ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ピコンッ、と誰かが接触してきたことを示す小さな電子音が耳をくすぐる。
 氷上遼(ひかみ りょう)は、反射的にキーボードを叩く手を止めていた。
 リビングに愛用のノートパソコンを持ち込んでから約二時間――今日の講義をワープロソフトでまとめる作業を行っていた。途中でどうしても飽きがくるので、オンラインゲームにも接続していたのである。顔を知らないネット住民たちとのコミュニケーションは、勉学の合間のいい気晴らしになるし、意想外の刺激をもたらしてくれることもある。
 遼はワープロソフトを最小化し、替わりにオンラインゲームの画面を最大化した。
 直ぐさま、画面いっぱいに架空の世界地図が広がる。
 遼が今アクセスしているのは《鏡月魔境》というゲームだ。
 ゲームに登録した時点でプレイヤーは小さな国を与えられる。出逢った相手と闘って勝てば国土が増えるし、負ければ当然領地は相手に没収される。ひたすら闘い続けるだけの単純な国盗りゲームだ。
 万が一、国を喪っても他のプレイヤーの協力者になったり、海賊や商人や傭兵、情報屋など様々な形で《鏡月魔境》の世界を堪能することができる。
 要は、ネット上で知り合った者同士のコミュニケーションツールなのだ。
 もちろん本気で国盗り合戦に躍起になっているプレイヤーも多数存在している。だが、たとえ国盗り合戦から脱落したとしても何らかの形でゲーム世界に留まり、仲間たちと共に冒険することが可能なのである。
 プレイ開始後すぐに自国を奪われた遼だが、それ以後は何処の勢力にも属さない気儘な悪魔として世界を旅していた。それほど頻繁にログインするわけではないし、遼がこのゲームに登録したそもそものきっかけは、《鏡月魔境》を開発した《AYA》というのが五歳離れた実姉の綾であるからに他ならない。姉が手がけたゲームでなければ、プレイすることもなかっだろう。
 綾が作った《鏡月魔境》では、プレイヤーは百種類以上の種族や職種から自由に己のキャラクターを選ぶことができる。選択可能なキャラクターは、人間はもちろんのこと天使や悪魔、吸血鬼やドラゴン、鬼や妖怪など――幻想世界の住人まで多種多様だ。
 遼は適当に悪魔を選択した。誰かに召喚されると主人の願いを叶えるためにミッションをクリアしなければならないが、ごく稀に発生するイベントだ。毎日ログインしてるわけではないので、《鏡月魔境》でコミュニケーションを深めている仲間は必然的に限られてくる。ゆえに自分の存在を認識して召喚してくるプレイヤーも少なかった。
 遼はマウスを操作し、自分のキャラがいる架空都市をクリックした。
 画面が街中の映像に切り替わり、遼の分身である悪魔の姿が現れる。その隣に、漆黒の衣装を纏った剣士が佇んでいた。どうやら接触を求めてきたのは、この剣士であるらしい。
「おっ、サガくんだ」
 剣士の姿を確認した瞬間、遼は思わず頬を緩めていた。
 三週間ほど前にこの世界で知り合った相手だ。全身黒ずくめの装備でクールに決めているが、会話をしていると意外に可愛いので、そのギャップが楽しい。おそらくプレイヤー本人は、遼よりずっと年下の少年なのだろう。
 遼がアクセスを許可すると、
【SAGA:リョーさん、こんばんわ! お久しぶりです】
 すかさずSAGAが陽気に挨拶をしてくる。
【RYO:久し振り! 相変わらず絶好調みたいだね。大国の王様がこんな辺境ブラついてていいの?(笑)】
【SAGA:今日はお忍びでブラブラしてます。闘いません(笑)】
【RYO:へえ、珍しいね。いつも楽しそうに闘ってるのに】
 キーボードを叩いていると、現実世界でガチャガチャと玄関ドアを開ける音が響いた。
 途端に意識がネット世界を離れてそちらへ向かう。
「ただいま――」
 遼がリビングのドアに目を向けるのと、姉の綾がドアを開けて姿を現すのがほぼ同時だった。
「おかえり、姉さん」
「アラ? 何よ、遼――《鏡月魔境》に入ってるの?」
 綾は目敏く遼のパソコン画面をチェックし、意外そうに目を丸めた。
「姉さんが作ったゲームだからね。気になるし――ゲーム音痴な俺だけど、色んな人と出逢えるから楽しいよ」
 遼が素直な感想を述べると、綾はほんの少し照れ臭そうに笑い、こちらへ歩み寄ってきた。
 今日の綾はジーンズにシャツというカジュアルな出で立ちをしている。右肩からは巨大なトートバッグをぶら下げたいた。ゲームの製作会社に勤務している綾は、常にノートパソコンやら資料やらを持ち歩いているのだ。
「――この子と知り合いなの、遼?」
 改めて遼のパソコンを覗き込み、綾はスッと目を眇めた。
「うん。――あ、やっぱり会社でも話題なの、サガくん? 破竹の勢いで北の大地を制したからね」
 遼はネット世界の知り合いが有名人であることに気をよくし、笑顔で応じた。
 剣士SAGAは《鏡月魔境》に姿を現してからたった一週間で、並み居る猛者たちを薙ぎ倒し、北の大陸全土を掌中にした覇者なのだ。
《鏡月魔境》の中には二十の大陸が存在しているが、僅か七日間で一大陸を制覇したプレイヤーはSAGAが初めてだ。無論、《鏡月魔境》愛好者の間で彼は瞬く間に時の人となった。
「アレ? 今、『この子』って言ったよね、姉さん? ネットの噂では、彼は中学生らしいって話だけど……?」
「ええ……確か中学生――まだ十四歳だったはずよ。あっ、もちろんココだけの話にしておいてよ、遼」
 素早く釘を刺すと、綾は何故だか慌てたようにトートバッグからノートパソコンを取り出し、遼の隣で電源を入れた。
「誰にも言わないよ。――でも、ホントに中学生だったんだ、サガくん。凄いな」
 遼は心からの賛辞をゲームの中の剣士へ贈った。
 チラと綾のパソコンに視線を流すと、彼女は《鏡月魔境》を起動させている最中だった。ただし、彼女がアクセスしようとしいるのは、遼たちがログインしている画面とは異なる管理者モードの方だった。
 綾は妙に真摯な顔つきでキーボードを叩いている。
 その横顔に焦燥のようなものが見え隠れしているのが不思議だった。もしかしたら、《鏡月魔境》の画面を眺めているうちに何かバグでも発見したのかもしれない……。
 自分のパソコンに視線を戻すと、
【SAGA:僕、闘うの――大好きですから! 敵を斬って斬って斬りまくるのって、ある種の快感ですよね。血を見るとゾクゾクしまーす!】
 というSAGAのメッセージが綴られていた。
「おっ、過激だな。ってか、中学生に快感とか言われてもね……。大丈夫かな、サガくん? ホントに闘うことが好きなのは伝わってくるけど――」
 遼は苦笑混じりに独りごちた。
 仲間として会話を楽しんでいる分にはイイ子だが、SAGAの闘い振りが凄まじいのは彼が迅速に北の大地を掌握した事実が物語っている。
 おまけに今夜は『血を見るとゾクゾクします』と、ちょっとマニアックな発言までしている。会話の端々からエキセントリックな雰囲気が漂ってくるSAGAだが、今日は特にそれが増しているようだ。
【SAGA:そういえば、最近SAKAKIさんとRYUさん……見かけませんね?】
 遼がどう返答しようか逡巡している間に、SAGAが新しい話題を振ってくる。
 彼が名前を挙げた二名も時々会話をしていたプレイヤーだ。
 SAGAの指摘通り、最近《鏡月魔境》で遭遇していない気がする……。
【RYO:そう言われると――見てないね。リア充なのかな?】
 エンターキーを押し、遼はフッと遠くに視線を馳せた。
 ――姿を見ていないと言えば、一条さんも見てないな……。
 脳裏に金髪の美青年の姿がよぎる。
 綾の古くからの知己だという一条遙。
 彼のことを思い出す度に、遼の鼓動は少しばかり速まり、全身の血がざわめく。
 日本人離れした遙の美貌のせいなのかもしれない……。

 りん――

 不意に鈴の音が響く。
 ハッとして目を瞠るが、隣の綾はそれに気づいた様子もなく物凄い速度でキーボードを叩き続けている。
 自分にだけ聞こえる幻聴なのだろうか?

 りん――

 澄んでいるのに何処か物悲しさを漂わせる音色だ。
 それを振り切るようにゲーム画面に視線を落とす。
【SAGA:あれ? リョーさん、血の匂いがする】
【RYO:え、血の匂いっ!? 何のコト? 怖いな、サガくん(笑)】
 奇妙なタイミングでSAGAが意味不明な発言をする。
 鈴の音との関わりなど全くないはずなのに遼の心臓はドキッと跳ね、嫌な胸騒ぎに見舞われた……。
 時折、SAGAはすぐ傍で遼のことを見ているのではないか――と勘繰ってしまいそうになるほどに鋭い台詞を吐くことがあるのだ。
【SAGA:あー、僕、判っちゃいました。リョーさんの正体。リョーさん……悪魔だったんですね】
【RYO:いや、最初から悪魔だけど??】
【SAGA:うん。悪魔の中でも最強の悪魔ですね。へえ、リョーさん物凄く強い大魔王だったんだ! 嬉しいな!】
【RYO:ちょっ……サガくん!? 俺みたいに善良な悪魔プレイヤーは、この世界にいないと思うよっ!】
 SAGAが何やらおかしな妄想をし始めたようなので、遼はまたしても苦笑を湛えた。十代の思考能力は柔軟で、発想は限りなく広がってゆくようだ。
「サガ・レーゼー、十四歳。北海道在住――」
 ふと、綾が硬質な声音で呟く。
「ん? 何のこと?」
「遼が今、喋っている相手の登録情報よ。カタカナで『サガ・レーゼー』って登録してるわね」
「え? 外国人なの、サガくん?」
「違うわ……。この子、確か……《織姫》の質問ではどちら側にも属さなかったはずなのに、まさか――」
 綾の眉がきつく寄せられる。
《織姫》というのは、プレイヤーを《鏡月魔境》の世界へと誘う女神的存在だ。
 その織姫とSAGAに何の関係があるのか、また綾が何故そんなに必死にプレイヤーの情報を確認しているのか解せずに、遼は小首を傾げた。
【SAGA:リョーさん、ホントは強い悪魔なんですね】
【RYO:強かったら、サガくんみたいに大陸の一つでも手に入れてると思うけど……】
【SAGA:僕も半分は悪魔なんですよ】
【RYO:半分?】
【SAGA:残りの半分は――神様ですから】
【RYO:――ん? 剣士から天使にでもキャラチェンジするの??】
【SAGA:ヤダなぁ、違いますよ! 生まれた時から神様と悪魔のハーフなんですよ。僕の中に流れる血は、半分はリョーさんと同じ悪魔なんです。だから、他の神様よりちょっだけ血を見るのが大好きで、好戦的なんです。飛び散る鮮血って、興奮しますよね!】
【RYO:しないしない(^▽^;)】
【SAGA:そうですか? 僕、今、リョーさんの血を見ることを想像して萌えちゃいましたよ! 闘ってみたいなぁ! ねえ、リョーさん――僕、リョーさんの首、獲りに行ってもいいかな?】
 SAGAからのメッセージを見て、更に首を捻る。
 ――首って……ゲームの中のことだよね? 何で今更、俺と闘いたいのかなぁ?
 綾の焦りも急に好戦的になったSAGAの態度も全く理解出来ない……。
「レーゼー……れいぜい――冷泉か……!?」
 綾が忌々しげに舌打ちを鳴らす。
 こんなに感情を露わにする姉を見るのは久し振りの出来事だった。
【RYO:アハハ、そうだね、一度くらい闘ってみたいよね! 俺の首でよかったらいつでも獲りにおいでよ! 待ってるから】
「遼、答えるな!」
 遼がキーボードを叩き終えるよりも僅かに遅れて綾が鋭い声をあげる。
 それは普段の穏和な姉からは想像もつかないほど冷厳で、尚かつ仄暗い怒気を孕んだ声音だった。
「――え!? ど、どうしたの、姉さん?」
 激しい姉の口調に気圧され、遼は唖然と彼女を見返した。
「もう、答えちゃったけど――」
「答え――たのか……!?」
 気づけば綾の眦は険しくつり上がっていた。
 綾が慌てふためいた様子で遼のパソコンを覗き込んでくる。
「待ってる――って、答えたよ。……たかがゲームなのに、何をそんなに怒ってるんだよ?」
「そう、待ってると……答えたのね……」
 遼の返答を耳にした途端、綾はつい先ほどまでの怒りが嘘のように気の抜けた表情を見せる。
 姉の美しい横顔には諦念のようなものが浮かび上がっていた。
 時を同じくして、画面上にSAGAの台詞が表示される。

【SAGA:うん、楽しみに待っててね! リョーさんの首、僕が綺麗に斬り落としてあげるから――】

 意味深なメッセージを残し、SAGAの姿は忽然と画面から消失した――


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2011.04.02 / Top↑
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