ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑


     *


 有馬美人(ありま よしひと)は、目の前に並べられた夕食を漫然と眺めていた。
 食卓についたものの、もうかれこれ十分ほど箸を手にした状態で固まっていた。
 ダイニングテーブルを彩っているのは、母の桐子が腕を振るって作った料理の数々だ。見た目にも匂い的にもかなり美味しそうなのだが、今夜の美人はどうしても食事に手を付けることができなかった。
 ここ数日、気分も優れないし、体調も芳しくない。
 母方の従兄に当たる榊家の双子が立て続けに条家に拉致されたあたりから、M市を包み込む空気に異変が生じたように感じられる。
 下級の魔物――魔魅が頻繁に姿を見せるようになり、高位の魔族である条家の者たちが神族の要である榊家の周辺に出没するようになった。
 魔族の動きが活性化している。
 神族の長である榊本家に絡み出したということは、もしかしたらあちら側の大将の目醒めが近いのかもしれない。
 魔族のトップ――魔王は代々転生者であるとされている。ゆえに、何十年も魔王が生まれてこないことも珍しくない。その上、必ずしも条家に生まれつくとは限らないので、条家でも現世に生まれ落ちた魔王の特定には困難を極める場合があるらしいのだ。
 魔王不在の時代は、条家筆頭である一条家が魔族を束ねている。
 その点は、榊の直系を必ず天主に据える神族とは仕来りが異なっていた。
 条家の連中は、魔王が覚醒するまでは比較的大人しくしているが、転生した魔王の存在を感知すると戦に備えて活動的になる傾向にある。
 魔王の裡に流れる強烈な魔性の血が、同族の本能を呼び覚ますのかもしれない。
 ――血の匂いがする……。
 美人は眉根を寄せ、溜息を吐いた。
 おそらく、この街の何処かで魔王が目醒めたのだ。
 今は数日前より禍々しい血の匂いが薄れている。察するに、一瞬だけ魔王として覚醒したものの何かしらの事由で再び眠りに就かざるを得なかったのだろう……。
 詳細は解らないが、魔王の完全復活が迫っているのは間違いない。
 ――葵さんたち……大丈夫かな?
 ふと、脳裏に榊三兄妹の姿が浮かび上がる。美人でさえ魔王の瘴気に毒されているのだから、本家の直系たちにも当然障りがあるはずだ。
 殊に葵は、魔王とは対極に位置する神族の天主――
 魔王から受ける影響は自分の比ではないだろう。
 ――明日、本家に寄ってみよう。
 同じ聖華学園に在籍しているのだが、それぞれ学年が異なるので校内で顔を合わせる機会は滅多にないのだ。榊兄妹の様子を見るためには、直接家に出向いた方が早い。
 葵と茜が情緒不安定な状態に陥っていれば、妹である夏生にも悪影響を及ぼす。可愛い従妹が困窮したり心細い思いをしているのはいたたまれないし、出来ることならば力添えしたい。
 夏生にはいつも笑顔でいてほしい――そう願っているのは、榊兄弟だけではい。自分も同じだ。幼い頃からずっと一緒に育ってきた。傍にいるのが当たり前だし、実の妹のように大切な存在だ。どんなに辛く陰惨な闘いの中でも、夏生がいるから何度でも立ち上がれるし、その朗らかな笑みに幾度も救われてきたのだ。
 美人は従妹の笑顔を思い出し、密やかに唇に弧を描かせながら席を立つ。
 結局、一口も食べずに箸を置くことになり、母に対する申し訳なさが湧いてくる。今夜は在宅時間が合わず、家族揃っての夕食ではないことだけが幸いだった。
 美人は手つかずの料理に丁寧にラップをかけると、ダイニングを後にした。


 有馬家の巨大な母屋は外観こそ立派な日本家屋だが、築年数がかなり経っているので内部は何度も改装され、キッチンやトイレや個人の私室など洋式の部分も多々存在してる。
 私室へ戻るために長い廊下を進んでいた美人は、途中急激な嘔吐を催して、手近にある洗面所に駆け込んだ。
 朝から殆ど何も食していないので、当然込み上げてくるものは胃液しかない。
 それでも吐き出してしまうと幾分楽になった。
 魔王の覚醒で氣が乱され、身体にも変調を来しているらしい。数日経過すれば慣れるのだろうが、それまではこの不快感とつき合わなければならないのかと考えるとげんなりした。
「ちょっと美人、お時さんが『若が夕餉を召し上がらない』って嘆いてたけど、大丈夫なの?」
 タオルで口周りを拭っていると、軽やかな足音が近づいて来た。
 足音と口調から察するのに、姉の咲耶だろう。
 お時さん――というのは長年有馬家に遣えてくれている敏腕ハウスキーパーだ。美人より僅かに遅れて食卓に着こうとした咲耶は、そこでお時さんに懸念混じりの愚痴を零され、弟の様子を観に来たに違いない。
 長い黒髪を揺らして、ヒョイと咲耶が洗面所に顔を覗かせる。
 鏡越しに美人と視線が合致した瞬間、
「アラ――ひょっとして、ツワリ?」
 咲耶が小首を傾げ、口元に妖しげな微笑を刻んだ。眼鏡の奥では双眸がキラッと鋭利な輝きを灯す。
 青ざめた顔でタオルを口に当てる美人を目の当たりにして、何やら見当違いの妄想を膨らませてしまったようだ。姉の咲耶は、美形男子が大好きで四六時中美少年と美青年で妄想恋物語を展開させているような、少し変わった――いや、かなり厄介な人なのだ……。
「相手はだぁれ? 葵ちゃん? 茜ちゃん? それとも如月の叔父様?」
「……咲耶姉さん、僕はその手の冗談は嫌いですよ」
 キラキラと瞳を煌めかせている姉を醒めた眼差しで見返し、美人は溜息を落とした。
 姉の趣味に関して文句を言うつもりはないが、実際に自分に害が及ぶようなら全力で阻止しなければならない。
 何せ、咲耶の妄想は果てがないのだ。宇宙規模だ。放っておくと、好みの美形男子で煩悩たっぷりの物語を延々と構築し続けているのだから困ったものである……。
「えーっ、つれないわねぇ。たまには乗ってくれてもいいじゃない。薄幸の美少年とソレを取り巻く色男たちの恋模様――これぞ純愛だわ!」
「誰が薄幸の美少年ですか、誰が? 自分の弟を勝手に不幸にしないで下さい」
 美人は使用済みタオルを洗濯籠に投げ入れ、渋々と咲耶の方へ身体を向けた。
 何をどうしたら同性しか出て来ない恋物語が純愛になるのか、全く解せない……。
「えー、美人だったら絶対、床に臥せっている病弱な美少年役が似合うのに!」
「いえ、頗る元気ですから。僕は確かに細身ですけれど、武道全般会得してるし、意外に筋肉ありますよ」
「ちょっと、乙女の夢をブチ壊すような現実突きつけないでよ! そんなに真っ白な肌で物憂げな表情とか物凄く似合うのに――体育会系なんて冗談じゃないわ! 今から風邪ひきなさいよ、美人。ゴホゴホ咳をしながら苦しげに眉を寄せて、潤んだ双眸で好きな相手を見つめる――とか、そういう艶めいた美少年をスケッチしたいのよっ! もちろん、その時は胸元がザックリはだけて、くっきり浮き出た鎖骨が見える感じがベストね!」
 興奮した咲耶が鼻息を荒くし、何処から取り出したのか片手にスケッチブックを構える。
「風邪ひけ――って意味不明だし、少しもベストに思えませんけれど? 今度の漫画はそういう設定にしたんですか?」
 美人は呆れ顔で咲耶を見返した。
 美大に通っている咲耶は抜群に絵が上手く、美形男子同士の恋愛漫画を創作することを趣味としているのだ。一番身近にいる弟さえも容赦なくモデルとしてスケッチし出すので、美人にとっては迷惑以外の何ものでもない……。
「そうよ。たまには二次創作以外の漫画も手がけないとね! オリジナルの描き方を忘れ――」
 咲耶が瞳に情熱の灯火を点けた時、バタバタバタバタッと騒々しい足音が響き渡った。
 美人と咲耶が反射的に音のする方へ視線を向けると、物凄い速度で長姉の智美が廊下を駆けてくるところだった。
「誰だっ!? 誰に孕まされた、美人っ!? どこの誰であろうと、この私が――即刻叩き斬ってやる!」
 長いポニーテールを靡かせた智美が急ブレーキをかける。
 至極真摯な顔で怒りを放つ姉の片手には、冴え冴えと輝く長刀が握られていた。
「……智ちゃん、怖いくらいの地獄耳ね」
 咲耶が目をしばたたかせ、自分と同じ顔をした智美を見つめる。
 智美と咲耶は一卵性双生児なのだ。髪型と眼鏡の有無を覗けば、顔立ちも声も限りなく同一に近い姉妹なのである。
「いや、そもそも咲耶姉さんの妄想ですし、僕が孕むとか絶対に有り得ないんですけど……。とりあえず、家の中で《雨竜》を振り回すのだけは止めて下さい」
 美人は苦笑混じりに告げ、智美が手にする美しい長刀に視線を流した。
 美人の身を案じてくれるのは有り難いが、咲耶とは別の意味で智美も思い込みが激しすぎるのだ。基本的に智美は直情径行の人間なので、口よりも先に手が出ることもしばしばだった……。今も愛用の長刀をしっかりと構え、すっかり臨戦状態だ。
「――ハッ……! そ、そうよね……咲耶の妄想か……!」
 ようやく冷静になったらしい智美が息を呑み、次いで少々決まり悪げに口元を引きつらせる。
「ま、まあ……私の早とちりで美人に害はないなら、それでいいわ……」
 智美が長刀を軽く一回しする。すると、それは一瞬にして金色の龍と化し、智美の右手首にピタリと巻き付いた。傍目にはブレスレットにしか見えない。《雨竜(うりゅう)》と呼ばれる刀が、智美の神力の化身なのだ。美人の《雷師(らいし)》同様、普段は装飾品の形をとっている。
「それより、課題を手伝ってもらうために美人を呼びに行ったはずなのに――本来の目的を忘れてまた妄想に耽ってたのね、咲耶……」
 智美の冷ややかな眼差しが咲耶へ注がれる。
 今度は咲耶がハッとは目を見開く番だった。
「あっ、ホントに忘れてたわ! 美人が悩ましげな表情してるからイケナイのよ」
「都合の悪い時だけ僕に責任転嫁しないで下さい。――課題って、何ですか?」
 サラリと弟に罪をなすりつけようとする咲耶を窘め、美人は首を傾げた。
 智美と咲耶は共に同じ美大に通う学生だ。課題というからには大学関係の事柄なのだろう。
「細かいコトは気にせずに、ちょっと私たちにつき合いなさいよ」
 命令口調で告げる智美がニッコリと微笑み、咲耶が美人の腕をガシッと掴む。
 姉二人に逆らうことは、決して得策ではない。
 幼い頃からの経験でよく身に染みている。
 美人は内心で深い溜息をつくと、従順に姉たちに従うことに決めた――



 
← NEXT
→ BACK
※【妖鬼伝】INDEXへ

ブログパーツ
スポンサーサイト
2011.04.10 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。