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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Fri
2009.06.05[08:52]
 蘭麗は庭園へ出ると、ある一角を目指して迷わずに足を進めた。
 目的は、鮮やかな紅色の群生――曼珠沙華の花園だ。
 蘭麗は園の中央で歩みを止めると、咲き乱れる曼珠沙華の中に身を埋めた。
 ここは蘭麗にとって数少ない心休まる場所なのだ。
 花を通して地に触れると心地好い。大地の庇護を受けている地天だからこそ、地に身を委ねている時が一番落ち着いた。
 蘭麗は花の薫りを堪能するように大きく息を吸い込んだ。
 サーッと風が吹く。
 紅色の花びらが一斉に宙に舞った。
 ――綺麗だ。
 乱舞する花びらに思わず見入ってしまう。
 不意に、蘭麗の視界を何かがよぎった。
 瞳に鮮烈に映し出されたのは、紅の中に浮き上がる白。
 それは真っ白な花びら――いや、純白に輝く羽根だった。
「――迦羅紗(がらしゃ)?」
 蘭麗はハッと目を瞠り、背後を顧みた。
 いつの間に出現したのか、花園の中に白い翼を広げている男の姿があった。
 艶やかな白き翼にめを奪われる。
 空天・迦羅紗だ。
 天界で唯一翼を与えられた《空の一族》――生まれながらにして大空を翔ることを許された貴き天人だ。
 迦羅紗はゆっくりと蘭麗に歩み寄ってきた。
「昨日、天王様から紫姫魅の件を聞いた。重傷だと聞いたから様子を見に来たのに……思ったよりも元気そうだな?」
 迦羅紗がまじまじと蘭麗を見つめてくる。
 蘭麗は静かに彼を見上げた。二人きりで顔を合わせるのは、随分久し振りのような気がする。
「……私の様子を見るために、わざわざ善地城まで来たのか? 戦が始まるというのに暢気だな」
 紫姫魅の叛乱が天王の口から告げられたのに、一族の長たる空天が共の者も従えずに一人で出歩くなんて信じられない。蘭麗が闇討ちされたことを知っているのならば尚更だ。一人のところを紫姫魅に付け狙われる危険性があるというのに……。
「ああ。おまえが――呼んでいるような気がしてな」
「私は呼んでなどいないぞ」
 素っ気なく応じて、蘭麗はフイッと迦羅紗から視線を逸らした。
 迦羅紗が盛大な溜息を吐き出し、肩を聳やかす。
「素直じゃないな。……ところで、ソレ――そのチャラチャラしたの、何て言ったっけ?」
 迦羅紗の視線が蘭麗の顔から足元へと流れる。
 釣られるように、蘭麗も己の足に視線を移した。迦羅紗が指しているのは、蘭麗の足元を彩る幾重にも巻かれた黄金の足環のことだろう。
「特別な名などない。ただの金環だ」
「名はないのか。おまえらしいけど……。ソレの音が耳から離れないんだ。綺麗な音色だが、どことなく淋しそうで……。昔からずっと身につけてるけど、邪魔にならないか?」
「金属は好きなんだ。金属も鉱物も――みな、この大地から生まれる。地天である私とは相性がいいのだよ。おそらく、金環は死ぬまでこのままだろうな」
「物凄く鬱陶しそうだけどな」
「……もしも私の方が先に死んだら、おまえが金環を取ればいい、迦羅紗」
 蘭麗はフッと真摯な眼差しで迦羅紗を見据え、幾分挑戦的な声音で言を紡いだ。
 迦羅紗の若葉色の瞳がじっと蘭麗に注がれる。
「オレが?」
「鬱陶しいのだろう? だったら、おまえが外せばいいのだ」
「死んでからでは意味がないだろ? ――変な女だな」
 迦羅紗が苦笑混じりに告げ、再び肩を竦める。
 彼は広げていた翼を閉じると、蘭麗の隣に腰を下ろした。
 微風が二人の頬を優しく伝う。
 深紅の曼珠沙華が幻想的に舞った。

「蘭麗――」
 短い静寂の後、迦羅紗が蘭麗の頬に手を伸ばす。彼は蘭麗の顎を指で捕らえ、掬うように持ち上げた。
「……何だ?」
 蘭麗は迦羅紗の行為に怪訝な眼差しで応じた。
「白いな。いつも白いけれど、今日は特別に白い。まるで透けているようだ。このまま消えてしまいそうだな。おまえ――死期が近いんじゃないのか?」
 迦羅紗の双眸が鋭い光を湛え、スッと細められる。
 迦羅紗の唐突な言葉に、蘭麗は微かに身を震わせた。
 確かに、自分にはあと僅かしか時間が残されていない。
 ただ、何故迦羅紗がそれを感じ取ることが出来たのか、不思議でならなかった。
 迦羅紗に自分の心情をさらけ出したことは一度もなかったはずだ。病のこととて微塵も口には出していない。
 なのに、どうして《死》の闇が迫っていることを彼に察せられてしまったのだろうか……?
 考えると――胸が痛む。
 今まで蘭麗は迦羅紗に対して冷たく接してきた。
 これからの未来もそうするだろう。
 醜い嫉妬だ。
 蘭麗自身がよく理解している。
 生まれながらにして翼を与えられた者への妬心――そして、羨望。
 複雑な感情が心の裡で交錯するから迦羅紗に優しくなど出来ない。
 ――それに、私はもうすぐ死ぬのだ。
 覆しようのない未来を解っていながら、迦羅紗の愛情を受け入れたり、彼に甘えたりすることは絶対にしたくはなかった。
「馬鹿なことを言うな!」
 蘭麗は険しい表情で迦羅紗を睨めつけると、彼の手を邪険に払い除けた。
 迦羅紗の羽根を己が我欲で引き千切ってしまわぬように――




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