ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑


     *


 有馬邸から徒歩二十分程度の距離に如月家は存在している。
 有馬美人は、慣れぬ女装とヒールの高いブーツに悩まされながら如月家を目指して歩いていた。いつもなら苦にならない距離だが、歩きにくさと羞恥心が美人の足を鈍くさせている。いくら夜道だとはいえ、近所には同じ聖華学園に通う生徒がたくさん住んでいる。いつ知人に遭遇してもおかしくない状況なのだ。
 智美の凄腕メイク術で女性らしく変身しているので、顔バレすることはなだろう。だが、自分は相手が誰だか解るし、不本意に女装を強いられているのだ。知り合いに出会した時の緊張と気まずさを思うと、ただでさえ調子の悪い胃がキリキリと痛んだ……。
 街灯に照らされた道を進み続けると、見慣れた塀と屋敷の一部が視界に飛び込んできた。
 如月家だ。
 表の門に廻れば、そこには『如月祐介・鞠生』と記された表札が掲げられているはずだ。
 誰とも遭遇せずに如月家まで辿り着けたことに小さく安堵の息を吐き、美人は一度足を止めた。
 女装に不備がないか念のために点検し直す。
 とりあえず異常はない。智美のメイクと咲耶の選んでくれた服のおかげで、外見だけはちゃんと女性に見えるだろう。
 美人は『離れに人らしきものが運ばれた』という姉たちの言葉を思い返し、裏門へと続く方へ道を折れた。
 正門に面するメインストリートより狭い路地へ足を踏み入れる。
 有馬家ほどではないが、如月家も大きな屋敷を構える資産家だ。裏門は路地を百メートルほど進んだ距離にある。
 街灯に照らされた路地を何気なく進みかけ――
「――――?」
 美人は不意に足を止めた。
 空気に異質なものを感じたのだ。


 夜の匂いに混じって、何者かの気配が漂っている。
 美人は息を詰め、前方を注視した。
 見知らぬ男が、如月家の離れがある辺りの塀を見上げている。
 シャツにジーンズというラフな格好の青年だ。如月家に向けられた横顔にはサングラスがかけられている。その下に端整な顔が隠されているのは、筋の通った鼻梁やシャープな顎のラインが物語っていた。
「――ん?」
 青年の方でも美人の気配を察知したらしく、サングラスをかけた顔がフッとこちらに向けられる。
 視線が合った瞬間、美人は得も知れぬ緊張感に見舞われ、僅かに眉をひそめた。
 ――人間……じゃない。
 これまでの経験と神族の本能が告げる。
 目の前に存在している青年は常人ではない。
 ――でも、魔族にしては邪気がなさ過ぎる感じもするけど……。
 美人は左手を飾る銀細工の指輪を右手で撫でた。ヘマタイトを填め込んだ指輪は常よりも熱を帯びている。
 己の分身である《雷師》が顕著な反応を示している。
 やはり青年は自分たちとは相容れない種族――魔族であるらしい。
「こんな時間に女性の一人歩きは危ないよ」
 美人に警戒心を抱かせまいとする意図なのか、青年がサングラスを外して優雅に微笑んだ。
 こちらを見つめる顔は、美人の予想通りに整っている。
 青年の言葉に改めて女装している現実を思い出し、美人はより一層気を引き締めた。
 相手が魔族なら自分が有馬家の一員であることは伏せておいた方がいいのだろう。無論、美人が気づいたように相手も既にこちらを敵だと認識しているかもしれないが、出来る限り白を切り通すつもりだ。今夜は如月邸の様子を探りにきただけだし、体調も万全とは言い難い。体力的にも無用な争いは避けたかった。
 さり気なくこちらに歩み寄ってくる青年を見返し、美人は反射的に愛想笑いを浮かべていた。
「あの……この家に何か用ですか?」
 いつもより少しだけ高い声音で、やんわりと青年に問いかける。
「ええ、まあ……。如月家の方ですか?」
 青年の切れ長の瞳が素早く美人の全身を眺める。
「――親戚です」
 一瞬の逡巡の後、美人は微笑を湛えたまま簡素に答えた。
 決して嘘ではないが、正確な真実でもない。
 相手は、夜更けに如月邸の周囲をうろついているような怪しげな人物だ。真正直に己の正体を晒す必要は微塵もない。
「へえ、親戚――ね」
 青年は相変わらず探るような眼差しを美人に注いでいる。
 その視線が不愉快で美人は笑顔を微かに引きつらせた。
「失礼ですけれど、どちら様でしょうか?」
 口調だけは丁寧に訊ねると、青年は己の不躾さに今気がついたように目をしばたたかせ、それから取り繕うように微笑んだ。
「ああ……本当に失礼しました。オレはこういう者です」
 青年が慣れた手つきでシャツの胸ポケットからメタルケースを取り出す。そこから一枚の名刺を抜き取ると、彼は美人に向けてそれを差し出した。
 青年の仕種があまりにも自然だったので、美人は無意識に名刺を受け取っていた。
 名刺に視線を落とす――
『久我条物産グループ  久我条 蓮』
 高級和紙を使用した名刺にはシンプルにそう綴られていた。
 肩書きはないが、久我条物産本社の住所と電話番号は明記されている。
 久我条物産グループというば、国内でも有数の複合企業だ。
 美人もその名を熟知している。
『久我条』と名乗るからには、青年はグループを統括する久我条一族の者なのだろう。
 そして、魔族の中でも高位の存在――条家だ。
 久我条家が条家であることは昔から知悉しているが、巨大グループゆえに神族側としても迂闊に手を出せない状態が続いている。敵が榊グループという強固なバックボーンを持つ榊家に中々仕掛けられないのと同じ心理だ。
 ――やっぱり条家なのか。けど、血に飢えている様子も禍々しい魔物のオーラを発しているようにも感じられないな……。
 美人は胸中で密やかに首を捻った。
 久我条蓮は紛れもなく高位の魔族なのだろう。しかし、彼から敵意や殺意は伝わってこないし、にこやかな笑みから察するに吸血衝動に苛まれている様子もない。
 もしかしたら猫を被っているだけかもしれないが、この場で闘いを挑んでくるという事態に発展する可能性は低そうだった。本調子ではない美人にとっては有り難いことだが……。
「君――本当に如月家の親戚? この家に住んでるのかな?」
 美人がじっと名刺を見つめていると、沈黙に耐えかねたのか蓮が質問を繰り出してくる。彼の声には幾ばくかの猜疑が織りまぜられていた。
「……そうですけど? それが何か?」
 美人は顔を上げ、正面から蓮を見返した。
「いや、親戚なんかじゃなくて、てっきり彼にこんな美人の娘がいるのかと思っただけです」
「――彼って?」
「如月祐介氏」
「だっ、誰があんな――――い、いえ、祐介さんは叔父です」 
 蓮の口から如月祐介の名が飛び出したので思わず男の声に戻りかけたが、慌てて語調を改める。
 理不尽で横柄な叔父の姿が脳裏をよぎる。『祐介さん』なんて、口にするだけでも寒気を感じた。
「随分と祐介氏がお嫌いのようですね?」
 迂闊にも表情が強張っていたのかもしれない。美人を見つめる蓮の双眸には好奇心が加わっていた。
「そんなことはありません。そろそろ帰宅しないと叔父が心配するので、失礼させていただきます」
 美人は素っ気なく言い放ち、蓮の脇を擦り抜けようとした。
 相手が条家で、しかも如月に用があるのならば、彼とは関わり合いにならない方がいい。美人の身元についても疑ってるようなので尚更だ。
「ああ、ちょっと待って――」
 突如として腕を引っ張られたので、美人は驚いて蓮を振り返った。
 蓮の片手が美人の手首をしっかり掴んでいる。
「何ですか?」
「あ、いや、滅多にお目にかかれない美形だったから――何となく手が出た」
 蓮の整った顔に苦笑が広がる。
「……はい?」
 美人は蓮の真意が掴めずに眉根を寄せた。険のある眼差しで彼を見上げる。
「さっきも言ったけど――君みたいに綺麗な子が夜の一人歩きをしてると、変な男に捕まるよ」
 美人のムッとした顔を見て、蓮の顔に浮かぶ苦笑が愉しげな笑みに変化する。
 自分の反応を面白がっているのだ――と理解すると、胸の奥に小さな苛立ちと怒りが芽生えた。
「あなたのような人にね」
 美人は冷ややかに言い返し、蓮の腕をピシャリと振り払った。
 今度こそ立ち去ろうと足を踏み出す。
 だが、蓮もただでは引っ込まなかった。こともあろうに美人に足払いをかけてきたのである。
「――わっ!?」
 不意打ちを喰らって、美人は体勢を崩した。グラッと大きく身体が傾く。
「大丈夫ですか?」
 自分から仕掛けたくせに蓮が白々しい台詞を吐き、美人を抱き留める。
 刹那、美人は恟然と目を見開いた。運悪く蓮の腕が胸の辺りを支えたからだ。
 ――ちょっ……胸パットが潰れる……!
 こんな所で男だなんてとバレると始末が悪い。男だと判った途端、魔族である蓮が臨戦モードにスイッチを切り替える怖れもある。
 美人は咄嗟に蓮を力一杯突き放していた。
 ――バレただろうか……?
 不安と警戒心の相俟った眼差しで蓮を見据える。
 蓮は呆気にとられたような表情で、己の掌と美人を交互に見比べていた。
「……おまえ――幾つだ?」
 しばし奇妙な沈黙が流れた後、蓮が至極真摯に訊ねてくる。
 突拍子もない質問をされて、美人は拍子抜けした。いつの間にか呼び方が『君』から『おまえ』に変わっていたが、それは些事として受け流す。
「え? 十七ですけれど――」
 あまりにも予想外のことを訊ねられたので、美人は思わず素直に答えてしまった。
「そうか、十七か……。や、気にすることないよ。どんな美女でも一つくらい欠点はあると思うし――落ち込むなよ」
「はぁ……?」
「胸が小さいことくらい気にするな。高校生ならまだこれから大きくなる可能性はあるかもしれないし――」
 蓮の言葉を聞き、美人は唖然とした。
 久我条連は、未だに自分のことを女性だと信じて疑っていないのだ。
「オレは別に胸くらいなくても構わないし――ってコトで、今夜一緒に過ごしませんか?」
「――――!? なっ……どうして、さっき逢ったばかりなのに、そうなるんですかっ!?」
 誘われているのだと理解した途端、上擦った声が喉の奥から飛び出した。驚愕と恥ずかしさに頬が紅潮する。
「出逢ってからの時間なんて関係ない。君は如月氏のことが嫌いだし、オレは如月氏の情報がほしい。ついでに、どうせならお互い楽しく一夜を過ごせた方がいいだろ? だから、ギブアンドテイクってコトで――」
「僕――いえ、私はどちらも遠慮させていただきます!」
 蓮の言葉を途中で遮り、美人は早口で告げた。
 ――同性に迫られて喜ぶ男が何処にいるんだ!?
 美人は心の裡で憤慨せずにはいられなかった。蓮は自分のことを女性だと思い込んでいるので口説いてきたのだろうが、それでも不愉快だし許せない。
 美人は引きつった顔でソロソロと後退った。
 すかさず蓮が回り込んで美人の退路を断つ。
「退けて下さい」
「いいよ。君がオレから逃れられるのならね」
 蓮が涼やかな笑みを浮かべる。
 あからさまに馬鹿にされて、普段は穏和な美人も流石にカチンと来た。
 体調の悪さも手伝って、胸に燻っていた怒りの炎が一気に倍増する。
 こんな軟派な魔族相手に貴重な時間を割いてはいられない。
 この際、男だとバレても構わない気がしてきた。
「……解りました。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
 ニッコリと微笑むと、美人は握り締めた拳を蓮の腹部に叩き込んだ。もちろん手加減は一切していない。
「――ぐっ……!?」
 美人から攻撃されるとは思ってもいなかったのだろう。蓮は苦痛に顔を歪めと、ガックリとその場に膝を着いた。
「……なっ……なんて女だっ……!」
 蓮が苦悶の表情で美人を見上げ、恨めしげな眼差しを注いでくる。
 こんな時でさえも蓮は美人のことを女性だと信じ切っているらしい……。
 ――おめでたい人だな。
 美人はもう一度極上の笑みを蓮に向けると身を翻した。
 往路よりもかなり颯爽とした足取りで、進んできた道を引き返す。
 早く家に帰って、この出で立ちをどうにかしたかった。
 智美と咲耶の妙な趣味のせいで、自分は遭わなくてもいいアクシデントに見舞われたのだ。
 大切な姉二人が蓮に執拗に迫られるよりは、自分がそうされた方が遙かにマシだ。
 だが、金輪際、どんなに頼み込まれても女装は絶対にしない――そう堅く心に誓った。
 美人は不可解な魔族との鉢合わせに苛立ちを覚えたまま家路を急いだ。我知らず歩調が荒くなる。
 そして、有馬家が視界に入ってきた頃、美人は唐突に思い出したのだ。偵察のために如月家に出向いたはずたったことを。
 結局、久我条蓮の出現により、美人は何の収穫もないまま自宅へと帰ってきてしまったのである……。


     *


巻ノ参は有馬と一条の章――です。多分← 榊三兄妹が全然出て来ないっていう……(((゜д゜;)))

← NEXT
→ BACK
※【妖鬼伝】INDEXへ

ブログパーツ

スポンサーサイト
2011.04.24 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。