ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 黄金色の輝きがドアの隙間から洩れている。
 それを目視した瞬間、榊茜は脚を止めていた。驚きと焦り――そして、不安が一気に胸に押し寄せる。
 光の流出源は、双子の兄の私室だったのだ。
 金色の光輝は葵の神氣を顕している。
「――葵? 《天晶(てんしょう)》を制御できないのか……!?」
 思わず驚愕の声が洩れる。
 葵は神族を統べる天主だ。
 一族の中で誰よりも高い能力を秘めているはずの葵が、身の裡に宿る神氣をコントロール出来ていない。
 茜の記憶違いでなければ、こんなことは今まで一度もなかったはずだ。
 大切な兄の身に何事か良からぬことが起こっている。
 そう察するなり茜は再び足を動かし始めていた。
「葵?」
 双子の名を呼びながらドアノブに手を伸ばす。
 次の瞬間、バチッと指先に電流のような刺激を感じて、茜は咄嗟に手を引っ込めていた。ほぼ同時にドアが独りでにバタンッと開き、そこから勢いよく黄金色の光が射出される。
「――う…わっ……!?」
 茜は反射的に身を躱していた。
 室内から溢れ出た光が壁に衝突して、散り散りに弾ける。
 キラキラと輝く黄金の粒子は傍目には美しいが、連発されては家が崩壊してしまう。
 べっこりと凹んだ廊下の壁を見遣り、茜は口元を引きつらせていた。
「ちょっと茜ちゃん! どうしたのっっ!?」
 階下で慌ただしくドアが開閉する音と妹の甲高い叫びが響く。
 階段を駆け上る荒い足音が近づいてきたかと思うと、フワフワの髪を靡かせて末っ子の夏生が廊下に飛び込んできた。
「キャアッ! 何なの、この壁のヘコみ!? ――あっ、まさか、茜ちゃんが殴ったんじゃないでしょうね!?」
 夏生の疑惑の眼差しが鋭く茜に突き刺さる。
 葵よりも茜の方が雑で短絡的なイメージがあるらしく、妹には何かにつけて茜を疑う悪癖があるのだ。日頃の行いが悪いからだ――と言われればそれまでだが、茜にとっては釈然としない話である……。
「いや、俺じゃないからな――」
 慌てて妹の誤解を正そうとして、茜はハッと口を噤んだ。
 再び葵の部屋から強い神氣を感じたからだ。
「夏生っ!」
 茜は夏生の腕を取り、力任せに引き寄せた。
 夏生を腕に抱いた直後、黄金色の輝きが廊下を射る。
 先ほどと同じ場所に的中した氣の塊は、またしても壁をザックリと抉り――消散した。
「ええっ、コレ、葵ちゃんの《天晶》なのっ!?」
「そう……何でか暴走中です」
「ちょっ……次、当てられたら壁を貫通して隣の家まで破壊しちゃうんじゃないのっ!?」
 ようやく事態を呑み込んだらしく、夏生が逼迫した表情で茜を見上げる。『多分な』と茜が簡素に応じると、妹は勢いよく茜の腕から飛び出した。
 スカートのポケットから愛用のカードを取り出し、夏生は開け放たれたドアから葵の私室を覗き込む。
 茜も妹に倣って室内に視線を巡らせた。
 葵はベッドに俯せなり、苦しげな表情でシーツを握り締めていた。
「うわぁぁっっっ、葵ちゃん! 《天晶》が翼になってるんだけどっ!?」
 夏生が目を見開き、恟然と裏返った声をあげる。
 妹の言葉通り、葵の背からは金色の翼が四枚生えていた。葵の嗜好なのか、元々《天晶》は鳥の姿で具現化されることが多い。だから、制御不能に陥っている今でも自然とそれに近い姿をとっているのだろう。
 全身に淡い輝きを纏い、背から光の翼を突き出している葵は神々しいが、同時に何処かグロテスクでもあった……。
「依姫(よりひめ)、葵ちゃんのアレ――暴走止められる?」
 夏生がフッと手にしたカードに視線を落とし、問いかける。
 すると真っ白だった紙面に、十二単を纏った美しい女性が浮かび上がった。夏生の神力の分身である《玉依》だ。
『……口惜しいが、妾では無理ぞえ』
 開いた扇で口元を隠し、玉依が面目なさそうに告げる。
「え? タマでも無理なのかよ!?」
 茜が驚いた顔でカードに視線を流すと、玉依の美しい眉が勢いよく跳ね上がった。
『また妾を《タマ》と呼びおったな! いい加減にせぬと、いくら穏和な妾でも榊の血筋を見限るぞえ』
「あー、悪い……。タマ――ヨリ様でも無理なことがあるんだな、って意外に感じただけだよ。俺たちいっつも玉依様に助けて貰ってるし、物凄く頼りにしてるからさ」
 妹の目が無言で『謝れ』と訴えてくるので、茜は『どこが穏和なんだよ!?』とツッコミたい衝動をグッと堪えて、玉依に謝罪した。
 すると、呆気なく玉依の柳眉が元の位置に戻り、スッと扇が下がる。
『よく解ってるではないかえ。茜も愛いところがあるのじゃな』
 茜を見つめて玉依の朱唇が嬉しげに弧を描く。だが、それはすぐに引っ込められた。
『しかし――《天晶》が相手では妾の出る幕はないぞえ。正直、ここから出ることさえ嫌じゃ』
 真摯な眼差しが茜と夏生に向けられる。
 どうやら暴走した《天晶》を止めるには至難の業であるらしい……。
「誰か――神降ろしした方がいい?」
 夏生が困惑気味に玉依に訊ねる。
『……《天晶》が相手だと知れれば、力添えしてくれる神は一柱もないと思うぞえ。それよりも――すぐそこに最高の適任者がおるじゃろう』
 玉依の視線が迷わずに茜を見据える。
「やっぱ――俺が行くしかないよな。……まあ、そのための俺だし」
 茜は玉依に向かって溜息を一つ落とすと、葵の私室へ足を踏み出した。
「あっ、そっか! 《朔(さく)》を《望(ぼう)》に変えるの、茜ちゃん!?」
 茜の真意を素早く汲み取ったらしく、夏生が声を弾ませる。
「今夜は満月みたいだし、たまには《朔》も輝かせてやらないとな。――神氣が外に洩れないように、結界は任せたからな、二人とも」
『――承知』
「りょーかい! 行くわよ、依姫!」
 夏生が手首を翻すと、手の中のカードは一瞬にして増殖していた。
 夏生が鮮やかな手つきで、己の神力を込めたカードを部屋の四方八方へと飛ばす。
 室内の十六方位に配されたカードから金色の光が陽炎のように立ち上る。夏生の力が葵の部屋を包み込み、外界からそこだけを隔絶させたのだ。
 これで葵の力が暴発しても隣近所に迷惑をかけることはないし、茜も心置きなく《朔》を振るうことが出来る。
 茜は右手を口へ運ぶと、躊躇わずに親指の腹を噛んだ。
 血の味が口内にジワリと広がる。
「――《朔》」
 唇から指を離し、茜は己の分身の名を呼んだ。
 間髪入れずに掌が青紫の冷光を宿し、親指から滴る血液が漆黒の刀へと姿を変える。
 茜が黒塗りの柄を握った時には、不思議と指の流血は止まっていた。
 手の中に慣れ親しんだ刀の存在を感じるなり、茜は葵が臥せるベッドに向かって駆け出していた。
 葵の背から突き出た四枚の羽が不吉に揺らめく。
 転瞬、黄金の神氣が茜目がけて撃ち出された。
「茜ちゃんっっっ!!」
 背後で夏生の悲鳴があがる。
 茜は咄嗟に《朔》跳ね上げ、金色の輝きを刀身で弾き飛ばしていた。
 軌跡を変えた光の筋が天井へ激突し、派手に金の粒子を撒き散らして――消える。
『何という光の強さじゃ……! 妾でもあと二つ三つ受けるのが限度ぞえ、茜』
 夏生が張り巡らせた結界が激しく波打ち、何処からともなく玉依の苦り切った声が響いてくる。
「解ってる! すぐに終わらせる」
 茜は一つ頷いてから床を蹴り、一気にベッドへと跳躍した。
 葵の身を突き破らんばかりの勢いで生えている翼を《朔》で斬り落とす。
 だが、それらは消滅することなく、直ぐさま《朔》の刀身に絡みついてくるのだ。
「――つッ……くそっ!」
 柄を握る掌がビリビリと震え、肩がギシッと小さな悲鳴をあげる。
「……葵っ! 大丈夫か、葵!?」
 茜は身を襲う苦痛に耐えながら双子の兄に左手を伸ばし、その肩に触れた。
「……あ……かね……?」
 葵の瞼が震え、次いで潤んだ眼差しが茜を捉える。
 ――よかった。意識はある。
 茜はホッと胸を撫で下ろした。
 片割れはまだ自分の知っている葵のままだ。
「葵――半分寄越せ」
 茜は片手だけで葵の身体を仰向けると、そっとその上に乗り上がった。
「……茜、《天晶》が――!?」
 額に冷や汗を浮かべた茜を見上げ、葵が驚きに目を見開く。己の神力の分化である《天晶》が、茜を攻撃している状況が信じられないのだろう。
「どっかで嫌な奴が目醒めたせいで、荒れ狂ってるみたいだな」
「ああ……そうか、魔王が起きたから……調子悪いのか……」
 葵が眉根を寄せる。
 その唇から苦悶の呻きが洩れるを聞いて、茜も眉をひそめた。双子の片割れが自分以外の者に心を煩わせたり奪われたりするのは、決して面白いものではない。はっきり言うと、至極不快で腹立たしかった。相手が対立する魔族の長なら尚更だ。
「調子悪い――ってレベルじゃないだろ? アイツのせいで制御できないなら、俺に半分移せよ」
 茜は空いている左手を葵の右手に重ね合わせた。繋いだ手を離さぬように、キュッと指を絡ませる。
「けど、それじゃ茜が――」
「《朔》に吸わせるから問題ない。半分くらいなら神氣を移しても平気だろ」
「ごめん、茜……」
「謝るな。葵が苦しむのを目の当たりにするくらいなら、痛みを分かち合った方が遙かにマシだ」
 茜は揺るぎない決意を秘めた眼差しで真っ直ぐに葵を見つめ、絡めた指に力を込めた。
 一拍の間を措き、葵の手がゆっくりと茜の手を握りかえしてくる。
「《朔》――吸収しろ」
 茜が簡素に言葉を紡ぐと、《朔》に絡みついていた《天晶》の輝きがスーッと刀身に吸い込まれてゆく。
「――くっ……!」
 手にした柄から《天晶》の凄まじい光の波動が伝わってくる。茜は奥歯を噛み締めて、その衝撃に耐えた。一族の天主である葵の力は強大で、双子の茜でさえも受け止めるのはかなりの苦痛を伴う。
「茜、やっぱり無理なんじゃ――」
 手を引こうとする葵を軽く睨めつけ、茜は握り合わせた手をしっかりとシーツの上に固定した。
「無理じゃない。おまえを護る鞘――それが俺の存在意義だ」
 茜はきっぱりと断言すると、《朔》に意識を集中させた。
《朔》の最大の利点――それは、他者の神力を吸収し、己の力として使用出来ることにある。神氣を吸収した時の《朔》は、漆黒から金色へと変貌するために茜は月の満ち欠けに擬えて《望》と呼び改めていた。
《朔》の黒き刀身が見る間に金色に染められてゆく。
「俺は大丈夫だから、おまえの神氣――たっぷり喰わせろよ、葵」
 茜は不敵に微笑んでみせると、より一層繋いだ手に力を加えた。
 ふと、ベッド脇の窓に視線を流すと、夜空に浮かぶ大きな満月が見えた。
 不可思議なことに月はほんのりと朱色に染められている。
 まるで血に彩られた魔王の復活を祝福しているかのようだ……。
 ――悪いけど、あんたに葵は渡さない。
 茜は決然と満月を睨み据えると、神氣を受け続ける激痛に耐えるために金色の光輝を放つ愛刀をベッドに突き刺した――


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90000打、ありがとうございます.゚+.(´∀`*).+゚.

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2011.06.08 / Top↑
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