ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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     *
 
 
 M市に隣接するS市郊外には、和洋折衷の巨大な屋敷が存在していた。
 元々あった日本家屋に石造りの洋館を強引に増築させたものなので、その姿は少々異様であり、見る者に不気味な違和感と威圧感を与える。
 久我条家――S市民なら誰でも知っている資産家であり、幾人もの市議を輩出している地元の名士でもあった。
 

 久我条家の洋館の一室では、一人の少年がベッドに横たわっていた。
 寝顔を見ただけでも端整な顔立ちであることが判る。
 普段は他人を小馬鹿にしたような薄笑みを浮かべていることが多いが、少年の顔は今、痛々しげに歪められていた。
「……りゅ…………ち――」
 薄目の唇が小さな寝言を洩らす。
「……りゅ……いち…………龍一……」
 紅い唇がはっきりとした名を紡ぐ。
 それを耳にした瞬間、ベッドの傍らに立って少年を見つめていた少女は思いきり眉をひそめた。心に嫉妬が芽生える。
 眠っているのは、少女が恋心を抱く三条風巳なのだ。
「……寝ても覚めても、風巳の頭の中は龍一さんでいっぱいなのね――」
 少女――二条繭羅(にじょう まゆら)は、ベッドに片膝を乗せ、眠っている風巳の方へと身を乗り出した。
 風巳の耳朶を飾る真紅のピアスを忌々しげに見据え、繭羅は軽く舌打ちを鳴らした。
 手を伸ばして、ピアスを引き抜こうと紅玉の煌めきに指で触れる。
 転瞬、風巳の身体がビクッと大きく震え、弾かれたように瞼が開いた。


「止めろ、繭羅! ――触るなっ……!」
 眠りから醒めた途端、風巳は繭羅の手を払い除け、語気も荒く叫んだ。
 険しい眼差しで繭羅を睨めつけ、片手を素早く左耳に当てる。耳たぶにピアスがあるのを確認すると、風巳は安堵の息を漏らした。
 これだけは誰にも触らせたくない。
 自分と一条龍一とを繋ぐ唯一の代物なのだ。
 このピアスがなければ、『龍一』という存在が幻と化してしまいそうで怖い。
 一条龍一が自分の傍にいたという現実――それが喪われてしまうことが、今の風巳にとっては何よりも恐怖だった……。
 あの日、如月祐介の魔魅が龍一の身体を貫いた瞬間から風巳の刻は止まっていた。
 龍一無くして、どうして生きていると言えよう……。
 あれ以来、龍一の姿は見ていない。
 龍一に実兄である遙(はるか)に久我条家に連れてこられ、龍一がいつも耳に飾っていたピアスを手渡された。
 遙は《反魂の術》で龍一の魂を喚び戻すと言っていたが、その結果はまだ教えてもらっていない。遙ほどの魔力の持ち主なら失敗する確率も低いとは思うが……。
 ただ、未だに遙が龍一ついて何も伝えに来てくれないことがもどかしく、焦燥と不安ばかりが募る。
 久我条家を訪れて以来、風巳は煩悶とした日々を送っていた。
「……何よ、龍一さんなんて遙様の弟というだけじゃない? わたしは二条の姫で、あなたは三条家の跡取りよ。一族の決定で、いずれ風巳とわたしは結婚する――強い能力を持つ子孫を残すためだもの。当然よね」
 繭羅が嫌な言葉を吐き出しながら、ひどくゆっくりと風巳の上に覆い被さってくる。
 肩の上で前下がりに切り揃えられた艶やかな黒髪がハラリと落ち、風巳の頬をくすぐった。
「そんなこと、俺は認めてない。おまえと結婚するなんて、一生お断りだ」
 風巳は冷ややかな眼差しで間近に迫った繭羅の顔を見返し、フンッと小さく鼻を鳴らした。
「おまえと結婚するくらいなら、他の女とするさ。……葵の妹なんてどうだ? おまえより美人だし、能力も高いし――魔族と神族の混血が産まれるのも面白いだろ?」
 わざと挑発するように告げたのに、繭羅は動じた様子もなく風巳の首に手を伸ばして絡みついてきた。
「……わたしだって、強制的に結婚させられるのなんて御免だわ。でも、あなたのことは好きよ、風巳。あなたは強くて、綺麗だもの――」
 繭羅の唇がゆっくりと風巳の唇に重ねられる。
 温かく柔らかな唇だが――それだけだった。
 何の感慨もなければ、もちろん愛おしさなど湧いてくるはずもない……。
 繭羅が深く口づけてくるほどに、風巳は醒めた気持ちになる。だが、感情とは裏腹に若い身体は繭羅の愛撫や白い肌に反応し始めていた。
 風巳は片手を伸ばして繭羅の髪に指を差し入れると、躊躇わずに彼女の細い肢体を抱き寄せた。
 遠くで『遙様っ!』という叫び声が聞こえた気がしたが、それはすぐに繭羅の熱烈な口づけによって掻き消された――


     *


M市の隣はS市になりました(笑)
 
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2011.03.09 / Top↑
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