ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 爆発的な歓声は一分ほど続いた。
 その間、一階や中二階フロアのお客さんたちもケーキを食べる手を止めて頭上を仰いでいた。
 なので、二階の熱狂振りに反比例して、あたしたちがいるフロアは一瞬の静寂に包まれた。
 二階で巻き起こった狂喜の悲鳴と雄叫びが一段落すると、他のフロアのお客さんも自然とスイーツを楽しみながらの談話を再開し始める。
《WALTZ》フリークには二階で何が起こっているのか容易く想像できるし、騒ぎの中心にいるルイさんがしばらくは下に降りて来ないことも予測できるからだ。
 ルイさんが現れるまでは、大人しく兜塚さんの極上スイーツを堪能する。
 それが、ルイさん現役当時の《WALTZ》スタイルだ。
 ああ、懐かしいわね。ルイさんって、ホントにM市民に愛されてるんだなぁ。
 写真でしか見たことがないけれど、幼少期から青年期まであの中性的な美貌を一度も崩すことなく成長しているのよね、ルイさん。
 それだけで驚嘆に値するわ。
 南海やビッショウ様をはじめ大勢の女子と一部の男子に熱烈に支持されるのも頷ける。
 山梨くんと半同棲生活を送っていようが、写真週刊誌に彼とのキスシーンがスッパ抜かれようが――ルイさんはM市の宝だ!
 ちなみに、山梨くんとのキスシーンっていうのは、《ラブ・パラダイス》を巡ってあたしと山梨くんが歩行者天国で競り合った時のモノよ。
 あれ以降も何回かうっかりセクシーすぎるキスシーンを激写&スクープされたけど、それについては状況を口にすることすら抵抗があるのでもちろんサクッと流すわよ。

「――あっ、イサヤくん、シュトレンとアールグレイをよろしく」
 スケッチブックに鉛筆を走らせ始めたビッショウ様が、淡々と六楼さんにオーダーする。
「わたしはザッハトルテとブルーマウンテンをお願いします」
 南海はあたしが差し出したティッシュで顔の血を拭き取っている。
 有り余る血液を一度抜いたから、ちょっとは気分が落ち着いたらしいわね。
「あれ、南海ちゃん、さっきはクリスマス的なスイーツがいいって言ってなかった?」
 南海の注文を聞き、六楼さんが怪訝な面持ちで首を傾げる。
 そういえば、山梨タワーを目にした時、確かにそんな主張をしてたわよね。
「ルイさんと山梨くんから『グレキョ』の王子と魔王を連想して――兜塚さん作の山梨タワーから魔王の腰のソードを想起したら――必然的にザッハトルテになりました」
 ティッシュで鼻を押さえた南海がくぐもった声で即答する。
 ――え、何、その連想っ!? ちっとも必然じゃないわよっ!
 大体、魔王の腰のソードって――巨大洋梨タルトが出てきてから、もう意識は完全に山梨くんの山梨くんである《ブッシュ・ド・ノリマキ》にしか向いてないわよねっっっ!?
「あー、そういや魔王の剣の名前――《ザッハトルテ》だった気がするな」
『紅蓮の鏡月』撮影時の記憶を掘り起こしているのか、山梨くんが遠くを眺めながらボソッと呟く。
 思わずあたしが原作者である六楼さんに視線を向けると、彼は微苦笑で首肯した。
 そ、そう……正しい知識なのね……!
 いや、決して正しい知識として覚える必要すらない事柄だけれど、『グレキョ』ファンにとっては『魔王の愛刀=ザッハトルテ』は当たり前すぎる等式なのね……。
 どうして《ザッハトルテ》なのかは疑問だけれど……。
 執筆活動に煮詰まっていた時、《WALTZ》のバイトでたまたまザッハトルテが目について、『魔王の剣、もうコレでいいか』的なコトになったのかしら?
 ……きっと、そうよ。六楼さんだって、疲弊しすぎていて思考や判断能力が鈍くなることもあるに違いないわ!
「暗黒の女神から授かった魔剣《ザッハトルテ》――魔王のザッハトルテが王子の細い身体に突き刺さるシーンとか、ゾクゾクするわよね。フフフッ」
 物凄い速さで鉛筆を操りながらビッショウ様が妖しく笑う。
 王子って魔王と闘った際に呪いをかけられて、氷の柩だか何だかに封印されちゃうのよね。ビッショウ様はその場面のことを言ってるんだろう。
 けれど、何だか……とってもソレとはかけ離れた脳内映像が展開されているような気がするわ。あたしが深読みしすぎてるのかな?
 とりあえず、『紅蓮の鏡月』関連はあたしにはよく解らない設定や専門用語ばかりなので、無駄に口を挟まないようことにしよう。
「あたしは、やっぱりクリスマスなのでブッシュ・ド・ノエルにするわ。飲み物はジンジャーティーがいいな」
 敢えて南海の《ザッハトルテ》には触れずに、あたしは自分の注文を六楼さんに告げた。
 六楼さんが軽く頷き、視線を山梨くんへと流す。
「え、みんなフツーにケーキ食べるのかよ? つーか、ルイは?」
 六楼さんに目顔がオーダーを促された山梨くんは、不思議そうに目をしばたたいた。
「ルイは――って、まだ降りて来ないわよ。それに《WALTZ》に来たのに、美味しい兜塚スイーツを食べなくてどうするのよ?」
《WALTZ》初体験の山梨くんは珍しく緊張している上に、頭の中はルイさんで埋め尽くされてるみたいだ。
 でも、あたしは食べるわよ、ブッシュ・ド・ノエル!
 兜塚さんの愛と夢がぎっしり詰まってるに違いないんだからっ!
「二階で接客してると思うから、降りてくるのは三十分後くらいかな? この洋梨タルトは後でルイに食べさせるし、折角だから山梨さんも何か頼めばいいんじゃないですか?」
 六楼さんが流暢な仕種でお洒落なメニュー表をスッと山梨くんの前に差し出す。
「んー、じゃ、オレ、ダンディケーキとカフェモカ。あと、お任せで百個くらいテイクアウトでお願いします」
 メニューに視線を落とした山梨くんが、妙に真摯な面持ちで告げる。
「えっ!? 百個って――まさか、ルイさんにプレゼントする気なの!?」
「や、流石にソレはない。《WALTZ》なんて滅多に来られないし、どうせだから明日、現場に差し入れする」
 六楼さんの手にメニューを戻しながら山梨くんが彼独特のセクシーボイスでサラリと告げる。
 ……何か今、物凄く芸能人っぽかったわね。
 ああ、あまりにもお馬鹿な発言とかやらしい妄想爆発すぎて、どうしてもすぐに忘れてしまうけど――スーパーアイドルだったわね、この人。ホントに今日、何度再確認したのかしら、あたし……。
 ってか、百個も頼むなら前もって予約しておきなさいよっ!
 お店に迷惑かかるでしょうがっっ!!
「ありがとうございます」
 あたしの懸念とは裏腹に、六楼さんが爽やかに一礼する。
「アレ、百個も大丈夫なんですか、六楼さん!?」
「うん、何だか、山梨さんが来てから兜塚さんの漲り方が半端ない。十時回ったのに、あの人、まだケーキ焼き続けてるからね。十二時の閉店までには、余裕で百個くらい出来るよ。もしかしたら、山梨さんのファンなのかな、兜塚さん?」
 六楼さんが苦笑混じりに首を捻る。
 兜塚さんはウチの大将と同類――と。
 まさか、厨房で『青春ボンゴレ』を大音量で流してたりは……しないわよね?
「それが事実だったら光栄だけど――世界のトシ・カブトヅカが何で男のアイドルに!? まっ、いいや。オレ……後で挨拶に行ってくる。あ、もちろん邪魔じゃなかったらだけど」
「邪魔になるどころか、喜ぶと思いますよ。――じゃあ、ちょっとオーダー伝えてきます」
 六楼さんが身を翻そうとした瞬間、
「あっ、待ってイサヤくん――ちょっと身体の線が細くなったんじゃない?」
 ビッショウ様がピタリと鉛筆を止めて、鋭い眼光を彼に向けた。
 えっ、ビッショウ様、もしかして六楼さんをせっせと描いてたのっ!? 
 着衣しているのに、その中に隠されている輪郭まで視えるのかしら?
 ――あれ、でも、よく見るとホントに頬の辺りも以前よりシャープになってる気がするわ。鋭利な雰囲気もカッコイイけれど、急激に痩せるのは心配だわ。
「二日前まで修羅場だったので。ようやく締め切りから解放されたんですよ」
 六楼さんが思い出したくもなさそうに渋い声音でボヤく。
 大学に《WALTZ》に執筆活動――六楼さんって、かなり多忙な毎日を送ってるのよね。
「それって、もしかしなくても『グレキョ』最新刊のコトですかっ!?」
 鼻血を綺麗に拭い終えた南海が、噛みつきそうな勢いで六楼さんに問いかける。
「んー、ああ……まあ……年明け第一弾です」
「シリーズ第十作目は、上下巻同時発売なんですよねっ! うわぁ、こんなにギリギリまで六楼さんが身を削って、王子と魔王と勇者のアレコレを書き上げてくれたなんてっ! わたし、絶対激しく萌え悶えますからっっ!!」
 南海の鼻息がまたしても荒くなる。
 萌え悶えなくてもいいし、声が大きいわよっ!
 六楼さんが『紅蓮の鏡月』の作者だってコトは、このテーブルの人間とルイさん以外は知らないんだからねっ! 少しは自粛してよ、南海っ!
 それにしても、あの奇妙なBLファンタジー、もうシリーズ十作目までいってるのっ!?
 元々腐女子人気は高かったらしいけど、映画の効果というか山梨人気というか、山梨くんとルイさんのスキャンダラスな恋愛事情とか――色々な要素が絡まり合って、更に人気も知名度もアップしちゃったのよ。
 腐女子界だけじゃなくて一般層にまで一気に広まったから、『紅蓮の鏡月』は出版社や六楼さんの予想を遥かに超えてブレイクした。今では止めたくても止められない状況らしい……。
「……ありがとう、南海ちゃん」
 六楼さんが複雑な笑みを浮かべ、改めて背を返しかける。
 と、そこへ――
「わっ、ホントに山梨くんだッ! スッゴーイ!」
 唐突にピンクの物体が出現した。



クリスマスはとっくに終わりましたが、こちらの完結は年を越えそうです(;´▽`A``
今しばらく妄想におつき合い下さいませ。

 
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2010.12.26 / Top↑
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