ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「……はい、解りました。夏生はこちらでお預かりします。……はい、おやすみなさい、茜さん――」
 秀麗な顔に翳りを落とし、有馬美人は静かに電話の受話器を置いた。
 ――面倒なことになったな……。
 重苦しい溜息を吐き出し、くるりと踵を返す。
 面を上げると、リビングのソファーには姉の咲耶が腰かけ、優雅に紅茶を嗜んでいた。
「今の茜ちゃん? 何? デートにでも誘われたの?」
 ティーカップをソーサーに戻し、咲耶が興味津々だという眼差しを送ってくる。
 顔は美人の方へ向いているのに、片手は膝に載せられたスケッチブックにしっかりとペンを走らせていた。美形男子同士の恋愛を妄想することが何より大好きな咲耶は、暇さえあれば美少年や美青年を描く練習をしているのである。
「……違います」
 咲耶の手が凄まじい速度で紙面を滑るのを眺めながら、美人は苦々しく応じた。何でもかんでも自分が愛して止まない禁断の世界へ引き摺り込もうとするのが、咲耶の悪い癖だ。
「智美姉さんは?」
 リビングをザッと見回した美人は、もう一人の姉――智美の姿が見えないことに気づき、首を傾げた。
「智ちゃんは、裏山の滝に精神統一しに行ってるわよ」
「えっ、こんな時間にですか?」
 美人は軽い驚きを覚え、目をしばたたいた。
 M市有数の資産家である有馬家は、本邸から少し離れたところに小さな山を所有しているのである。小ぶりの山だが、見事な竹林と清廉な滝が美しい。
 武芸の鍛錬や滝に打たれるには最適な山だが、今はもう夜の十時過ぎだ。暗い山中など、うら若き女性が一人でいるべき場所ではない。
「心配しなくも大丈夫よ。智ちゃんに勝てる男は、このM市じゃ葵ちゃんと茜ちゃんだけ――あー、もしかしたら茜ちゃんも本気の智ちゃんには負けちゃうのかなぁ? 智ちゃん、女にしておくのはもったいないくらい超絶カッコイイしねぇ」
 咲耶が口の端に微笑を刻み、冗談とも本気ともつかない口調で告げる。
「自分と同じ顔の姉をよくそこまで待ち上げられますね? とにかく、しばらくして帰って来なかったら、必ず誰かを迎えに行かせて下さいね」
 美人は咲耶の双子愛に少々辟易としながら言葉を紡いだ。
 咲耶がBL好きの腐女子に成長したのは、男勝りな智美が常に傍にいたのも一因しているのかもしれない。物心ついた時から男よりも漢気のある智美がいたのでは、現実世界の男子に興味を抱けなくなるのも頷ける気がする……。
「――アラ? 美人は迎えに行ってくれないの?」
 咲耶が鉛筆を握る手を止め、不思議そうに訊ねてくる。
「僕は別の用事がありますので……。咲耶姉さんは車を榊家に手配してくれませんか?」
「本家に車?」
「はい。夏生をしばらく預かります。葵さんが情緒不安定で……巧く力を制御できないようです。茜さんや夏生にまで《天晶》が攻撃をしかけてくるみたいです。何者かに心を惑わされ、混乱させられているとしか思えませんね」
 美人は神妙な顔で咲耶に事情を説明した。声音は自然と渋いものになってしまう。
 葵を惑乱させることが出来る者など、ごく少数に限られる。
 メリットからいけば如月祐介だが、彼が今更そんなことをするとも思えない。
 魔族の中でも強い力を有する条家の者たちも目立った動きを見せていない。
 魔王の側近である一条遙は、魔族にしては珍しく温厚な性格であり、争いごとを好まないと聞く。
 女だけの一族――妖鬼族の妖魅王にも葵を陥れる利点はないはずだ。
 無論、茜は論外だ。
 そうすると、残りはただ一人――
「ここ数日、市内の氣が乱れてましたし――魔王が覚醒したのかもしれませんね」
 美人が推測を口にすると、咲耶は真顔で頷いた。智美は精神統一のために滝へ向かったというし、姉たちも神族の鋭敏な神経で不穏な気配を掴み取っていたのだろう。
「咲耶姉さんは夏生を迎えに行ってあげて下さい」
「だから、美人は何処へ行くのよ?」
「如月の叔父さんの所へ行ってきます。やっぱり例の離れが気になりますから」
 淡々と告げて身を転じる。
『気をつけて』という咲耶の声を背に、美人は有馬家を後にした――




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2011.06.15 / Top↑
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