出なくなりそうで怖い』らしい。
 売れっ子作家の上に担当編集者の水城さんがスパルタなやり手だから、どんどん仕事ぶっ込んでくる――って嘆いてもいたわ。
 そんな六楼さんにとって《WALTZ》で気の合う仲間たちと仕事に精を出し、甘い香りと色取り取りのスイーツで癒されることが、何よりのストレス解消なのかもしれない。

 ――っと、制服の話から随分逸れちゃったわね。
 あたしが《WALTZ》の制服や『紅蓮の鏡月』に思いを巡らせている間に、南海と山梨くんはとっくに着席し、気づけばビッショウ様まで戻ってきていた。
「イサヤくんを見つめたまま立ち尽くしているなんて、沙羅ちゃんもそろそろ海を渡って素晴らしき妄想世界の住人になる決心でもしたのかしら? フフフッ」
 ビッショウ様が楽しげに言葉を口にしながら空いている席に座る。
 その言葉で、あたしはハッと我に返り、ビッショウ様に釣られるようにしてイスに腰かけた。
 着席した瞬間、フワリとブルーノート系の香りがさり気なく鼻腔を掠める。
 どうやら、あたしの隣は山梨くんらしい。さっき誰かがドサクサに紛れて感嘆していたけれど、山梨くんてホントにイイ匂いがするのよね。香水なのか石鹸なのか知らないけれど、爽やか系の香りなのに彼が使用していると妙にセクシーに感じるから不思議だわ。
 南海とビッショウ様は、山梨くんの端整な顔をじっくり眺めたいがためにさっさと対面の席に陣取ったのね、きっと……。
 この二人の美男子にかける情熱と徹底した姿勢だけは、心の底から感服するわ。
 ……間違っても、あたしが彼女たちと同じ視点から世界を眺めることはないけれどね。
「いえ、そんな決心は一生することはないと思います。それより――店長、明らかに怒ってましたよね? すみません。ビッショウ様にまで迷惑をかけて」
 あたしは妖しい世界への勧誘をさり気なく受け流し、正面に座するビッショウ様に頭を下げた。
 誤って心の声を叫んでしまったのはあたしなのに、何故だか店長はビッショウ様を裏へ呼んだ。けど、どう考えても怒られるべきは、あたしよね……。
「ああ、心配しなくていいわよ。特別叱られたワケでもないし、例の――リッキーのケー番を教えてきただけだから。山梨くんを連れてきたことは予想外だったみたいだけど、そっちもシャワー直後の半裸とかザックリはだけてる寝姿のリッキー写メで手を打ったから。フフフッ」
 ビッショウ様が口元に妖しい笑みを閃かせる。
 いや、あの……だから、何で璃稀さんなのか全く理解できないんですけど……?
 ビッショウ様のケータイには、一体どんな画像が保存されてるんですかっ!? 
 絶対、璃稀さんだけじゃなくて他の曽父江兄弟のあられもない姿が激写されてるわよね……。恐ろしいわ。
 店長も璃稀さんの写メで機嫌が直るとか――何なの?
 気になるけど、あたしには想像も及ばない邪な理由が存在しているようにしか思えないので、ココはサックリとスルーね。
 とにかく《WALTZ》側が山梨くんの入店を普通に受け入れてくれたので、単純に喜んでおくことにしよう。
 本当にありがとうございます。店長、六楼さん、《WALTZ》の皆々様。
 山梨くんのささやかな夢を叶えてくれて――
 あっ、あたしが感謝するのも変だけど、隣に座る山梨くんがちょっぴり緊張しながらも嬉しそうに《WALTZ》の店内を見回している姿を見ると、つい……。
 好奇心と期待に目を輝かせている山梨くんは、まるで少年のようなのよ!
 仕事していない時はルイさんで妄想ばかりしている煩悩の塊と同一人物とは、とても思えないわ。
「山梨くんもうっかり注目浴びることになっちゃって――ごめんなさい」
「――あ? 気にすんなよ、園生沙羅。元はと言えばオレが《WALTZ》に連れてけってワガママ言ったんだし、注目浴びるのなんてどうってことないし」
 山梨くんがあたしに向かって微笑する。
 直後、何処か遠くで女性の悲鳴のようなものがあがった。
 ――うっ、ス、ススススミマセンッッ! あたしなんかがトップスター山梨和久に微笑みかけられてしまって……。
 思わず自虐的な想いが芽生える。
 だけど、山梨くんと同席している限り、人々の視線と関心がこちらに向けられるのは免れない。
 こうなったら、もう開き直って状況を楽しむしかないわねっ!
 M市の女は《WALTZ》のおかげで美形に耐性と順応性があるから、山梨くんの存在にもすぐに慣れるわよ!
 五分後には、みんないつも通りお目当ての店員さんに夢中よ!
 そうよ、あたしだって六楼さんがいるし、ルイさんの復活とクリスマスを祝いにきたんだからっ!
「もうすぐルイも出てくるし――そうしたら、久々にルイフィーバーで店内は通常に戻るよ」
 六楼さんがテーブルに水の入ったグラスを配りながら苦笑する。
 ルイさんフィーバーって……何だかとっても懐かしいわ!
 ルイさんが現役だった頃は、彼が姿を現しただけで物凄い悲鳴と歓声が巻き起こり、ケーキの注文が殺到してたもの。今夜、あの熱気と熱狂振りが復活するなんて、ルイさんファンじゃなくても心が踊るわ。
「ル、ルイッ……! スゲー、ちょー緊張してきた、オレ。何か自分のコンサートの時より心臓バクバクいってんだけど」
 配られたばかりの水を一口呑み、山梨くんが硬い声音で呟く。
 見ると、山梨くんの顔は強張っていた。
 へえ、スーパーアイドルでも緊張することがあるのね。
 ――って、つい最近、東京ドームで三日連続公演をやり遂げた男が、どうして街のケーキ屋さんで異常な緊迫感に包まれてるのよっ!?
 五万人の熱い視線を受けながら上半身裸で歌って踊って魅せる超アイドル様が、半同棲相手の仕事姿を見るために身も心もガチガチに硬直させてるなんて――意外だわ。
 それだけ、ルイさんのことが好きで好きでたまらない、ってコトよね。
「念のために言っておきますけど、山梨さん――復活祭と言っても、ルイはフツーに仕事するだけですよ。山梨さんのようにワイヤーアクションとかフライングとか、ゴンドラに乗って登場とか一切ありませんからね」
 六楼さんが困ったような眼差しで山梨くんを見下ろし、静かに――だが、力強く言葉を紡ぐ。山梨くんの脳内妄想を早めに打ち消しておきたかったのだろう。
 南海やビッショウ様と同様で、山梨くんも放っておくと延々妄想を膨らます悪癖があるのよね。
 だから、六楼さんの気持ちはあたしもよく解るわ!
 危険な妄想が垂れ流される前に、早めに芽を摘んでおく必要があるのよ!
「えっ、インパクトのある演出、何もないのかよっ!?」
 山梨くんが驚きに目を丸め、六楼さんを仰ぎ見る。
 ……やっぱり、あると思ってたのね。
 ある方がおかしいわよっ! 常識的に考えても無理でしょ!
 ああ、でも、常識云々の事柄はツッコミたくてもツッコめないわ!
 その辺は子供の頃からレッスン三昧の上に若くして芸能界に足を突っ込んでしまったせいで、ちょっと世間とはズレてるのね……。感覚や思考に、どうしても一般人との齟齬が出てしまう。
「山梨様、当店はケーキ屋でございます」
 六楼さんが営業用の喋り方で諭すと、山梨くんはあからさまにガッカリしたように肩を落とした。
 一体、ケーキ屋にどんな過剰な期待を抱いてたのかしら?
 どれだけド派手にルイさんが登場すると想像してたのよっ!?
 相も変わらずほんのりおバカだけど――憎めないわよね、山梨くん……。


 
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2010.12.24 / Top↑
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