ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 水天居城――水滸城 


 深い湖の底に、精緻で精巧な造りの城が沈んでいた。
 外壁が水晶で覆われている美しい建造物だ。特殊な細工が施されているのか、水底の城は自ら仄白い輝きを発している。
 幽玄と夢幻の美を兼ね備えた水宮。
 水に護られている金城湯池――それが、水天・水鏡と《水の一族》が住まう水滸城である。

「――瑠櫻様!? おいでになるのでしたら、お迎えに参りましたのに!」
 水鏡の第一側近である霖(りん)は、城内に姿を現した金髪青年の姿を見て、驚きに目を瞠った。
 雷天・瑠櫻の神々しい姿が前触れもなしに出現すれば、誰だって驚くだろう。加えて、彼の腕の中には何故だか負傷している主の姿もある。
「いいんだよ、霖。瑠櫻が勝手にきたのだから」
 水鏡が冷たく言い放つ。
「しかし、王――」
「オレのことは気にしなくていいよ。それよりも水鏡の手当てを頼む」
 水鏡に反論しかけた霖を素早く遮り、瑠櫻は柔和な笑みを浮かべる。
「右足が折れている。オレがついていながら――悪いね」
「いいえ。――霞!」
 霖は軽く首を横に振ると、何もない虚空に向かって声を放った。
 直後、空が裂け、そこから一人の女性が姿を現した。霖と同じく水鏡の側近である霞(かすみ)だ。
 彼女は瑠櫻の前に着地すると、優雅な身のこなしで跪き、頭を垂れた。
「お久しゅうございます、雷天様」
「やあ、相変わらず綺麗だね。この城は美人揃いだから、来る度に癒されるなぁ、オレ」
 瑠櫻が脳天気な声音で告げ、更に顔を綻ばせる。
「貴様、私の一族に手を出したら――殺すぞ」
 水鏡が鋭い一睨みを与えると、瑠櫻の笑顔は苦笑へと変じた。
「ハイハイ。嫉妬しないの。オレには水鏡だけだから安心しろ」
「だっ、誰が嫉妬などするものかっ!」
 水鏡がギョッと目を剥き、頬を紅潮させる。
 主の顕著な反応が怒りゆえなのか羞恥心ゆえなのか、霖には判別がつかなかった。ただ、瑠櫻を相手にする時だけは、水鏡が常より可愛らしく見えることは確かだ。
「水鏡様、興奮なさっては怪我に障りますわ。お部屋へ参りましょう」
 霞がすっくと立ち上がり、今にも瑠櫻に掴みかかりそうな水鏡を嗜める。
「では、雷天様、失礼致します――」
 霞の白い手が水鏡の腕を取る。
 転瞬、二人の姿はその場から切り取られたかのように綺麗さっぱり消えていた。
「――瑠櫻様、《地の一族》の女王が紫姫魅天に闇討ちされた、と聞きましたが、本当なのでしょうか?」
 女性陣の姿がなくなり、周囲に誰もいないことを確認すると、霖は瑠櫻に懸念たっぷりの眼差しを向けた。
「おや、情報が早いね。まっ、隠しても仕方ないしな。それは――事実だよ」
 瑠櫻が軽く肩を竦め、霖を見返してくる。宝玉のような青緑色の双眸には、真摯な光が灯っていた。
「でも、オレは納得できずにいる。蘭麗が紫姫魅の手下にやられたなんて、到底信じられないね。瀕死の状態で発見されたらしい……。アレはそう簡単にヘマするような女じゃないんだけどな」
 瑠櫻の秀麗な顔に困惑の色が浮かび上がる。
 霖も彼と同意見だった。
 地天・蘭麗は、思慮深く聡明で――そして優れた武将でもある。
 いくら闇討ちに遭ったとはいえ、蘭麗が虫の息になるまで徹底的に叩きのめされるとは信じがたい出来事だ。
「では、やはり――ご病気だというのは真実なのでしょうか?」
 霖は痛ましげに目を細め、再び不安を瑠櫻にぶつけた。
「病気? アレが病に侵されているなんて、聞いたことないけど――ああ、いや……噂を耳にしたことがあったような、ないような……。えー、でもアレッて、もう百年だか二百年前に聞いた気がするけどなぁ? 最近、五十年以上前の出来事は忘れるようにしてるんだよね、オレ」
 瑠櫻が不思議そうに首を捻る。
「私が聞いた噂は割と最近のものですよ。地天様の善地城に赴いた時に、懇意にしている側近仲間から入手したのです。地天様はかなり以前から重い病気に罹られているとかで、もう長くはないかもしれない、と……。七天の皆様方はご存知ないのですか?」
「本人の口から聞いたことはないね。アレの性格を考えると、絶対にオレたちには言わないと思うけど。あいつは七天一の意地っ張りだからね。水鏡が可愛く見えるほど、素晴らしい意地の張りっぷりだよ。――そんな蘭麗が死ぬなんて……いや、不吉な想像は止めておこう」
 瑠櫻が何かを打ち消そうとするかのように、小さくかぶりを振る。
 溜息を一つ零した後、瑠櫻は気を取り直したようにいつもの微笑を口許に閃かせた。
「今の話は二人だけの秘密ってことで――よろしく」
「……かしこまりました」
「じゃ、オレはこれで失礼するよ。水鏡に『愛してる』って、百回くらい伝えといてくれ」
 適当な言葉とともにニッコリ微笑み、瑠櫻がクルリと踵を返す。
「百回くらい――って、『くらい』って何ですか? 私が殴られますから」
「それじゃ、二百回に増やしといて」
「間違いなく、殺されますから。――お送りしますよ、瑠櫻様」
 霖は苦笑いを浮かべると、瑠櫻の軽口を強引にぶった切った。彼の言葉を一々真に受けていたら身が保たない……。
「いや、遠慮するよ。霖は水鏡の傍にいてやってくれ」
 瑠櫻は簡素に告げ、こちらを振り向きもせずにヒラヒラと片手を振る。
「はい。――では、お気をつけて」
 去り行く瑠櫻の背に向かって、霖は丁寧に頭を下げた。
 瑠櫻の姿が見えなくなる頃合いを見計らって、面を上げる。
 霖は憂う瞳で城内に視線を巡らせた。
 紫姫魅天による地天の闇討ち。
 天王に召された後、負傷して帰還した大切な主――
 何かが少しずつ悪しき方向へ流れている気がしてならなかった。
 暗暗とした胸騒ぎが芽生える。
 と、そこへ――
「霖様っ!」
 バタバタバタッと足音を響かせて侍女が駆け寄ってきた。
「どうした?」
「水鏡様がお呼びです」
「解った。すぐに向かう」
 霖は一つ頷き、優雅に身を翻す。
《水の一族》特有の碧い髪が流れるように尾を引いた――

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2009.06.04 / Top↑
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