ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 一条龍一。
 聖華学園高等部 臨時数学教師。
 そして、条家筆頭一条家の直系――
 授業以外で龍一と会話を交わしたのは、彼が臨時教師として聖華学園に赴任してきた当日だけだ。
 それでも龍一の端整な顔はしかと脳裏に刻まれているし、派手な金髪は見間違えようがない。
 ただ、驚くべきことに龍一のトレードマークとも言えるその金髪が、今はかなりの長さに成長しているのだ。
 美しい金糸のような髪がベッドをから垂れ落ち、床を這っている。
 おそらく、これが魔族としての彼本来の姿なのだろう。
 人の世に紛れて暮らすための仮姿を維持できていない――それはつまり龍一が己の魔力をコントロール出来ぬ状態に陥ってるということだ。その証拠に、金髪に包まれた龍一の顔はやけに青ざめている。
「一条先生……?」
 美人は、相手が敵であることも忘れてベッドに歩み寄っていた。
 龍一は血の気の失せた顔でベッドに横たわっている。
 如月家の離れに拉致されている以上、龍一をこんな目に遭わせているのは如月祐介に違いない。それを考えると、心が不愉快な靄に包まれた。
 美人には如月の行動心理は解せないし、常から彼に嫌悪感を抱いている。なので、魔族であるのに龍一に対して同情心が働いてしまった。
 天主である榊葵が行方知れずになった際には、龍一は茜と協力して葵を如月の魔手から助けてくれだ。
 そのせいで彼は一度肉体を喪った――そう聞いている。
 神族として、龍一には借りがある。
 だからこそ余計に彼が如月に苦痛を与えられていることが許せなかった。
「大丈夫ですか、先生?」
 美人が声をかけると、龍一は酷く億劫そうに瞼を開いた。
「……ああ、君は――確か……茜の従弟……だったね?」
 美人を見上げる双眸は、彼が普通の人間ではないことを示すように金色に輝いている。しかし、その瞳は精彩を欠き、活力は失われていた。かなり衰弱しているらしい……。
「はい――」
 頷きながら美人は視線を降下させ、ベッドから力なく投げ出されている腕を眺めた。
 右腕に点滴時に使用するような針が刺さっているのを確認して、不快感に眉をひそめる。針に繋がる透明のチューブを満たしているのは血液のようだ。龍一の疲弊具合から察するに、単純に体力回復のための輸血だとは思えなかった……。
「……すみません」
 無意識にそんな言葉が唇から滑り落ちていた。
 美人の呟きを拾い、龍一が意外そうに目をしばたたかせる。
「何故……君が謝るのかな?」
「あの人は――あんな人でも一応僕の叔父ですから……」
 申し訳なさで胸が締めつけられるような痛みを発する。
「君が……気に病むことはないよ……。彼が嗜虐的な性質は、古からのものだしね……。蘇生直後とはいえ如月に容易く攫われたのは、誰のせいでもない――私の落ち度だよ」
 時折苦しげな息を吐きながらも龍一が静かに微笑む。弱々しい笑みではあるが、彼が美人を安心させようとする意図は充分に伝わってきた。
 ――本調子じゃない敵に気を遣わせるなんて……。
 忸怩たる想いが込み上げてきて、美人はキュッと拳を握り締めた。
 龍一は魔族にしては優しすぎる。
「前から不思議に思っていたのですが――先生はあまり魔族という感じがしませんね」
 美人が率直な感想を述べると、龍一は驚いたように目を丸め、次いで困惑気味に微苦笑を湛えた。
「君は――知らないのか? それとも知らされていないのかな?」
「何をですか?」
「私たち一条家の者が、神族にとって裏切り者である過去を……。遙かな昔、私たちは天主に背を向け、魔王と血の契りを交わしたのだよ。以来、魔に堕ちた」
「それは……初めて聞きました。その髪と瞳は――神力の名残なんですね……」
「そう……。当時は女性だった兄が、天主よりも魔王に惹かれてしまったんだよ……。私たちは堕天と化し、罪を背負った。あの時より兄上は、幾度転生しても女性として生まれ変わることはなくなった……。天主を欺いた、罰――なんだろうね……? どれだけ想っても、兄上が魔王様と添い遂げることは決してない」
 龍一の黄金色の双眸が何処か遠くに馳せられる。もしかしたら、遠い昔の兄と己の姿を懐かしんでいるのかもしれない……。
「……知りませんでした」
「まあ、知らなくてもいい事実だよ。恐ろしく昔の出来事だし、今は――すっかり魔族だからね……。私たち一条が神族であったことの残滓は、この金色の髪と瞳と――兄上だけが持つ純白の翼だけだ。皮肉だね……どれだけ刻が経とうとも、このド派手な髪と瞳だけは古より変わらない……」
 穏やかな口調で述べ、龍一が自嘲気味に口の端を歪める。
「知らないままの方が……良かったのかもしれませんね。僕は――先生を討ち取れなくなりました」
 美人は真摯な眼差しで龍一を見返した。先刻遭遇した久我条蓮といい、条家にはこちらの戦意を喪失させることが得意な者が多いようだ……。
「榊三大分家の一つ――有馬家当主の言葉とは思えないね」
 龍一がまた苦笑を閃かせる。
「僕は当主ではありません」
 美人はやんわりと訂正した。
 有馬家の現当主は父である美城(よしき)だ。彼が長年行方を眩ましていようともそれは変わらないし、継ぐとしても自分より長姉・智美の方が相応しいだろう。
「それに、聖華学園創立者である榊総子の孫として言わせてもらえば――お祖母様の大事な学園に教師として赴任されている方を無碍には出来ません。手にかけるなんて以ての外です」
「君の……変わった趣味を持ってる二番目のお姉さんも中々大したものだけど――君も意外としたたかだね、有馬くん」
 龍一の顔に苦笑いが広がる。以前、茜とともに有馬家を訪れた際、次女・咲耶の美形男子を愛するあまりの変態じみた攻撃の餌食になったのだろう……。
「私は結構魔族であることを気に入ってるし、兄上はそれを割り切れないような愚かな人ではないよ……。だから、君も神族としての使命を果たすと――」
「自力で起き上がれないほど衰弱した相手をいたぶるのは、趣味ではありません」
 龍一の言葉を遮り、美人は彼の右腕から延びるチューブを目で追った。
 チューブは隣接する部屋から続いているようだ。僅かに開かれた襖からチューブが伸ばされている。
「先生と闘うのは、先生が聖華から立ち去り、改めて魔族として再会してからにします。その時は、心置きなく《魔封じの剣》を振るわせていただきますから――ご心配なく」
 静穏な声音で宣告し、美人はチューブを流れるモノの正体を見極めようと隣室へ足を向けた。
「――何をする気なのかな?」
 龍一が何かを畏れたように鋭い声音で問いかけてくる。
「表だって先生を助けることは出来ませんが、今、あなたを苦しめているこの点滴を取り外すことくらいは構わないでしょう。あとは自力で脱出してもらうしかありませんが――」
「いや、駄目だ。君は――そっちへ行ってはいけない」
 何故だか解らないが、龍一の声は急に厳しさを増した。
「止めるんだ。君はまだ――そちら側に立ってはいけない! 榊の双子が哀しむ――――」
 背中に制止の声が飛んでくるが、その時には美人の両手は襖を開いていた。
 凍てつくような冷気のようなものが隣室から流れ込んでくる。
「――――!?」
 その冷ややかに怖じ気づいたわけではないが、美人の脚は竦み、身体は驚愕に固まってしまった。
 隣室では一人の青年が眠っていた。
 ベッドで眠る青年の身体からは無数の管が延び、裸の胸には一振りの日本刀が突き刺さっている――衝撃的な光景だった。
 何よりも美人を怯ませたのは、非人間的にさえ見える青年の整った寝顔だ。
 記憶の一部が刺激される。
 最後に青年を見たのは――おそらく美人が五歳か六歳の頃……。
 その時から変わらぬままの姿で青年は眠っていた。
「……あっ……嘘……だ――」
 喉の奥から自分のものではないような震えた声が洩れる。
 青年の顔から胸へと視線を彷徨わせ、美人は最終的に青年の胸を貫く刀剣へと目を据えた。
「これは……まさか《火竜(かりゅう)》……?」
 美人の視線を感知したのか、美しい刀身は青年の血潮を吸い上げているかのように鮮やかな紅色に輝いた。
「嘘だ……。《火竜》は――アレは、永らく喪われていたはず……」
 父の失踪と同時に。
《火竜》は父の愛刀だったと母から聞かされている。
 身体が底知れぬ恐怖に震え出す。
 美人は怖々と青年の顔を見つめた。
 鼓動が早鐘のように鳴り響き、全身の血がざわめく。
「お父さん――」
 美人は愕然と呟いた。
 ベッドで眠る青年は、長い間杳として消息の掴めなかった有馬美城――父その人だった。




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2011.07.14 / Top↑
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