ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 あたしが己の失態にショックを受けている間に、トーリくんはちゃっかり山梨くんの手に『紅蓮の鏡月』九巻とサインペンを押しつけていた。
「サイン下さい、山梨くん」
 極上スマイルを山梨くんに向け、トーリくんが澄んだ声でお願いする。
「――えっ? オレッ!? いや、ちょっ……それは――」
 山梨くんは困惑気味に手渡された『紅蓮の鏡月』とトーリくんの笑顔を見比べている。
 そりゃ困るわよね。今はプライベートで遊びに来てるんだし、一人にサインしたら他の人に求められた時に断れなくなるしね……。
 それ以前に、トーリくんには《WALTZ》で働いている自覚があるのかしら?
 スタッフが誰よりも先に山梨くんの顔を拝みに来た挙げ句、満面の笑顔でサインを強請ってどうするのよっ!?
 そこは誰よりも自重しなきゃいけないんじゃないの!?
「僕、小学生の頃から山梨くんの大ファンなんです。だから――お願い、山梨くん」
 面と向かってせがまれたら拒みきれないような愛らしい声と笑顔で、もう一度トーリくんがアタックする。
 大抵の人間はトーリくんの可愛らしさには抗えないと思う。
 けれど、トーリくんが対峙しているのはスーパーアイドルでありルイさんにゾッコンラブな山梨くんだ。今の山梨くんにはルイさん以外の男も女も眼中に入らないだろう。
 なので、山梨くんはトーリくんの微笑みに悩殺されることもなく、相変わらずほろ苦い表情で軽く眉根を寄せていた。
「あー、サイン自体は事務所に怒られるワケじゃないからイイんだけど……。コレ、『グレキョ』だし……何て言うか、オレがサインするのも違和感があるっていうか、おこがましいっていうか――」
 山梨くんがチラリと六楼さんに視線を流す。
 六楼さんは恐ろしいほどのポーカーフェイスでそっぽを向き、山梨くんと目を合わせないようにしていた。
 ……ああ、そうよね。山梨くん的には著者である六楼さんを差し置いて、自分が『紅蓮の鏡月』にサインをしてしまうことにちょっとした罪悪感を覚えるのね。
 六楼さんは、そんなコトちっとも気にしないと思うけど。寧ろ自分が『冬敷和魔』だとバレるのを阻止するためなら、山梨くんにはどんどんサインを書いてほしいはずよ。
 それにしても、トーリくん……『山梨くんが来るかもしれない』って仮想はするのに、どうしてそこで『紅蓮の鏡月』原作を差し出すのかしら?
 普通は山梨くんのCDとかDVDとか写真集じゃないの?
 もしかして、山梨くんファンである上に『紅蓮の鏡月』ファンでもあるのかな?
 まあ、あたし的には六楼さんがあのへんてこりんなBLファンタジーの作者だとバレなければ、トーリくんが何にサインしてもらおうと一向に構わないけれど。
 アレを書いているのが理知的でストイックなイメージのある六楼さんだと知ったら、《WALTZ》のスタッフたちは仰天するんじゃないかな?
 ルイさんやトーリくん以外のスタッフが『紅蓮の鏡月』を読破しているとも思えないけど……。


「まあ、一応実写版の映画に出てるし――サインしてもおかしくないよな」
 六楼さんが完璧にスルーを決め込んでいると、やがて山梨くんは小さな溜息を一つ零した。それから何かを吹っ切ったのかのように、『紅蓮の鏡月』の表紙にペンを走らせる。
「あ、『トーリくんへ』って、ちゃんとハートマークつきで書いてね、山梨くん」
 トーリくんはニコニコ顔でサインをする山梨くんの手元を眺めている。
 山梨くんが眼鏡越しにチラとトーリくんを見上げ、無言で首肯する。
 そのさり気ない仕種が妙にセクシーに感じられて、あたしは思わずドキッと胸を弾ませていた。
 アレ? 今更だけど、山梨くんて口さえ開かなければ、かなりのイロオトコなのね!
 ルイさんも喋らなければ超絶綺麗なお兄さんだし――ホントに並ぶと絵になる二人だわ。
 あくまでも何も発言しなければ――の話だけどね……。
「はい、どうぞ」
 サインを書き終えた山梨くんが『紅蓮の鏡月』をトーリくんの手に返す。
 隣にいるあたしには表紙に綴られたサインがバッチリと見えた。それは手抜きじゃなくてちゃんと丁寧に書かれたもので、しかも意外にも流麗な筆致で――あたしはまた山梨くんの新たな一面を垣間見た気がした。派手な見た目や言動ゆえにチャラそうに見られがちだけど、噂されるほどオレ様でもファンサービスが悪いワケでもないのね。
 それとも、ルイさんに出逢ってから変わったのかしら?
 ルイさんの口の悪さもたまには役に立つってコト?
 ――あっ、こんなコト言ったらルイさんフリークの怒りを買うわね。一応補足しておくけれど、決してルイさんをケナしてるワケじゃないわよ!
 あたしだってM市の女子として、ルイさんのコトは大好きだもん!
 あの端麗な顔からは想像もできないほど明け透けに物を言う――その素晴らしすぎるギャップがルイさんの魅力を増幅させていることは間違いない。
 ただ、あまりにもストレートな発言&男らしい物言いをするので、喋るルイさんに初めて遭遇した人は驚かずにはいられないみたい。かく言うあたしも未だにビックリさせられるコトがあるけど……。
 ボンヤリとそんなことを考えていると、あたしの眼前でトーリくんが山梨くんの手をギューッと両手で握り締めた。
「わーい! ありがとう、山梨くん! やっぱり山梨くんのコト大好きだな! この『グレキョ』大切にするね、僕!」
 トーリくんは愛らしい顔にとびきりの笑みを咲かせる。
 小学生の頃から山梨くんに憧れた話が事実なら、かなり嬉しい出来事よね。スーパーアイドルの肉声を間近で聴けて、更に自分にだけ視線を注いでくれるなんて滅多にないだろうし。
 熱烈な同性ファンは珍しいのか、山梨くんはちょっとだけ照れ臭そうな微笑を浮かべていた。
「よし、サインも貰ったし、もう山梨さんに用はないな、トーリ」
 中々山梨くんの手を離さないトーリくんを見て、六楼さんが僅かに口元を引きつらせる。
「仕事しろ。ルイだけじゃなくてトーリのファンにまで逆恨みされたら、山梨さんに物凄く迷惑がかかるんだからな」
 六楼さんが手早くトーリくんを山梨くんから引き剥がす。
「ええっ、もう少し山梨くんと喋りたいのに! 訊きたいコトいっぱいあるんだよ、僕! あのルイさんと普段どんな会話を交わしてるのか、どんなベッドで寝てるのか、寝る時はやっぱり腕枕してるのかな、ルイさんって二人きりの時は山梨くんのコト何て呼んでるの――とか、すっごく気になるんだけどっ!」
 山梨くんのサイン入り『紅蓮の鏡月』をお腹のポケットに大事に仕舞いながら、トーリくんが猛抗議する。
 ……何なの、そのピントがズレた質問?
 アイドルに対する好奇心じゃなくて、ただの野次馬よ、トーリくん!
 それに、山梨くんじゃなくてルイさんに訊けば済む話じゃない? 
「山梨さんの芸能活動に何にも関係ないだろ。完全にプライベートな質問だからな、ソレ。――ってか、ルイに足蹴にされたくなかったら、そういう類の疑問は心の中だけに秘めておけよ」
 六楼さんが呆れ混じりに注意し、ウサギの格好をしたトーリくんを容赦なく山梨くんから引き離す。
「ああ、それならビッショウ様の同人誌に克明に描かれてるわよ、トーリくん」
 南海が楽しげに笑いながらドサクサに紛れてとんでもないコトを口走る。
 いや、ソレは真実じゃなくてビッショウ様の妄想創作でしょ!
「山梨くんのベッドルームは凄いわよ。キングサイズの超高級ベッドに、天井一面にプラネタリウムも上映できる高性能プロジェクターとか、ルイルイと色んなコトをするためのカウンター付きミニバーとか、同じくルイルイとアレコレするためのイタリア製の超豪華なソファとか――」
 フフフフ、とビッショウ様が不気味な笑い声を立てる。
 何ですか、そのハイクラスなベッドルーム……?
 ルイさんをジョナるために無駄に高級品が設えられてるのは、気のせい……よね?
「うわっ、何でそんなに詳しく知ってんだよッ!? 怖えーな! ルイの持ち物にカメラ仕込んでる――とか、マジそーゆーのは止めろよッ!」
 山梨くんが恟然と目を瞠る。
 ああ、そう……否定するどころか、事実なのね。
 山梨くんとルイさんがベッドに寝転がって一緒にプラネタリウムを観てる和やかな姿とか、これっぽっちも想像できないんですけど……?
「観なくても、雑誌のインタビューとかラジオの発言から大体解るわよ。山梨くんが寝るときは基本半裸で時々全裸になることとか、身体を洗う時は必ず左胸からとか、腰と臀部の境目辺りにステージから落ちた時のセクシーな傷痕がある、とか……。フフッ……フフフフッ」
 ビッショウ様の意味深な笑いが続く。
 やっぱり、この人只者じゃないわ! 毎日スケッチと同人活動に励んでいるのに、山梨くんが載ってる雑誌やラジオまで隈無くチェックしてるなんて、凄すぎる!
 一体、いつ寝てるの? もしかしたら山梨くんより超多忙なんじゃないの、ビッショウ様って……。
「ホラ、だから、おまえの存在と発言はお嬢様方の妄想の糧になるから――邪魔だって言っただろ。カウンターから店長が鋭利な視線を送ってるし、そろそろ持ち場に戻れ」
 六楼さんが一瞬カウンターに視線を流し、即座に顔を強張らせる。
 あしたも釣られて見ちゃったけど、六楼さんの言葉通り、カウンターの中では店長がお客様を相手にしながら時折鋭い眼光をこちらに向けていた。
 店長のこの危険な感じのする双眸が好きだ――っていう、お姉様方が多いのよね。あたしのようなお子様には、ちょっと近寄りがたく感じられるけど……。
 ああ、でも、店長もやっぱり男前だわ。
 この独特の雰囲気を醸し出す店長がいるから《WALTZ》はピシッと締まるし、正常に機能してるのよね。
 店長くらい静かな威圧感を放てないと、ルイさんとかトーリくんとか自由奔放すぎて仕事にならないものね……。

 ところで、店長の苗字って何だっけ?

 竜ヶ崎? 竜ヶ峰? 竜飛崎? 九頭竜? 竜造寺? 竜光寺? 竜石堂? 
 法竜院? 竜ヶ江? 竜ノ口? 竜見地? 青竜寺――?

『竜』のつく三文字の苗字だってコトはモヤッと覚えてるんだけど、相変わらず思い出せないのよね。


 ……まっ、いっか、店長だし。


 
改めまして――今年もよろしくお願い申し上げます。
新年を迎えましたが、作中では未だクリスマスシーズンです(;´▽`A``
予定をオーバーして20話くらいまでは続きそうです← 

 
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2011.01.10 / Top↑
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