ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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一.暗夜


 男は仄暗い室内に佇み、じっとある一点を見つめていた。
 視線の先にはデスクがあり、その上にはデジタルフォトフレームがポツンと飾られている。
 男は陰鬱な眼差しを液晶に注いだ。
 被写体は、若き日の自分と掛け替えのない友人二人――
 青春を謳歌していた頃の自分が、他の二人と共に屈託のない笑顔をカメラに向けている様がとてつもなく懐かしく――そして、ひどく滑稽だった……。
「とうとう……魔王が覚醒する。終わらせるためとはいえ――虚しいな」
 男は銀縁眼鏡の奥でスッと双眸を細めた。
「どれが正しい道かなんて、最早我々には判らない……。だが、おまえの遺志は尊重すると約束したからな、保――」
 男は画面の中央に映る長髪の青年に昏い眼差しを向けた。
 その人物は二年前に他界している。
 男の友人であり、妻の実兄でもあった――榊保(さかき たもつ)だ。
「榊も有馬も条家も――さっさと消えて無くなってしまえばいいのにな」
 酷薄な台詞を唇に乗せると、背後で小さな物音がした。
 もしかしたら『有馬』という家名に反応を示したのかもしれない。
 神氣がユラユラと揺れ始めたのを感じて、男は静かに背を返した。
 薄闇に包まれた部屋の隅には、ベッドが一つ置かれている。その上に半裸の青年が横たわっていた。青年の顔は、デジタルフォトに映る三番目の人物と同じ顔をしていた。
「……そんな状態でも、まだ意識があるのか?」
 男はベッドに歩み寄り、青年を見下ろして僅かに眉をひそめた。
 十二年前から変わぬ姿のまま眠り続ける青年――純和風の整った顔立ちをしている。
 だが、彼の胸には幅広の太刀が突き刺さっており、両手足からは無数の管が伸びていた。管を通っている真紅の液体は、青年の血液だ。
「おまえの血から魔魅(まみ)が創られていると知ったら、神族の連中はどう感じるかな、美城?」
 答えが返ってこないことを承知で問いかけ、男は青年の整った顔を覗き込んだ。
 その昔、青年は己の分身である愛刀を自ら胸に突き刺した。
 以来、彼が目を醒ましたことは一度としてない。
 死ぬことも生きることも叶わぬ状態で、青年は微睡み続けている。
 長き間、行方不明とされている有馬家の当主・有馬美城(ありま よしき)。
 それが眠り続けている青年の正体だ。
「美しい城と書いてヨシキ――だが、おまえの真名は《美しい器》と綴るのが正しいのだろうな。おまえほど多くの神を降ろせる者は、榊の本家にもいない。おまえは……最高の《器》だった――いや、《器》になるはずだった、か……」
 男は片手を伸ばして、眠る青年の額に触れた。指先から微かな体温が伝わってくる。
「美城、おまえは人として生きることを放棄した。ならば、後任は夏生か美人しかいないだろう。おまえより劣るが、おまえの息子も神降ろしができるからな――」
 脳裏に一人の少年の姿を思い描き、男は双眼に鋭利な光を閃かせた。
 直後、青年の瞼が何かを訴えるように微細に震える。
「美しい人と書いてヨシヒトか……。息子には《人》であってほしいと、《人》であれ――と、そう願ったのか? 儚く、愚かな願いだな。おまえがどれだけ言祝ごうとも、アレは……紛れもなくおまえの血を引く化け物だ」
 男は冷徹な声音で言葉を紡ぐと、青年から視線を引き剥がし、身を翻した。
 深い深い闇の中で青年が何を想っているのかは、最早知る術はない。
 そもそも、何を嘆き何を憂いたところで、青年が目を醒ますことは有り得ないのだ。
「心配するな。神族も魔族も妖鬼族も――化け物どもを一掃したら、おまえのこともちゃんと逝かせてやる。だから、もう少しだけおまえの身体を貸してくれ、美城――」
 男は真摯に告げると、机上のフォトフレームを静かに伏せた。
 だが、網膜にはしっかりと喜びと希望に満ちた若き日の己と友の姿が焼きついている。
 男は過去の残滓を名残惜しむように、ゆっくりと一度瞼を閉ざした。
 再び瞼を押し上げた時には、男の顔からは郷愁めいた愛惜の色はすっかり消え失せている。
 闇のような双眸だけが、この世の全てを憎悪しているかのように烈々とした輝きを灯していた――


     *


巻ノ弐終了から一年ぶりの「妖鬼伝」更新です(;´▽`A``
相変わらずの不定期更新ですが、気長におつき合い下されば幸いです。

 
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2011.03.02 / Top↑
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