ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ルイさんがピアノを弾く。

 それは、一年に一度あるかないかの珍事だ。
 あ、もちろん良い意味でよ!
《WALTZ》フリークにとっては正しく奇跡――
 多分ね、常連の中でもルイさんのピアノを聴いたことがある人はあまりいないはずよ。
 あたしと南海もルイさんがピアノ前に座っている姿は、まだ一度しかお目にかかったことがない。
 一階には常にグランドピアノが設置されていて、比較的混雑していない時や気が向いた時にスタッフの誰かが突発的に弾いたりするのよ。
 自由すぎる勤務形態よね。だけど、スタッフによるピアノ演奏はお客様に大好評なので、廃止されることなく続いている。普段とは異なるスタッフの一面に触れられるので、とても新鮮な気分になるのよ。
 お金持ち学校として有名な聖華学園在籍のスタッフたちは、全員ピアノが弾ける。良家の子女としての嗜みなのかしらね? とにかく、彼らは鮮やかにピアノを弾きこなすなのよ!
 ちょっぴり意外なことにネムロックことリョースケさんもピアノが得意だ。バンド活動しているので、きっと作曲する時にキーボードとか使ってるのね。
 スタッフの中でピアノが弾けないのは、六楼さんと店長くらいなのかな?
 もしかしたら店長は弾けるかもしれないけど、立場的にアレコレ忙しいので演奏することはなさそうだ。

「えっ! ルイ、ピアノ弾いてくれるのかっっ!?」
 あたしと南海の喜びの声を聴いて、山梨くんがあたしたち以上に激しい反応を示す。
「燕尾服を着たモン様がバイオリンを弾いてるってコトは、多分あとでルイさんのピアノと合わせるんだと思うけど――」
 あたしがチラと六楼さんに視線を馳せると、彼は小さく頷いた。
 よしっ! やっぱりルイさん、ピアノを弾いてくれるんだわっ!
 ルイさんは幼少時からピアノを習っているらしいのよね。腕前も素晴らしい――って噂なのに、ルイさんが《WALTZ》でピアノを弾くことは滅多にない。
「うおっ、スゲー嬉しいな!」
 山梨くんが声を弾ませ、子供のように破顔する。
 その態度から察するに、山梨くんもルイさんの演奏を聴いたことがないんだろう。
「楽しみだな! オレ、ルイがピアノ弾くの、初めて見る! つーか、ピアノ弾いてるルイを――――ぐッ……!?」
 ニコニコ顔で言葉を連ねる山梨くんの脇腹に、あたしは本日二度目の肘鉄を喰らわせてやった。
 最後まで言わせてなるものですかっ!
 ここは美味な洋菓子と素敵な美形男子と乙女の甘い夢が詰まってる――神聖なる《WALTZ》よ!
 山梨くんの穢れた妄想を吐き出させてはいけないわ!
 どうせ、山梨くんのことだから『後ろから抱き締めたい』とか『押し倒したい』とか――そんな破廉恥な台詞しか飛び出してこないに違いないんだからっっ!!
 っていうか、あたし、山梨くんがどんな発言をするのか大体解ってきちゃったじゃない!?
 ……最悪だわ。
 あたしの『山梨和久ファン歴』は《ラブ・パラダイス》事件と同時に終止符が打たれたけれど――それでも昔は、紛れもなく憧れのアイドルだったのよ!
 南海と一緒にコンサートにだって行ったことがあるのよ! その時、胸と目頭が熱くなるくらい感動したのに――何、今のルイさん惚け状態は?
 ううん、ルイさんにゾッコンラブなのは構わないのよ。それに伴う言動が恥ずかしいし痛すぎるから、元ファンとしてやるせない気分になっちやうのよね……。
 まあ、根はいい人だから嫌いになりきれないけど。
「ってーなッ……! オレ、年末にコンサート控えてるのに、痣になったらどーするんだよ?」
 山梨くんが恨めしげな眼差しと言葉を送ってくる。
「たまには上半身裸にならないライブがあってもイイんじゃないですか?」
「脱がないオレなんて――山梨和久じゃない」
 すかさず山梨くんが真顔でキッパリと断言する。
 ……ああ、そうですか。結局、脱いで歌って踊るコトが大好きなのね、山梨くん。
 そこまで決然と言い切られると、いっそ潔すぎて素晴らしいわ。うん、見事なプロ魂ね。
 あたしが呆れ顔で無言を保っていると、
「ウチにもキーボードあるのに、ルイって触ろうともしないんだけど? あんまり好きじゃないのかな、ピアノ弾くの?」
 山梨くんは目線をルイさんの後ろ姿へ戻し、不思議そうに首を傾げた。
「アラ、ルイルイ――ピアノは気に入ってるはずよ。小っちゃい頃は毎日弾いてたもの。う~ん……アレは中三の頃だったかしら? 急に弾かなくなったわね。どうしてだろ? 特別な理由は思い当たらないけど――」
 また何やらスケッチしているらしいビッショウ様が、山梨くんの疑問に応える。中学時代を懸命に思い出そうとしているのか、ビッショウ様の眉間には皺が寄っていた。
 奇妙な間が生まれたので、あたしは何となくジンジャーティーに口をつけた。
 隣で山梨くんもカフェモカのストローを咥える。
「ああ、そうそう! 確か、あの頃――ルイルイはハジメテの相手と別れたはずよ!」
 記憶の底から何かを掘り当てたらしく、ビッショウ様が得意気に告げる。
 その瞬間、あたしと山梨くんと南海は「ブッッッッッ!!」と盛大に液体を噴き出していた。
 三人同時に仰天したのよ。
 で、でも、あたしと山梨くんは口に含んでいた飲み物だけど――南海だけはもちろん鼻血だからねっ!
 あたしと山梨くんの心は驚愕とショックを受け、南海の胸は驚喜と興奮に包まれたのよ……。
 ちょっと、ビッショウ様ったら、唐突に何をぶっちゃけてるのよっっっ!?
 そんなルイさんの過去とか生々しい恋愛事情とか――山梨くんじゃなくても知りたくないですからねっっ!!
「や、ちょっ……えっ!? アレッ? まッ……オレ、何か……耳が……ヘン――――」
 あからさまに動揺しまくった山梨くんが、言葉にならない奇声を発しながらあたふたと零したカフェモカをおしぼりで拭い始める。
 うわぁぁっっ、どうしよう!? さ、流石に山梨くんが痛々しすぎるわ!
 あたしが悪いワケじゃないけど――こ、こんな時、何て言ったらいいのかちっとも判らないんですけどっ!
「そうよね? アレは中三の頃の出来事よね、イサヤくん? 珍しくルイルイが鬱ぎ込んでた時期が二ヶ月くらいあったわよね!?」
 急にビッショウ様に確認を求められた六楼さんは、怖いくらいの素早さでパッと目を逸らした。
「――はい? いや、あの、俺――ルイの中学時代の伝説とかアレコレとか知らないですから……! うん、俺、ルイと知り合ったのアイツが高校生の時だし……!」
 六楼さんの声には焦燥が滲んでいた。実際にルイさんの中学時代を知らなくても、普段の何気ない会話から情報は得ているらしい。ビッショウ様や山梨くんと視線を合わせないのが怪しいわ。ビッショウ様が指摘したような出来事が何かしらあったのね……。
「アラ、そうだったかしら……? でも、やっぱりピアノに触れなくなったのは、アレが原因だった気がするのよね」
 ビッショウ様が更に言を連ねる。
 チラとビッショウ様に目を向けると、彼女の口元には微笑が刻まれていた。どうやら、悪い癖でまた山梨くんをからかって遊んでいるらしい。ビッショウ様って元々変わってる人だけど、気に入っている相手に対しては何でかとことんSになるわよね……。
 山梨くんをいたぶる時の双眸がとっても楽しそうに見えるもの。
 ああ、でも――もしかしたら、大好きな幼なじみのルイさんを掻っ攫われたことに対して、ジェラシーを感じてるのかな? だから、山梨くんと顔を合わせるとちょっと意地悪したくなる衝動が芽生えるのかも……。
 理由は何であれ、ビッショウ様は山梨くんで遊びたいだけで、ピアノの件と中学時代の恋人の件は、全く関係ないってコトね。
 けれど、すっかり焦燥に捕らわれてしまった山梨くんは、ビッショウ様の悪戯に勘づく余裕すらないみたいだ。瞳孔が開きかけてるわよ……。
「――ッ……うわっ……オレ、もう……目も……変……なん…だけど……」
「ピアノを弾くと当時の迸る感情や切ない想い出が甦ってくるのかしらね? ハジメテって特別だから――無意識に鍵盤に触れるのを避けているのかもしれないわ」
「いや、も、もう……聞きたく……ない――つーか、何か、心臓……スゲー痛いし――」
 山梨くんが苦痛に耐えるかのように顔を歪める。
 な、何だか今にも泣き出しそうで――あたしも見ていられないんですけどっ!
 お願いですから、もう止めてあげてぇぇっっ!!
 あたしはハラハラしながら胸中で叫んだ。
 あたしが山梨くんだったら到底耐えられないわ!
 いくら過去の出来事だからって、六楼さんの元カノとか極力顔も名前も知りたくないし、逢いたくもないものっ!
「ちょっ……オレ、トイレ……行こう……かな――――」
 半ば放心状態の山梨くんが席を立ちかけた刹那、
「スゲー面子だな、オイッ! つーか、オレが主役なのに、うっかりオレより目立ってんじゃねーよッ!」
 フワリと瑞々しい青リンゴのような芳香が漂い、純白の影が視界に飛び込んで来た。

「ルイさぁぁぁぁぁぁぁぁんッッッッッ!!」
「ルイ――」
 南海が感激のあまりに甲高い悲鳴をあげ、山梨くんが虚を衝かれたように目を瞠る。
 見ると、ロングジャケットの裾を靡かせたルイさんが颯爽と歩いてくるところだった。 テーブルの脇を擦り抜ける瞬間、ルイさんの片手がビッショウ様の髪に伸ばされ、長い指がさり気なく彼女の頭を小突いた。
 カクッと小さな頭が揺れ、ビッショウ様の不服げな眼差しがルイさんを見上げる。
 それを平然と受け止めると、ルイさんは形の良い唇に不敵な笑みを刻んだ。
 ビッショウ様が大仰に肩を聳やかし、溜息を落とす。
 どうやら、0歳から幼なじみをやっている二人は、言葉を交わさずに会話を成立させたらしい……。
 ――ん? ア……レ……?
 い、今……も、もしかして、ルイさん、山梨くんのコトを庇ったのかしら!?
 ………………ええぇぇぇっっっっっっ!?
 目の錯覚――じゃないわよね?
 いや、ルイさんの性格を考えると到底そんなコトしそうにないんですけどっっ!
 で、でも、今のは紛れもなくソレっぽい行動だった気がするわ!
 自分のことでもないのに、何故だか急激に胸がドキドキし始めちゃったじゃない!
 当事者たちは、そんな些細な変化に気づいてはいないみたいだけど――コ、コレは、ルイさんが山梨くんを意識し始めたってコトね!
 凄い進歩よ!
 出逢った頃はあんなに山梨くんのことを毛嫌いして、邪険にあしらっていたのに……。
 今のルイさんは山梨和久という存在を認識し、ちゃんと相対しているみたいだ。
 よかったわね、山梨くん!
 あたしは新たな発見に胸中で小躍りした。
 山梨くんがルイさんに告白した現場に立ち会ってしまったあたしとしては、彼の恋心がちょっとでも報われるのは素直に嬉しい。
「てめー、わざわざオレが来てやったのに何処に行く気だよ、山梨? 座れよ」
 仄かな怒気を孕んだルイさんの双眸が山梨くんを射る。
「いや、そのっ………………座る」
 腰を浮かしかけていた山梨くんは、ルイさんの眼力に気圧されたのか大人しくイスに座り直した。
 それを見届け、ルイさんが満足げに頷く。
 改めてあたしたちを見回した後、ルイさんは流麗な仕種で頭を垂れた。
「いらっしゃいませ。《WALTZ》へようこそ――」
 サラサラの黒髪を揺らし、ルイさんが顔を上げる。
 ただでさえ端整な顔には、見る者の魂を鷲掴むような鮮麗な微笑が浮かんでいた――



……やっとルイの全身(゜д゜;)
 
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2011.01.26 / Top↑
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