ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 一条遙は眠っていた。 
 肉体は確かに現(うつつ)に留まっているのに、精神だけが深い闇の底に沈む過去世に微睡んでいる。

 りん――

 と、何処か遠くで鈴の音が鳴った。
 それは途轍もなく懐かしく、そして物悲しい音色だった。

 夢の中の世界は靄のようなものに包まれ、全てを見通すことは出来ない。
 靄の中心部に黄金色輝きがぼんやりと視える。
 豪奢な着物に身を包んだ影の背から翼が生えているのを確認し、遙はそれがかつて己であったモノだと朧な意識の中で判断した。

『今宵の舞は、また格別に美しかったな。流石は我が一族が誇る美姫だ。祝祭の儀には欠かせぬな』
 不意に、靄の中から若い男の声が響いてくる。
 それに対して、過去世の自分は深々と頭を垂れた。
『有り難きお言葉にございます』
 長い金髪がサラサラと揺れ動く。
 それを靄の中から伸びてきた手が掴み、愛おしげに弄ぶ。
 
 ――ああ、私は……あの手を知っている……。

 金の髪を掴む手を眺め、遙は強烈な郷愁に駆られた。
 夢の中のはずなのに――何故だか胸が痛む。

『もうじき余の妻となるおまえの白き翼と黄金の髪を讃えて、褒美を遣わそう』

 りん――

 鈴の音が今一度鳴り響く。
 男の手が髪から離れ、靄の中へと消える。再び出現した時には、その手は美しい黄金色の鈴を掴んでいた。
『この黄金の鈴には、余の念が込めてある。来世でも余とおまえを繋ぐ絆となるだろう』
 男の手が過去世の遙に鈴を握らせる。

 ――あれは……誰の手だったろう?

 何時の時代の過去なのか――前世の記憶は時折ひどく曖昧で、遙の心を煩わせる。

 不鮮明な記憶。

 けれども、確かに自分はあの鈴の持ち主を知っており、彼を慕っていたのだ。
 そう、胸を焦がすほどの恋情を抑えきれず、天主の手を振り払ってまで彼の元へと走ったのだ。

 ――天主……? 

 夢世界で、ふと遙は首を捻った。
 何故、《天主》という言葉が思い浮かんだのか、自分でもよく理解出来なかった。
 天主と言うからには、それは魔族と対立関係にある神族の長のことを指すのだろう。

『天主の許嫁でありながら、おまえはアレを裏切り、余を選んだ。……後悔はさせぬ。今生も来世も――永遠(とわ)におまえは余のものだ』

 静かな決意を秘めた声音で男が言葉を紡ぐ。

 ――そうだ、思い出した……。

 ズキンッと胸が一際強い痛みを発する。

 大切に慈しんでくれた天主を切り捨て、自分は人の血を啜って生きる漆黒の魔王の手を取ったのだ。

 遠い遠い昔の出来事――
 なのに、心を蝕む罪悪感とそれを上回るほどの恋慕の念は未だに色褪せない。

 魔王に魅せられ、身も心も搦め捕られた瞬間から自分は天主の傍にいる資格を失った。
 誰よりも天主に近く、天主の寵愛を一身に受けていたにも拘わらず、赦されざる大罪を犯したのだ。

 夢の中――過去世の遙は魔王から授けられた鈴を見つめている。

 ――私は天主の心を踏みにじり、神族の尊さと誇りを穢した……。

 鈴をひしと握り締め、魔王を見つめる顔に晴れやかな笑みが浮かび上がる。
 
 ――私は彼を愛し、そして堕天と化した。

 純粋な喜色を露わにするかつての己を目にした瞬間、遙の胸は剣で貫かれたような激痛を発した。

 ――たった一人の妹を道連れに……。


 何度生まれ変わっても、決してその罪咎が浄化されることはない――


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2011.05.08 / Top↑
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