ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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二.幻夜



 ――寒い。
 一条龍一は、寝台の中で己の身体を両腕で抱き締めた。
 頭が痛い。
 全身にも痺れを帯びたような鈍痛が蔓延している。
 今が何時なのか、ここが何処なのか――全く見当もつかない。
 ただ、ベッドに寝かされているということは辛うじて理解できた。
 右腕に小さな痛みと金属の感触があり、微かな血の匂いが鼻を掠める――
 周囲は闇に包まれているので詳細は把握できないが、どうやら自分は輸血されているらしい。
 主である三条風巳を護るために、龍一は一度生命を喪った。
 魂が完全に《器》から剥離されたのだ。
 現世(うつしよ)を離れ、黄泉路を進みかけた時、急激に魂が金色の輝きによって吸引され、再び光溢れる世界へと連れ戻されたのだ。
 己の魂が今一度《器》である肉体へ定着されられたのを朧に覚えている。
 兄である遙が《反魂の術》を施したのだ。
 かなり魔力を有する荒業なので遙の消耗も激しく、甦った瞬間に目の当たりにした兄の顔は驚くほどに蒼白だった。それでも兄は、蘇生した龍一を見て心底嬉しそうに微笑んでくれたのである。
 己の生命を削ってまで自分を救ってくれた兄には、言葉には表せないくらい感謝の念と愛情を抱いている。
 兄のおかげで自分はまた風巳の傍にいることができるのだから。
 だが、蘇生後は肉体と魂の結合が不安定であり、落ち着くまで風巳に逢うことは許されなかった。久我条邸で体力と魔力が回復するのを大人しく待ち、数日後には無事に風巳に再会できる予定だったのだ。
 なのに、邪魔が入った。
 何者かが久我条邸に忍び込み、衰弱して闘えぬ龍一を拉致したのだ。自分を襲った相手がここへ龍一を寝かせ、生かしておくために輸血紛いの行為を続けているのだろう。
 ――寒いな……。
 龍一は身体を震わせ、眉根を寄せた。己の体内に流れ込んでいる血液は温かいのに、肉体そのものは得体の知れ名ぬ寒気に見舞われている。
 ――血の効力なのか……?
 右腕に刺さる注射針を抜こうと左手で掴むが、特殊な術でもかけられているのか針は龍一の肌に食い込んだまま微動だにしない。
 ――何……だ……? 魔力が……不足しているのか? 一体、何の……何者の血を私に入れている……?
 龍一は唇を噛み締め、断続的に襲ってくる寒気に耐えた。
 頭痛も酷ければ、喉も苦しい。奇妙な嘔吐感まで込み上げてくる始末だ。
「……風巳……さま――」
 呼吸の儘ならぬ喉から声を絞り出す。
 脳裏には大切な主の姿が浮かんでいた。彼はきっと龍一の死に責任を感じ、自己嫌悪と後悔に苛まれていることだろう。
 早く蘇生した姿を見せて安心させてあげたいのに、今はそれすらも到底無理な状況下にあるらしい……。風巳の不安と己に対する怒りを一刻も早く取り除いてあげたいのに――主の役に立てぬ自分がひどくもどかしかった。
 闇の中、身体を丸めて寒気に耐えていると、程なくしてガチャガチャという鍵を解く音が聞こえてきた。

 ゆっくりとドアが開かれ、何者かの気配が生じる。
 同時に照明が灯されたので、龍一は突然明るくなった世界に両眼を細めた。気怠い身体に何とか寝返りを打たせ、ドアの方へと顔を向ける。
 こちらへ歩み寄ってくる人物を認識して、龍一は不快のあまりに顔をしかめた。
 嫌悪感の塊のような男が自分を見下ろしている。
 如月製薬の若き社長――如月祐介だ。
 風巳を攫い、龍一を死に至らしめた忌むべき魔魅遣いだ。
「気分はどうだい、一条龍一くん?」
 如月は酷薄な笑みを浮かべ、スッと片手を伸ばしてくる。その手が額に触れた瞬間、虫酸が走り、龍一は反射的にその指先から顔を背けていた。
 そんな龍一の様子を見て、如月は愉快そうに唇の端をつり上げた。今度は両手で龍一の肩を掴み、横を向いていた身体を仰向けにする。
「随分と弱ってるな。魔力のコントロールが出来ずに、髪が伸び放題だ」
 冷ややかな眼差しが龍一の髪や顔を見分する。
 わざわざ指摘されずとも自分が疲弊しているのは解っている。常日頃は魔力で変化させている金髪は、制御が効かずにベッドから垂れるほどに長く伸びいてた。
「汗も酷いし、辛そうだな。寒気はしないか?」
 如月の指が頬にかかる黄金の髪を払い、そのまま首筋を軽く撫でる。
「……気分は最悪だし、寒気もする」
 龍一が渋面で応じると、如月は満足げに冷笑を閃かせた。
「顔も真っ青だな。この分だと、吐き気もしてるだろ? ――なるほど、美城の血は一条の者には妙薬であると同時に毒でもあるのか」
「――ヨシキ? 何をした? 私を……どうするつもりだ?」
「ああ、君は生きた実験台だよ。魔族の能力はまだまだ未知数だからな。殊に、一条家の連中は謎に満ちてるからね。裏切り者の堕天使さん」
 如月がわざと茶化した調子で嫌味を放つ。
「きっ……さまっ……!」
 龍一は憎悪を込めた双眸で如月を睨めつけた。
 如月が何を揶揄しているのか即座に理解できた。
 一条家の始祖は《神族》なのだ。
 だが、遙かな昔に魔王の味方についたことで堕天と化した。
 堕ちたのだ、神から魔へ――
「黄金の髪に瞳――天主よりも神々しい形(なり)をして、中身が魔族だとは笑わせる。君のお兄さん――いや、あの時は絶世の美女だった記憶があるから……《お姉さん》だったのかな? とにかく、アレが過去世で天主を裏切らなければ、決着は疾うについていたはずなんだがな……。保が死ぬこともなかったと思わないか?」
 如月が平淡な口調で言葉を連ね、龍一の髪を力任せに掴んだ。そのまま強引に顔を上げさせられる。
「――つッ……! 先代天主は……貴様が殺めたんだろッ……!?」
 力の入らぬ上半身を無理矢理引き起こされ、龍一は全身が軋むような悲鳴を上げるのを感じた。痛みに堪えながら、榊茜と共に有馬家を訪れた時のことを思い返す。
 確か、保というのは榊兄妹の実父であり、数年前に事故死していたはずだ。そして、本当は事故などではなく裏で如月が殺害を企てた――というのが真相であるらしいのだ。
 だが、如月の口振りからして彼は手を下していないようにも感じられる……。
「ああ……保は私が殺したんだったな……」
 フッと如月の双眸が何処か遠くを眺める。哀愁のようなものが彼の顔をよぎった。
 しかし、それはほんの一瞬の出来事で、如月の顔にはすぐにいつもの冷酷さが戻る。 
「だが、今は――どうでもいいことだ。折角、一条の貴重な身体を手に入れたんだ。存分に楽しませてもらわなければな」
 髪を掴む手に力が加わり、残忍な光を宿す眼が龍一を射る。
「魔族と神族の狭間をたゆたう一条の神秘を明かすのは、面白そうだな。何を何処まで切り刻めば、君たちの肉体は自己再生不可能になるのかな? 劇薬の耐性とかも色々と試してみたいね。本当は君の美しい兄上様を攫ってきたかったんだが、流石に彼は強くてね。弱っている君を連れてきたわけだ。でも、心配することはない。すぐに兄上様も連れてきてやるさ。君を餌にね――」
「よせっ……! 兄上には手を出すなっ!」
 龍一はキッと如月を睨み上げた。如月のサディスト振りは有馬家で目にしている。大事な兄を残酷な実験の餌食にさせたくはなかった。
「できないね。彼は、魔王のウイークポイントだ。だから、一条遙は何としても手に入れておきたい」
 如月に冷たくあしらわれ、龍一は唇を噛み締めた。
 抵抗や反論をしたくても、寒気や嘔吐感や痛みで身体を自由に動かすことができない。本来なら武器になるはずの髪すら操れなかった……。
「フッ……憐れだな。指の一本もロクに動かせないのか?」
 龍一の心を見透かしたように、如月が冷笑を湛える。
「貴様が……神族の血を流し込んでるからだろっ……!」
 龍一は右腕から伸びる点滴のチューブを目で追い、小さく舌を鳴らした。
 自ら望んで血を啜る分には、極上のエナジーと化す神族の血液。だが、一条家の者に限り、過度の摂取は自らの生命を危険に晒すことになるのだ。
「ほう、神族の血だと判るのか? 君たち一条の者にとって神族の血は麻薬のようなものなんだな。軽く啜ると甘美な陶酔感をもたらすくせに、大量に体内に取り込むとすぐにバッドトリップする。仲間を裏切った代償なのか罪悪感なのか――かつてはその身に流れていた神の血に激しい拒絶反応を見せ始める。皮肉なものだな」
 如月が掴んでいた龍一の髪を乱暴に引き、顔を横に向かせる。
 視線の先には、隣の部屋とを隔てる襖が存在していた。
 如月がパチンと指を鳴らすと、襖が独りでにスーッと開く。
 広い隣室にはこちらと同じくベッドが設えられており、そこに一人の青年が横たわっていた。青年の胸には日本刀が突き刺さっている。なのに、彼の胸はしっかりと上下し、生きていることを証明していた。
 青年の両手足からは、夥しい数の管が伸びている。その中の一つが龍一の右腕へと繋がっていた。
「あの顔は……確か……行方不明の有馬家当主――」
 記憶の底から神族に関する情報を引っ張り出してきた龍一は、該当する人物に行き当たり、ハッと息を呑んだ。
 榊家の最大分家である有馬家――正式な当主はもう随分も前に消息が絶えていたはずだ。
 不思議なことに青年は、行方知れずとなった当時の姿のまま眠りに就いていた……。
「そう、榊の直系にかなり近い血だ。君に抵抗する力を与えず、生かし続けておくためには、最適な血だろう。しばらく、苦痛に顔を歪めながら悶える君の姿を眺められるのかと思うと、心が躍るよ」
 如月がクックッと喉を鳴らし、龍一の髪を掴んでいた手を乱暴に離す。
「――ッ……!」
 枕に打ち付けられた後頭部からまた鈍い頭痛が広がる。
「神族の貴き血に酔い、堕天と化した一族を呪いながら、早く愛する兄上様が助けにきてくれることを祈るんだな。まあ、その時は、君の兄上が君以上の責め苦を味わう羽目になるわけだが――」
 如月がもう一度薄笑いを浮かべる。
 全身を蝕む激痛と寒気に耐えきれず、龍一は呻いた。
 意識が混濁し始め、脳裏では兄や風巳や榊一族の姿が脈絡もなく浮かんでは消える。
 完全に記憶が飛ぶ寸前、龍一は如月の双眸が冷たい憎しみの炎を灯すのを見た――


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2011.03.30 / Top↑
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