ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
     *

 常よりも青ざめた顔を縁取る金髪が微かに揺れる。
 一条遙の眩い髪を漫然と眺めていたことに気づき、三条風巳はハッと我に返った。
 遙の金髪に龍一の姿を無意識に重ね合わせていた。兄弟なのでそれなりに顔立ちは似ているのだが、何よりも黄金の輝きが久しく姿を見ていない龍一を想起させる。
 如月祐介の魔魅によって殺められ、遙の《反魂の術》で甦った龍一。
 蘇生してからもう幾日も経過しているのに、遙が自分を龍一と引き合わせてくれる気配は感じられない。
 痺れを切らせた風巳は、遙が逗留している日本家屋の一室へと自ら足を運んだのである。
 だが、遙を訪ねてきたものの、当の本人は床に臥せっていた。
《反魂の術》を駆使したことに加え、先日は叛乱分子である魔魅遣いたちに襲われた……。
 敵襲のタイミングが余ほど悪かったのか、それ以来遙は体調を崩し、横になっている時間が増えた。
 今も勝手に入室してきた風巳に反応するわけでもなく、血の気の失せた白い顔で眠り続けている。
「――んっ……」
 ふと、遙の柳眉がひそめられ、唇から苦しげな呻きが洩れた。
「遙様?」
 反射的に遙の顔を覗き込み、風巳は渋面を作った。
 遙の端麗な顔には数多もの玉のような汗が浮かび上がっているのだ。もしかしたら夢見が悪く、うなされているのかもしれない。
「……おう……様――」
 またしても遙の唇から痛切な声が洩れる。
 掠れてはいたが、遙は『魔王様』と呟いたように聞こえた。
 敬愛すべき魔王を夢に見て、遙が苦悶の表情を浮かべる理由が解せない。
 だが、あまりにも遙が痛々しかったので風巳は反射的に彼の肩を軽く揺すっていた。
「……遙様? 大丈夫ですか、遙様?」
 呼びかけると、遙の細い身体が震え――次いで、弾かれたように瞼が跳ね上がった。
「――風……巳……?」
 宝玉のような蒼い双眸が風巳を捉え、不安げに揺らめく。
「す……ず……鈴は?」
「――すず? 何か悪い夢でも見られてたのですか?」
 遙の質問の意図を解せずに風巳が首を傾げると、遙の瞳がまた落ち着きなく揺れ動く。
 ――珍しい。
 いつもは冷静沈着な遙が人前に取り乱した姿を晒すなんて、稀有な出来事だ。それだけ魔王に纏わる夢中は、彼の心を動揺させるものだったのだろう……。
「鈴は――何処にあるのでしょうか?」
 遙が再び鈴を求める。
「鈴……ですか? いつかの過去世で、遙様が魔王様から賜った黄金の鈴のことですか?」
「ああ……そうでしたね。あれは、あの方から授かったのですね。私は――そんな大事なものを喪くしてしまったようです……」
 遙の唇が悄然と言葉を紡ぐ。
 彼は重苦しい溜息を一つ吐くと、ゆっくりと褥から上体を起こした。片手が億劫そうに長い金髪を掻き上げる。
 サラサラと金髪が流れ、元の位置に戻った時には、遙の双眸からは焦燥のようなものは消失していた。
 常と変わらぬ聡明な眼差しが改めて風巳へ向けられる。
 澄んだ瞳でまっすぐに見つめられ、風巳は思わず居住まいを正していた。
 他の条家もの者はともかく、風巳はこの遙に対してだけは敬意を払っている。何となく、遙にはどう足掻いても敵いそうにないからかもしれない。力――戦闘では、おそらく自分が勝つだろう。あくまでも推量なのは、風巳をはじめ殆どの者が遙が暴力を振るったり、闘ったりする姿を見たことがないからである。それでいて遙は一族の者を魅了し、敬慕されているのだから、やはり只者ではない。もしかしたら神族の《力》の名残なのかもしれないが、それを口外するのは条家の間では禁忌だった。過去世で遙を魔族に引き入れ、一条の名を与えたのは、他ならぬ魔王なのだから……。

「遙様――繭羅が言っていたのですが、龍一があの男に攫われたって本当ですか?」
 遙の蒼き輝きに見入りかけていた己に気づき、風巳は慌ててうつつに立ち返った。本来の目的を思い出し、ストレートに切り込んでみる。
「二条の姫にも困ったものだね」
 遙の顔に微苦笑が浮かぶ。二条繭羅の勝ち気な姿を脳裏に思い描いているのかもしれない。
「それから風巳もお遊びは止めなさい。後々二条の姫に恨まれても知りませんよ」
「……はい」
 風巳は僅かに頬を上気させ、従順に頷いた。遙は風巳が時折繭羅と戯れていたことを指摘しているのだ。
「龍一のことは否定しません」
 遙が傍の座卓からミネラルウォーターのペットボトルを引き寄せ、口をつける。
 だが、一口嚥下した直後、彼の身体が大きく震え、その手からペットボトルが滑り落ちた。
 畳に衝突したペットボトルから水が噴き出し、水溜まりを作る。
 同時に遙が胸を押さえ、苦しげに半身を折った。
「遙様っ!?」
 驚いた風巳が呼びかけるが、返事はない。
 明らかに尋常ではない荒れた呼吸音だけが、風巳の耳に届けられる。
「大丈夫ですか、遙様!?」
 無意識に遙に手を伸ばしかけ、風巳は寸でのところで思い留まった。遙が身を苛まれている原因が皆目解らない。迂闊に触れたせいで容態が悪化することを懸念したのだ。
 龍一が逝った時も唐突だった。遙もこのまま消えてしまうのではないか――という恐怖がジワジワと腹の底から迫り上がってくる。
「遙様……くそっ……! 蓮! 蓮、いないのかっ!?」
 咄嗟に風巳はこの屋敷の主を呼んでいた。
 一分もしないうちに慌ただしく駆けてくる足音が接近してくる。
「どうかしたのか、風巳?」
 勢いよく障子が開かれ、久我条蓮が颯爽と姿を現す。
「――遅い」
 蓮の掴み所のないような顔を目にした途端、安堵が芽生える。だが、風巳の口からは心とは裏腹に彼を非難する言葉が飛び出していた。
「え? これでも超速で飛んで来たんだけど――っと……うわっ、まだ痛いな……」
 蓮が風巳に向けた苦笑をすぐに解き、顔をしかめる。彼の手は何故だか腹部を摩っていた。
「変なモノ喰って腹でも壊したのかよ、蓮?」
「あー、コレは……ちょっと予想外の攻撃を喰らっただけ……。いや、まあ、獲物を喰おうとしたのは確かだけど――」
「ふーん……女遊びもほどほどにしとけよ」
「アレ? 風巳にだけは言われたくないな」
「…………」
 先ほど遙に釘を刺されてたことを思い出し、風巳は口元を引きつらせた。蓮にも繭羅との関係が洩れているのは面白くないし、己の幼稚さが浮き彫りになっているようでやはり少しばかり恥ずかしかった。
「うるさいな。それより――遙様の様子がおかしいんだ」
 風巳は小さく舌打ちを鳴らすと不毛な話題に終止符を打ち、遙へと視線を流した。
「遙様――」
 遙の異変を察知した蓮が素早く傍へ寄る。彼はとそっと遙の肩を掴み、丁寧に上半身を起こした。
「しっかりして下さい、遙様」
 蓮が呼びかけると、閉ざされたいた瞼が押し上げられた。
「……ああ、蓮……また心配をかけてしまいましたね……」
 血の気の失せた遙の顔が蓮を見て、皮肉げな微笑を湛える。
 そんな遙に対して蓮は一瞬だけ咎めるような眼差しを向け、それから何事もなかったかのように遙の額に手を当て、更には脈を測る。
「熱もないし、脈もそれほど乱れてません。ここは濡れてしまったので、とりあえず隣の部屋へ移ります」
 蓮が遙の身体を慎重に抱き上げる。
 遙や風巳が口を挟む隙すらないほど迅速に蓮は隣室へと移動した。 
 隣は洋室であるらしく奥にベッドが設置されている。蓮がそこへ遙を横たえるのを後に
着いてきた風巳は無言で見守っていた。
「まだ《反魂の術》の疲労から回復されていないんじゃないですか? 遙様は働き過ぎなんですよ。――よく眠れるように薬を処方してもらいます」
 遙を宥めるように柔和な口調で告げ、蓮が踵を返す。
「風巳――」
 蓮に続いて立ち去ろうとした風巳の服を遙が弱々しく掴む。風巳は足を止め、ゆるりとベッドへ向き直った。
「龍一のことは心配せずに。私が必ずあなたの元へ連れて帰ってきますから……」
 遙の真摯な眼差しがひたと風巳を見上げる。
「でも、遙様は身体の調子が――」
「私は、これ以上は良くなりません」
 風巳の声を遮るようにして遙が言葉を紡ぐ。
 意想外の語調の強さとその内容に風巳はハッと息を呑み、驚きの表情で遙を見返した。
 良くならない――治らない。
 遙はそう断言したのだ。
「今生の身体は限界が近づいているようです」
「それは、俺のために《反魂の術》で龍一を強引に甦らせたからですか!?」
 風巳は思わず詰問するように言葉を浴びせていた。遙の肉体を蝕むものが何であれ、龍一の蘇生が最大の理由ならば、そもそもの責任は龍一を死なせた風巳にあるのだ……。
「あなたのためではありません。自分のためです。龍一の幸せが、今生での私の何より願いであり、そして私自身の幸せでもあるのです」
 頑なな面持ちで風巳を見つめ、遙は切々と訴えてくる。
「私に残された時間も力も僅かでしょう。ですが、龍一を如月の魔手から取り戻すくらいの余力はあります」
「それでは――遙様が死んでしまいます」
 喉の奥から声を絞り出し、風巳は唇を噛み締めた。龍一のことは大事だが、三条家の反発を退けてまで自分を庇護してくれた遙に対してももちろん格別な想い入れがある。その遙が『風巳は手を出すな』と暗に言っているのだ。不満と口惜しさが自然と湧いてきた。
「それでいいのです。私は度重なる転生で、少し……疲れてしまったようです。それに、おそらく如月の目的は、一条の――私の肉体を手に入れることでしょう。今生の器では長い時間は生きられそうにありませんし――ならば、せめてこの生命くらいは唯一の肉親である龍一にあげたいのです」
 風巳の心情を汲み取ったのか、遙が穏やかな微笑を湛える。
「……ねえ、風巳、あの人に逢ったら伝えておいてくれるかな? 鈴を喪くしてしまった――と。だから今生では廻り逢えなかったのだと……」
「そんなこと嫌です! 俺は知りません! 自分で魔王様に謝罪して下さいっ!」
 風巳は声を荒げ、フイッと遙から顔を背けた。
 やはり――何度思考を巡らせても、元を辿れば自分のせいだ。
 龍一を殺められた時、自力で解決しなかった。遙に頼った。自分は《反魂の術》なんて使えないから、遙に甘えた。
 遙かがこんなに疲弊しているなんて知らなかった。
 いや、心の片隅では知っていたはずなのだ。魔王不在の一族を束ねてきたのは遙なのだから……。
 だが、風巳は無意識に気づかない振りをしたのだ。遙なら必ず何とかしてくれると思ったから。遙なら救いの手を差し伸べてくれることをよく理解していたから、らしくもなく彼の優しさに寄りかかったのだ。
 ――嫌いだ。お人好しすぎる遙様なんて。
 不平一つ言わずに風巳に慈愛の眼差しを向けてくる遙の蒼き双眸をとても直視出来なかった。
 ――嫌いだ。
 風巳は更に唇の戒めを強めた。
 一番嫌いなのは、情けなくも龍一を救えず、遙にこんな痛々しい姿を晒させた自分だ。
「蓮、風巳、私は明日、如月の所へ行きますから――」
「――――!? 認めません!」
 風巳は勢いよく遙を顧み、激しく反論した。
「俺は絶対に認めませんからねっ!」
「よせ、風巳!」
 すかさず蓮が風巳を抑止する。
「騒々しくてすみません、遙様。オレたちは退出しますので、ゆっくり休んで下さい」
 蓮は遙に向かって柔和に微笑むと、風巳の手を力任せに引っ張り部屋の外へと連れ出した。

「離せよ、蓮っ!」
 遙の部屋から少し離れたところで、風巳は憤懣たっぷりに抗議する。
 腕を振り払おうとすると蓮がピタリと脚を止め、こちらに向き直った。
「いい加減にしろ、風巳」
 静かな声と共に左の頬を引っぱたかれる。
 蓮の双眸に普段は見られぬ苛立ちが宿っている事実に気づき、風巳は目を瞠った。
「考えてもみろ。遙様が魔王様に逢うことを望んでいると思っているのか? 遙様が魔王から授かった鈴をどうして喪くしたのか知っているか? ――如月だよ」
 蓮の顔に昏い翳りが走る。
「オレたちは、あの忌々しい魔魅遣いに昔も今も振り回される……。奴らの叛乱があった時代――遙様は死ぬ間際にあの鈴を呑み込んだんだ。大切なものだったからね。如月は『それほど大事なものなのか?』としつこく問い質したよ。けれど、遙様は頑なに答えなかった。そうしたら、あの男――」
 僅か一瞬、前世を反芻するように遠くに視線を馳せ、蓮が悔しげに拳を握り締める。
「遙様の腹を割きやがったんだ。遙様は、まだ生きていた。生きていたんだよ、風巳。如月は腹の中から黄金の鈴を取りだして、満足げに嗤ったよ。それから、遙様の首を斬り捨てた……。おまえが死んでから間もなくの出来事だった」
 蓮が掴んでいた風巳の腕を解放し、その手で自ら殴った風巳の頬をそっと撫でた。
「オレは……オレは目の前で見たよ。おまえが殺されるところも遙様が嬲り殺されるところも……。その次はオレの番だったけど。――とにかく、遙様は魔王様に逢いたくないんだよ。逢えないんだ。今生の遙様は、如月から鈴を取り戻し、奴を抹殺するまでは魔王様に逢わない――と誓ったんだ」
「もう……いい……蓮。嫌なコトを思い出させて悪かった。前世を引き出すのは止めよう。自分がどんなに愚かだったか改めて思い知らされるだけだから――」
 風巳は眉根を寄せ、顔を俯かせた。
 蓮が言っている前世とは、魔族と神族の闘いが激化していた戦国時代のことだろう。
 あの時代、魔族と神族の抗争はなかなか決着がつかずにいた。
 結局、勝利を得たのはどちらでもない。如月が率いる魔魅遣いの一族だった。
 魔族も神族も主立った人物は、如月一族によって虐殺されている。
 苦くて痛烈な前世の記憶だ……。
 風巳と蓮はしばし無言で、胸中に複雑な想いを巡らせていた。
 漠然とした不安が募る。

 明日は不吉な夜になりそうだ――
 


     「三.狂夜」へ続く




← NEXT
→ BACK
※【妖鬼伝】INDEXへ

ブログパーツ
スポンサーサイト
2011.05.22 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。