ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 久我条家の当主――久我条蓮(くがじょう れん)は、洋館から日本家屋へと続く渡り廊下を大股に歩いていた。
 二十二歳になったばかりの青年は、切れ長の鋭い瞳で辺りを注意深く探り、日本家屋の方からやってきた使用人に訊ねた。
「遙様は?」
「奥の間におります」
 使用人の簡素な返答を聞くなり、蓮は更に先を急いだ。
 唐突に洋館が終わりを告げ、木目の美しい日本家屋へと切り替わる。
 蓮は長い縁側をひたすら進み、突き当たりの部屋の前で足を止めた。
「――遙様、蓮です」
 一声かけてから静かに襖を開く。
 薄明るい和室の中に求める人物がいた。
 一条遙――魔王が降臨していない今、現世の魔族を束ねている条家筆頭一条家の当主だ。
 遙は窓際に敷かれた布団で、上体を起こしていた。
 腰まである豪奢で長い金髪がパッと目につく。
 蓮に向けられた双眸は、深い海のような煌めきを放っている。
 遙の背からは純白の翼が生えていた。
 本来の姿を惜しげもなく晒している遙を目の当たりにして、蓮は眩しげに目を眇めた。
 遙の美しい姿は、まるで天使のようだ。
 これで魔物だというのだから――信じられない。同じ魔族であるはずなのに、遙は何処か神々しくて、思わず見惚れてしまう。
 前世で魔王が遙を寵愛していたのも頷ける。
「何者かが屋敷に忍び込んだと聞きましたが――お怪我はありませんか?」
 蓮は室内に足を踏み入れると、真摯な声音で遙に問いかけた。
 つい先刻、部下から襲撃者があったことを報されたばかりなのだ。敵は、遙が滞在している日本家屋へまっしぐらに向かったのだという。明らかに遙が目的だったのだろうし、容易く屋敷に侵入されてしまったのは久我条家の警備の至らなさ――延いては、当主である蓮の落ち度だ。
 遙を護ることが蓮の使命だ。
 彼を傷つけられることは、蓮の矜持が許さなかった。
 敵襲の連絡を受けた蓮は、仕事を部下たちに任せて、慌てて屋敷に戻ってきたのである。遙は無事だと報告を受けてはいたが、自分の目で確かめなければ気が治まらずに、こうして部屋を訪ねてきたのである。
「大丈夫です。忍んできたのは、第三勢力のようでした。突然の襲撃で対処するのに少々手間取りましたけど――私は肩を少々痛めただけで大事ありません」
 蓮の申し訳なさそうな表情を見て、遙が柔らかい微笑みを浮かべる。
「それより――風巳は大人しくしていますか?」
 遙の美麗な顔にフッと翳りが射す。
「はい。時折うなされるようですが、それ以外は傍目には普通に振る舞っているように見えます」
 蓮は淡々と述べた。
 別館で預かっている三条風巳は、一条龍一を失った痛手からは回復していない。だが、とりあえずは食事もちゃんと摂るし、比較的睡眠もとれている。気が向けば、二条繭羅と戯れてもいるようなので、生命活動自体が危機に瀕している状態ではなかった。
「そうですか……。私の……龍一が先の襲撃で攫われてしまいました……。《反魂の術》で甦ったばかりで弱っていましたからね……。第三勢力は、我ら一条の肉体に興味があるのかもしれません……。私の過失です」
 遙が形の良い唇を噛み締める。折角蘇生させた弟を掻っ攫われ、口惜しいのだろう。
 蓮はそんな痛々しい遙を慰めるように、そっとその肩に手を置いた。
 遙の蒼き瞳が蓮を見上げる。
「このことは、風巳には内密に。龍一は私が必ず取り戻します。今の風巳には、余計な心配をかけさせられない――」
 静かに己の意志を告げ、遙は上半身裸の背に翼を仕舞い込んだ。
「解りました。ですが、遙様が自ら動かなくもよいのではありませんか?」
「……いいのです。魔王様が一度覚醒したようです。なのに、私にはまだ――あの方を迎えに行く勇気がない。正直、逢わないなら、それでも構わない――とさえ思うのです」
「何故です? あなたは魔王様のお気に入りで――」
 蓮が不思議そうに訊ねると、遙は寂しげな微笑を浮かべて首を横に振った。
「私は……前世などどうでもいいのです。ただ、今生では……龍一を不幸にさせたくない。私は……龍一が妹であった時代から、一度としてアレの幸せな姿を見ていない気がするのです。だから、せめて今生では幸せになってほしい、と願うのは――愚かなことなのでしょうか? 私は、前世にも――あの方にも縛られていたくはないのです」
 静穏な口調で遙が言葉を紡ぐ。決して声を強めたりしないが、遙の言葉には彼の切実な想いが込められている気がした……。
 蓮は戸惑いを隠せずに、無言で遙を見つめていた。
 まさか遙が己の胸中を晒すなど想像だにしていなかったのだ。
 蓮の困惑を感じ取ったのか、遙は自嘲の笑みを湛えると布団に横たわった。
「今夜は少し疲れました。もう眠らせてもらいます。蓮も早く休むといい――」
「……はい」
 遙の細い肢体に毛布を掛けながら蓮は頷いた。
 金の髪に縁取られた秀麗な顔は、常よりも青ざめている。
 遙はよほど疲弊していたのだろう。五分も経たないうちに、寝息が蓮の耳に届けられた。
 蓮は遙を起こさないように慎重に立ち上がった。
「絡んだ糸を断ち切ることには、オレも賛成です。ただ、そのために遙様が犠牲になるのは間違ってる――そう思うのは、つき合いの長いオレだけの感傷……なのかな?」
 蓮は自嘲の笑みを閃かせると遙の金髪を指で掬い、名残惜しげに髪に口づけてから部屋を後にした――



     「二.幻夜」へ続く



 
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2011.03.27 / Top↑
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