ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 星一つない夜だった。
 心なしか、M市南部に位置する住宅街もひっそりと静まり返っているように感じられる。
 洒落た手摺りに囲まれたベランダに立ち、少年は昏い空を仰ぎ見た。
 深夜の冴えた空気は、少年の肌を粟立たせる。
「星は……出てないのか。星術でもしようと思ったのに……」
 溜息を一つつき、少年――榊茜(さかき あかね)は、あからさまに落胆した。
 ほぼ同時に、開け放った窓の向こうから自分と同じ声が聞こえてくる。
「星術? 何を占おうと思ったの、茜?」
「あー、うん……いや、ちょっと――」
 茜は手摺りの上で頬杖をつき、己の半身に対して曖昧な返事をした。
「風邪をひくから、いい加減戻っておいでよ」
 室内から気遣わしげな声が流れてきたが、茜はその場を離れようとはしなかった。
 すると、根負けしたのか双子の兄――葵(あおい)がベランダへ姿を現した。
「解ってるよ。一条先生のことを……気に病んでいるんだね?」
 弱冠十八歳にして不可思議な能力を秘めた神族を束ねる天主(てんしゅ)は、静穏な声音をで告げ、そっと弟の肩に手をかけた。
「ん……。あんなにも簡単に死ぬモノなんだな、俺たちって」
 茜は苦虫を噛み潰したような渋い表情で頷いた。
 つい先日、魔魅に襲われて生命を落とした一条龍一の凄惨な姿が脳裏に甦る。
 ほんの短い時間ではあるが行動を共にした龍一の死に対して、不思議と憐れみの感情と幾ばくかの哀しみが胸に湧き上がってくるのだ。
 敵であるはずの存在なのに、憎みきれない。
 条家の中でも高位である一条家の魔族――その彼がいとも容易く下級魔である魔魅に生命を奪われたことが、ひどくショックでもあった。
 普通の人間と何ら変わることなく、致命傷を負えば当然自分たちも生命を失う。
 遙かな昔、神族と魔族は同じ血を分けた一族だった――と伝えられている。
 魔族である龍一に呆気なく死が訪れるのならば、自分たち神族にも同様のことが言えるのだ。
 葵や夏生――有馬家を筆頭とする血族の《死》に直面した時、茜には自分が正気でいられる自信がなかった。胸は張り裂けんばかりの苦痛と憤怒に苛まれるに違いない。
 三条風巳(さんじょう かざみ)に龍一を殺害したのは叔父である如月祐介(きさらぎ ゆうすけ)だと思わず洩らしてしまったのは、風巳の立場を己に置き換えてしまったからだ……。
 風巳がそれをどう受け止めたかは解らないが、少なくとも如月に対する憎悪の炎が掻き消されるまでは、龍一の後を追って彼が生命を投げ出すことはないだろう。
「彼の場合は……死を望んでいたんだと思うよ。――可哀想に。前世の記憶をしっかり持っていたんだ」
 葵が悄然と言葉を紡ぐ。
 一条龍一と同じく前世の記憶を持つ葵は、別の時代に龍一の身に降りかかった厄災を思い出し、胸を痛めているのかもしれない。
 葵の横顔には苦悩の影が張りついている。
 転生者には、転生した者にしか解らぬ悩みや心痛があるのだ。
 茜には、それを理解してあげることが出来ない。時折その事実が歯痒く、口惜しくもあった。
「風巳の傍にいるのは喜びであり、苦行でもあっただろうね……。僕たちは……虚しい生き物だよ。ねえ、茜、僕たちは一体何のために転生するんだろうね? 幾度となく繰り返し生を受けても――想う相手とは心を分かち合えないのに……。きっと、どんなに足掻いても、シナリオは書き換えられないように出来てるんだ――」
 自嘲気味に告げる兄を怪訝に思い、茜はまじまじ葵の顔を見返した。
 胸がチクリ……と小さな痛みを発する。
 一卵性の双子なのに、転生の話をする時の葵はひどく遠い存在に感じられて嫌だった。
「葵も……そう想ってるのか? こんなに近くに半身がいるのに――」
「双子といえども別々の個体だよ。僕は――時々茜が解らなくなる」
 フイッと葵が顔を逸らす。
 その些細な仕種にまた胸が不快な痛みを発した。
 茜は肩に添えられた双子の兄の手を強く掴むようにして身体の位置を変え、正面から葵と向き合った。
「随分、弱気だな。――どうしたんだ?」
「ごめん……。少し……疲れてるだけだと思う。茜が魔族に襲われたり、風巳が転校してきたり、二条の姫に拉致されたり――立て続けに嫌なことが起こったからかもしれない」
 葵の漆黒の双眸がゆっくりと茜へ戻ってくる。
「自分でもどうかしてると思うけれど、ここ数日……どうしようもないくらい苛々するんだ。自分に――腹が立つ。気づくと、《天晶》で自分の胸を突いたり、手首を斬り割こうかな、って本気で考えてる自分が――」
「そんなことは許さない!」
 葵の言葉を最後まで聴かずに、茜は荒々しく遮った。
「俺から離れるなんて、絶対に許さない!」
 苛烈な眼差しで双子の兄を射る。
 葵は掛け替えのない半身だ。
 彼と引き離されることなんて到底耐えられない。ましてや自害など――論外だ。
「僕たちは……何のために戦うの? 誰のために戦ってる? 天主である僕が……考えてはいけないことだけど、何のための戦いなのか――僕には判らない……」
 葵の双眸に暗鬱な翳りがよぎる。
「俺は――少なくとも俺は、おまえのために戦ってる。それだけじゃ……ダメなのか?」
「……判らないよ。魔族にだって、彼らなりの生きる理由があるのだろうし――それを僕たちが断ち切っていいのか……解らなくなってる。お父さんが生きてた頃は、こんなこと……考えなくて良かったのにね……」
 気弱な微笑を閃かせる葵を茜は咄嗟に抱き締めていた。
 思い返せば、両親を喪った二年前から表向きは榊グループの後継者として、そしてその裏では神族の天主として様々な責務を負い、皆から決断を下すことを強いられてきたのだ。
 そんな日々の積み重ねが、精神的にも肉体的にも葵を疲弊させているのかもしれない。
 そして、そんな葵を受け止め、彼の不安を取り除いてあげるのが自分の役割だと茜は自負していた。
「葵……疲れがピークに達してるんだ。少し休んだ方がいい。こんな状態が続けば、おまえの心がズタズタになっちまう」
 茜は有無を問わさず葵の身体を腕に抱き上げると、急いで部屋の中へと移動した。
 ベッドに葵の身体を横たえ、その額に軽く手を添える。
 葵の肌は通常よりも熱く感じられた。もしかしたら発熱しているのかもしれない。
 茜を見上げる双眸は精彩に欠け、昏く沈み込んでいる。
 そんな兄を見下ろし、茜は唇を噛み締めた。
 己の半身がこんなにも弱っていたなんて、一緒に住んでいるのに全く気がつかなかった……。龍一や風巳の行く末に気を奪われるよりも何よりも――葵のことを最優先して慮らなければならないのに、迂闊すぎる。
「酒、取ってくるから大人しくしてるんだぞ? 今夜は何も考えずに眠れよ、葵。大丈夫だ。すぐに寝付けるし、ずっと傍にいるから――」
 茜は愛おしげに頬を撫で、葵に微笑を向けると、アルコールを取りに行くために階下へ向かった。


 閉ざされるドアを眺めた後、葵は気怠げに瞼を閉ざした。
 すぐに瞼の裏にある映像が浮かび上がってくる。
 鮮血が飛び散っている。
 その中に青年が一人、佇んでいた。
 長い髪も鋭利な眼光を宿す双眸も、暗く冷たく――まるで闇のようだ。
 青年の周囲には凍てついた空気が張り巡らされている。
 ――ああ……目醒める……のか……?
 突如として、葵は悟った。
 ハッと瞼を跳ね上げる。
 あの男が覚醒したのだ。
 だから、自分はこんなにも無気力に――全てを投げ出したくなっているのだろう……。
 あの男が、自分の神力を奪うような勢いで現世に甦ったから、相反する性質を持つ自分は一時的に脆弱になっているのしもしれない。
「――茜……」
 葵は震えだした己の身体を何かから護るように身を丸め、きつく毛布を握り締めた。
 いつの間にか額にはびっしりと玉のような汗が浮かんでいる。
 茜はまだ戻ってこない。
「……やめろ……魔王――」
 苦悶の呻きを洩らした直後、葵の意識と唐突に闇へと向かって失墜した――


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2011.03.05 / Top↑
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