ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 水鏡の私室は、城のほぼ中央に位置している。
 扉の両脇に立つ近衛に目礼すると、霖は躊躇わずに王の居室へと足を踏み入れた。
「水鏡様、何か御用ですか?」
 室内を進みながら、水鏡の姿を素早く目で探す。
 水鏡は、柔らかい天鵞絨の長椅子に半ば身を埋めるようにして横たわっていた。
 霖はチラと水鏡の右足に視線を流した。有り得ぬ方向へ折れ曲がっていた足は、正常に戻っている。不自然なところは見受けられない。霞の治癒能力で完治したのだろう。
 それでも少しばかり痛むのか、水鏡の眉間には微かな皺が寄っていた。
「紫姫魅が――天王様に叛旗を翻した」
 長椅子からゆっくりと身を起こし、水鏡が明瞭な口調で告げる。
「紫姫魅天が――!?」
 霖は素直に驚きの声を発した。
 先ほど瑠櫻から地天を襲ったのは紫姫魅天の部下だと聞いてはいたものの、まさか彼が天王にまで牙を剥くとは想像だにしていなかったのだ。
 紫姫魅が地天を襲撃したのは個人的なものではなく、天王に対する紛れもない宣戦布告――つまりは、そういうことなのだろう。
 しかし、紫姫魅が天王を裏切ったなど、俄には信じられない。
 二人の仲の良さは周知の事実なのだから……。
「そうだ。七天に『紫姫魅討伐』の命が下った。私は、奥の間で《水鏡(すいきょう)》を視なければならない」
 水鏡は真摯な眼差しを霖に向けてくる。彼女の怜悧な双眸が事の重大さを物語っていた。
「私が奥の間へ入っている間は、一族のことはおまえに任せる」
「水鏡様!?」
「《水鏡》を覗いている間は、私は夢うつつの状態だからな。とてもじゃないが、一族のことまでは気が回らない。だから、おまえにお願いしたいのだよ」
 水滸城の奥の間――そこには先視の神宝である《水鏡》が設置されている。
 代々の水天だけが扱うことを許された、未来と真実を映し出す鏡。
 水天は鏡と精神を繋げて、鏡が示すものを視る。並外れた集中力と精神力を必要とするため、鏡を覗いている間の水天は意識が飛び、放心状態に陥ってしまうのだ。
 視えた未来に対して、水天は直接関与することを許されてはいない。傍観者に徹することを定められている。だが、助言を与え、未来をよりよい方向へと導くことは可能だ。《水鏡》を覗くことは、何らかの形で必ず天王の役に立つ。
「《水鏡》を覗いている間に、不逞の輩が忍び込んできたらどうするのですか? 水鏡様といえども容易く生命を獲られてしまいますよ」
「だから、そうならないように霖に頼んでいるのだろう。――私にしかできぬのだ。天王様を護るためには、私が未来を視なければならいのだよ」
 霖の反論に対して、水鏡は諭すように静かに語りかけてくる。
 霖は憮然と片眉を跳ね上げた。
「私は、天王様のために生きているのではありません。我らが女王のために存在しているのです」
 霖が低い声音で告げると、水鏡の顔には苦笑が広がった。
「私は、七天が一人――水天なのだよ。守護闘神として天王様をお護りするのが本来の使命だ。そして、この《水の一族》を護ることもな……。おまえなら解ってくれるだろう? 霖、少しの間、おまえに城と一族を預けていいな?」
 水鏡の清廉とした声が、霖の耳に深く浸透する。
 水天は《水鏡》の一部なのだ。水天なしでは神宝もただの鏡でしかない。
 それは重々承知している。
 当代水天である水鏡以外に《水鏡》を操ることのできる人物がいないことも。
 霖は、主人に反駁することを止めて、理解を示すように一つ頷いた。
「……了解致しました。この生命に代えても我が主・水鏡様と水滸城、そして一族を護ってみせます。ですから、安心して奥の間へお入り下さい」
「ありがとう、霖」
 霖の返答を耳にした瞬間、水鏡の顔に晴れやかな笑顔を花開いた。
 主の心からの謝意を受け取り、霖は彼女に微笑み返そうとした。

 ――リーン、リーン……。

 だが、何処からともなく聞こえてきた金属音が、霖の動きを止めた。
 
 ――リーン、リーン……。
 
 耳障りの良い高音が響き渡る。
「これは……鈴の音ですか? 一体、何処から――」
 霖は室内を見渡し、小首を傾げた。
 音は確かに聞こえるのに、その発生源はこの部屋にはないようなのだ。
 水鏡にも不可思議な金属音は聞こえているらしい。
 彼女の碧い瞳は、何処か遠くに馳せられていた。
「……《地》が――震えている」
 水鏡の唇が掠れたような呟きを発する。
「水鏡様、今、何と仰ったのですか?」
「《地》が震えている――」
 もう一度同じ言葉を繰り返すと、水鏡はもっとよく音に集中するためにそっと瞼を閉ざした。

 ――リーン、リーン……。

 静寂の中に美しい玲瓏だけが漂う。
 物悲しく、そして儚い旋律――




 この日、誰の胸の裡にも暗澹とした不安が芽吹いた。
 それは同時に、静かな乱の幕開けでもあった――


     「一の章」へ続く




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2009.06.04 / Top↑
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