ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 美人は張り裂けんばかりに見開いた目で、父を凝視していた。
 父と呼ぶには、美城の寝顔は若すぎる。
 失踪したのは十数年前――美人が小学生に上がるか上がらないかの頃だったはずだ。
 父親との想い出はあまり残されていないが、記憶の中の美城は目の前にいる青年と寸分違わないような気がする。
 行方を眩ましてから姿形が殆ど変化していない。
 成長していないのだ。
 まるで彼一人だけ刻の流れから弾かれてしまったかのように……。
「どうして……お父さんが……ここに――――?」
 美人は茫然と呟いた。
 自ら消息を絶ったはずの父は、実はこんなに有馬家と近しいところで眠っていた。
 何とも奇妙な現実だ。
 この家の主である如月祐介は、妻である鞠生(まりお)にも気づかせることなく美城の存在を長年秘匿してきたらしい。
 父が生きていた。
 心の何処かで『生きている父に逢うことは、もうないだろう』と半ば諦めていた。それ故に、眼前の光景が俄には信じられない。
 父の生存を確認できたことは嬉しい。
 だが、歳を経ないまま胸に刀を突き刺し、ベッドに横たわっているだけの状態を『生きている』と認識してよいものなのか判断がつかない。
 美城の外見は明らかに異様だ。
 再び父と廻り逢えたことは喜ばしい。
 同時に、胸には戸惑いと懸念が生じていた。
 如月の元にいるということは、美城が神族を見限り、魔魅遣い――混沌の一族に与している可能性も大いにあるのだ。如月の暴挙によって、このような目に遭わされているのならば救出すればよいだけの話だが、前者の場合は最悪この場で父と剣を交えることになりかねない……。
 父が失踪に至るまでの詳しい経緯は知らないが、母・桐子は格別慌てるわけでも泣き喚いたり嘆いたりもしていなかった覚えがある。だから、おそらく父は何かしらの事故や事件に巻き込まれたのではなく、自ら姿を眩ましたのだろう――と、幼心にも感じたのだ。
 美城は己の意志で出奔したのだ。

「お父さん……あなたはまだ僕らのことを覚えてますか?」
 美人は痛切な眼差しで美城を眺め、ゆっくりとベッドへ歩み寄った。
 改めて美城の全身を観察する。
 おそらく二十代後半で刻が止まっているであろう肉体には、夥しい数のチューブが突き刺さっていた。管の中を通っているのは全て血液であり、その内の一本が隣室の龍一へと繋げられているようだった……。
 父の血が何に用いられているのかは判然としないが、如月の考えることだから決して善行ではないだろう。
 美城の胸を貫いている日本刀――《火竜》が時折刀身を紅色に輝かせるのも気に懸かる。《火竜》そのものが生きているかのように艶めいた煌めきを放つのだ。
 ――《火竜》を引き抜けば、目醒めるのだろうか?
 ふと、そんな疑問が浮かぶ。
 美城の意識を奪い、肉体の衰えを阻止しているのが《火竜》の力なのだとすれば、単純に刀を抜いてしまえば父が目醒めるような気がした。
 美人は深呼吸すると《火竜》の柄に両手をかけた。
「よせ、有馬くん……」
 ふと、龍一の弱々しい声が背に届けられる。
「ソレにはおそらく――《カグツチ》が降りてる」
 美人は驚いて手を止めた。
 カグツチという言葉が、すぐに脳内で《迦具土》という漢字に変換される。
 父の愛刀《火竜》は、その名の通り炎属性の刀だ。
 龍一が示唆しているカグツチとは即ち――《火之迦具土神(ほのかぐづちのかみ)》のことに相違ない。
「まさか……失踪してからずっと父は《火之迦具土神》を《火竜》に降ろし続けている――ってこと……ですか?」
 美人は恟然と目を瞠った。
 契約を交わした神霊を肉体に宿らせる――神降ろし。
 今現在、能力が開花している巫覡は、本家の夏生、南の神族を束ねる円融家の次女まどか、そして美人を含めた僅か数人だ。
 一世代前の主たる術者の中では、美城は神降ろしの出来る最強の《器》だったと言われている。
 美人自身は父が神降ろしを行っている姿を目撃したことは殆どない。
 だが、一族の者の口から洩れる美城に対する称讃と畏怖は散々耳にしてきた。
 美城は一度に五柱の神を勧請できるほどの逸材だったのだという。
 そんな父ならば、十年以上も神霊の力を身の裡に留めることが可能なのかもしれない。
「おそらくは……。君の父上が飲まず食わずで眠り続け、更には若さを保ったままなのは――カグツチの神氣を喰らって生きているからだろうね……」
 背後から聞こえてくる龍一の声には苦々しい響きが宿っている。
 神族と魔族――双方の過去世を歩んできた龍一にも、美城の措かれている状況が信じがたいのだろう。
「何故……こんなことに――」
「それは……判らない……。ただ、君の父上は――もう……人ではないのかもしれない……」
「父は……人ではなく……何に変じた――と?」
 美人は震える唇をそっと噛み締めた。
 十年以上も膨大な神氣を身に宿し、喰らい続けることが、どれほど心身ともに負担がかかることなのか同じ巫覡である美人にも解る。
 おそらく、正気など疾うの昔に喪ってしまっているだろう……。

「もう……僕らのことは判らないんですか、お父さん?」
 美人は痛切な眼差しで昏々と眠る父を見つめた。
 母・桐子と双子の姉たちの顔が脳裏をよぎる。
 彼女たちが父の現状を知った時、どんなに嘆き悲しむことか……。
 それを想像しただけで美人の胸は鋭利な痛みを発した。
「起きて……起きて下さい、お父さん」
 美人は柄にかけた手に力を込めた。
 このまま父が目醒めないなんて認めたくない。
 願わくば、もう一度――たった一度でいいからその目で美人を認識し、その腕で抱き締めて欲しかった。
「駄目だ……。君では駄目なんだ、有馬くん……!」
 龍一の切羽詰まった声が飛んでくる。
「どうして……です?」
「有馬美城が目醒めた時――君の《魔封じの剣》じゃ彼を斬れない……。より神に近くなった彼のことを、君の《魔封じの剣》は邪なものや魔として認めず、斬ることを厭うだろう。そもそも、その《魔封じの剣》は……君の祖母である榊聡子が《魔を絶つ》ためだけに鍛えたものなんだ。基本的には神聖なものは斬れない。傷を負わすことは可能かもしれないけど――封印することはできないはずだ」
「……万が一、父が正気を喪っていて暴走したら――僕では太刀打ち出来ない……と?」
「残念ながら……。君が父上より多くの神霊を降ろすことが出来るなら……また話は違ってくるけど……」
「父は……かつてないほど優れた巫覡だと聞いています。僕一人では……相手にもならないでしょうね……」
 美人は口惜しさを堪えるために眉根を寄せた。
 己の力量不足に対して忸怩たる想いが込み上げてくる。
 目の前に長年捜し求めてきた父がいるというのに、何もせずに見守るしかない。
 目醒めさせて会話を交わすことも、今の状態から解放させることもできないのは、歯痒くてならなかった……。
「今は……このまま立ち去るしかないということですか? 父が生きていたのに、何もしてあげることができないなんて――」
 悔しさに再び歯噛みした時、
「気にするな、美人」
 冷淡な声が隣室から流れきた。
「――――!?」
 その声に不快感を煽られ、美人は勢いよく振り返っていた。
 直ぐさま、何の感情も窺えぬ双眸に遭遇する。
「ソレは、美城が自ら選んだことだ」
 いつの間に忍び寄ってきたのか、すぐ傍に如月祐介が佇んでいた―― 




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2011.07.20 / Top↑
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