ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 母屋の二階にある長姉・智美の部屋へ連れて行かれること三十分――
 ソファに腰かけた美人は、慣れない化粧の香りに包まれていた。
 姉たちに促されるままソファに身を落ち着けた途端、智美が何の説明もなく美人の顔にメイクを施し始めたのである。せめて理由だけでも教えてほしかったが、質問を繰り出そうと唇を開きかける度に凄まじい眼力で睨まれるのだ。おまけに咲耶は、少し離れた場所に陣取り、せっせとスケッチを開始している。
 美人にとっては非常に居心地の悪い状況だが、有馬家で絶大な支配力を誇る姉二人に取り囲まれては抗議のしようもない……。
 仕方なく、されるがままにメイクが完了するのを待つ。
「コレ――何の課題ですか?」
 チークを入れ終わった隙に訊ねると、
「だから、大学の課題よ。ナチュラルメイクの研究」
 智美は巨大なメイクボックスの真剣な顔で覗き込みながら端的に応えた。
「……智美姉さん、確か彫刻学科でしたよね? メイク関係ないんじゃ――」
「今年はサブで、うっかり《メイクアップアーティストコース》選択しちゃったのよ」
 美人が皆まで質問を繰り出さないうちに智美が矢継ぎ早に告げる。
「それはまた大胆なうっかりですね」
「男勝りの智ちゃんがまさかの選択ミスよね。でも、意外とメイク技術あるからスゴイじゃない」
「うるさいな、二人とも! 彫刻学科だから立体的な造形は得意なのよ。なのに、何? ナチュラルメイク? ナチュラルにメイク? 凹凸のない化粧ならしなくてもいいんじゃない? そもそも私は立体感のあるメリハリボディが好きなのよ! 躍動感溢れる神秘の肉体を寸分違わず再現するために、彫刻学科を選んだんだからねっ! ――ってか、咲耶、スケッチばっかりしてないで、ちゃんと私がメイクしてるって証拠画像撮っておいてよ。課題として提出できないじゃない!」
 智美が常よりも少しだけ甲高い声で背後の咲耶へ指示を放つ。
 同じ顔をした双子でも性格に差異はあるらしく、完全マイペース型の咲耶に比べて智美は怒りの沸点が低く短気なのだ。パッと見、姉弟の誰よりも冷静な雰囲気を醸し出しているくせに、実のところ誰よりも喧嘩っ早い。智美の整った容姿にばかり気を取られ、敢然かつ勇猛な本性とのギャップに面食らう男性も少なくなかった……。
「キャーッ! 智ちゃんたら破廉恥発言! 何よ、立体感のあるメリハリボディって? 主にどの辺りが立体的なのか物っ凄く気になるから、後で紙粘土で再現してよ」
 咲耶が頬を上気しながらはしゃいだ声をあげる。
 ――姉さんたち、黙っていればすぐに素敵な恋人ができるだろうに……どうして、本当にどうしてこんな風に成長したんだろう……?
 姉二人の会話を恥ずかしさと共に聞きながら、美人は心の裡で溜息を連発した。
 その間に、ようやく色を決めたらしい智美がリップブラシで美人の唇に紅をさしてゆく。
「いやよ。面倒臭い。隣のマンションでも覗いて来なさいよ。ホラ、早くデジカメ!」
 真摯な眼差しを美人の口元に注いだまま、智美がぞんざいに応じる。
 咲耶は『えーっ』と不満そうに唇を尖らせたが、渋々スケッチブックを手放し、ポケットから取り出したデジカメで適当に美人と智美の写真を撮りだした。
「――ハイ。メイク終了! 我ながら会心の出来だわ」
 最後の一筆を塗り終えた智美がホッと息を吐く。顔を離した位置から美人を見分し、彼女は満足げにウンウンと頷いた。
「あ、やっと終わってくれたんですね。……美大にもモデルさんがいるのに、何故僕なのかは全く理解出来ませんけれど――」
 智美とは別の意味で安堵の息を洩らし、美人は肩の力を抜いた。メイクされたこと自体は不本意だが、ようやく姉から解放されるのかと思うと心が一気に軽くなった。
「ダメよ、大学が雇ったモデルなんて。あんたや隣の連中に慣れすぎてると、ちょっとやそっとの美形じゃ沸き立つような創作意欲やパッションが芽生えないもの。ホント、迷惑よね、隣の奴ら」
 リップとブラシをメイクボックスに戻し、智美がチラと隣家のある方角を見遣る。唇が小さな舌打ちを鳴らした。
 有馬家の隣には高級マンションがあり、そこの持ち主である曽父江家が住んでいるのだ。美人と同じ歳の零治を含めて兄弟が五人いる。M市内でも評判の美形兄弟であり、有馬姉弟にとっては幼なじみになる。兄弟みな容姿が整っているが故に、智美や咲耶などは誰かの恋人だと思われがちで、幼少時から女性絡みのトラブルに巻き込まれ続けてきた。隣の兄弟と一緒に登下校するだけで、翌日眦を吊り上げた女子たちに取り囲まれるのだ。その度に取っ組み合いの喧嘩に発展し、常に智美が勝利してきた。思い返せば、子供の頃から智美は生傷の絶えない女子だった……。
 ――そ、そうか……智美姉さんが喧嘩上等的な感じなのも、咲耶姉さんが腐女子街道を進み始めたのも……全部、隣のせいなんだな……。
 今更ながらその事実に突き当たり、美人は愕然とした。苦々しい想いが胸に広がる。同時に妙に納得できる答えでもあり、長年の胸に蟠っていた疑問の一つがスッキリ解消されもした。
「それ――褒められてるんですか?」
 美人は敢えて隣家のことには触れずに苦笑を智美へ向けた。
「褒めてもいないわよ。私たちの弟なんだから美しくて当然」
「美少年じゃない弟なんて、私たちの弟じゃないもんね」
 智美が至極真面目な顔で美人の言葉を一蹴し、咲耶が怖いことをサラッと口にしながらニッコリ微笑む。
「……とにかく、課題が終了したならメイク落としてきてもいいですか?」
 姉二人の見解を受け流すことに決め、美人はソファから立ち上がった。
「何言ってるのよ? メイクが終わっただけでボディはこれからよ!」
「え? ボディって――」
 智美の一言に呆気にとられていると、不意にロングヘアのウィッグを装着させられた。
「キャーッ、似合うじゃない、美人!」
 咲耶が慌ただしく姿見を持ち運んでくる。美人に向けられた双眸は興奮の度合いを示すようにキラキラと輝いていた。
 鏡に映った自分を見て――美人は思わずハッと息を呑んでしまった。
 鏡の中から美人を見返しているのは、どう見てもストレートヘアの美少女なのだ。有馬美人という少年の姿は何処にも見当たらない。
 全ては智美のメイクアップ技術の為せる業だ。咲耶の言う通り智美のメイクテクニックはかなりのものであるらしい……。
「やっぱり智ちゃんの美的センスはサイコーね! ――ハイ、美人、次はコレ着てね!」
 咲耶が満面の笑みを浮かべたまま美人の手に衣服の塊を押しつけてくる。
 柔らかい布の塊は女性用のワンピースやカーディガンにしか見えない……。
「……何ですか、コレ?」
「私もうっかり《ファションデザインコース》なんてサブで選択しちゃったのよ。智ちゃんの課題のついでに、コレ着てよ。私がコーディネイトした清楚系小悪魔ワンピ」
「清楚で小悪魔の意味も解りませんし――コレ、完全なミニスカートじゃないですか!?」
 手元のワンピースを広げて、美人は思いきり頬を引きつらせた。
 実の弟に化粧を施す智美も有り得ないが、その弟に女装させようという咲耶の神経も信じられない。
「大丈夫よ。美人、体毛薄いし、足細いし、鎖骨も綺麗だし――」
「いや、そういう問題じゃなくて――」
「折角綺麗にしてあげたんだから、咲耶の服も着てみなさいよ」
「そうそう。絶対、ぜーったい似合うから!」
 智美と咲耶がじっと美人を見据える。
 二人の眼に強固な意志が秘められてるのを感じ取り、美人は微かな恐怖さえ感じた……。姉たちはどうあっても美人の女装を完成させる気構えでいるらしい。
「……解りました」
 溜息と共に返事をする。適度なところで美人の方が折れておかないと、強引に衣服を剥ぎ取られ、恐ろしい手腕で着替えさせられるに決まっているのだ……。
「じゃ、隣で着替えてきなさいよ。あ、中にコレも身に付けてね!」
 智美が何かの袋を美人に手渡す。
 中身の詳細は想像したくもないので問い質さないことに決め、美人は不承不承に隣の部屋へ着替えに向かった。


 十分後、ほんのりセクシー系のワンピースに着替えた美人は、鏡に映る己を認識して、盛大に嘆息した。
 鏡の中の自分は――やはり女性にしか見えない。
 ミニスカートから伸びる足も自分の想像以上に違和感がなかったのだ。
「ああ、素敵!」
「本当に……弟とは思えないほど見事な脚線美だわ」
 美人の嘆きを尻目に、咲耶と智美は感激の声をあげている。
「コレ、潰れますよ、智美姉さん」
 美人は膨らんでいる胸に片手を運び、無造作に指で押した。すると、ぺこんとそこだけが容易に潰れる。智美から手渡された袋の中には、特殊加工されたと思しき女性用下着が入っていたのだ。こんなものを準備しているなんて、姉たちは前々から女装の機会を狙っていたに違いない……。
「止めなさいよ、変なことするの! 見かけだけでいいのよ。どうせ誰にもバレやしないんだから。私的にはもう少しヒップのボリュームがほしいところだけど――仕方ないわね」
 立体ボディを愛する智美が美人の周りを歩きながら、真摯な眼差しを全身に注いでくる。
「後はブーツを履けば完璧ね! ちょっと、その姿で出かけてきてよ、美人」
「――ええっ!? 僕、今夜は気分が優れないんですけど……」
 咲耶の意想外の提案に、美人は目を丸めた。
 こんな女の子仕様の姿で外界に飛び出すなんて狂気の沙汰――辱め以外の何ものでもない……。
 それに、ここ数日体調が思わしくなく、さっきも洗面所で嘔吐していたのだ。自己中な姉二人は、アッサリその事実を念頭から消去してしまったらしい。
「遊びで言ってるんじゃないのよ、美人。――如月の叔父さんの動きが変なの。昨日の夜遅くに、如月家の離れに何かが運び込まれるのを咲耶が目撃したのよ」
 ふと、智美が口調を改め、真顔を向けてくる。
 如月家というのは有馬家にとって親戚に当たる。母・桐子の妹である鞠生が如月家の当主である祐介に嫁いでいるのだ。
「じゃあ、姉さんたちが調べに行けば――――」
「「うら若き乙女を危険な夜の街に放り出す気なの?」」
 やんわりと拒否しようとした瞬間、異口同音に姉たちに非難される。
「えっ、だって今『夜遅くに』って自分で言ったじゃないですか? それ以前に、姉さんたちなら二人揃っていれば無敵だと――」
「「つべこべ言わずに、行ってこい」」
 今度は冷徹な声音で言葉を遮られる。
 美人は唖然と姉たちを見返し、次いでガックリと肩を落とした。
 姉たちには逆らえない。
 幼い頃からの不文律だ。
「……行ってきます」
 美人が小声で頷くと、現金なことに姉たちの顔にパッと笑みが戻る。
「どうもね、運び込まれたのは人間らしいの。美人も気になるでしょ?」
「まあ、確かに……」
 美人は如月祐介の酷薄そうな顔を脳裏に浮かべ、微かに眉をひそめた。
 如月家は、表向きは製薬会社を経営しているが、その実態は神族と魔族には属さない魔魅遣いの一族だ。
 如月が裏ではどんな研究や実験を行っているのか知らないが、本家の葵拉致に手を貸した前歴もあるし、鞠生と婚姻関係にあるとはいえ完全に神族側のものではない。常に何か良からぬことを画策している可能性はあるのだ。用心に越したことはない。
「その姿だと如月家の者も美人だって気づく怖れはないから、安心して偵察に行ってきてね、美人」
 智美が極上スマイルを美人へ向けてくる。
 うまく智美に丸め込まれた気もしないではないが――五分後、ブーツを履いた美人は女装のまま姉たちに見送られることになった。


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折角家が隣同士なので、曽父江家のコトを軽く入れてみました←
「鏡月魔境」とか「水幻灯」にヨシヒトの幼なじみが出てます(笑)


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2011.04.17 / Top↑
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