ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 美人は反射的に《火竜》から手を離し、身体ごと如月に向き直っていた。
 如月に背を向けてはいない。
 彼は敵だ。
 本能が警鐘を鳴らす。
 ――この男はきっと、父を籠絡したように僕のことも陥れる……。
 不吉な予感がじりじりと胸に押し寄せてくる。
「父を……こんな惨い目に遭わせたのは――あなたなんですね?」
「決断したのは私じゃない。美城だ」
 銀縁眼鏡の奥でスッと双眸が細められる。
 美城へと流された如月の視線には、普段は考えられないような哀切な光が宿っていた。
「あなたの言葉は信じられません。あなたは榊の伯父さんを謀殺し、僕らの父を生きながら葬った――」
「失敗したんだよ」
 美人の非難を遮るようにして、如月が平淡な口調で告げる。
 何に対しての言葉なのか解せずに、美人は柳眉をひそめた。
「失敗だった。本来ならば、美城はその身に魔王の魂を依り憑かせ、魔王ごと保が滅殺するはずだった」
「転生した魔王の魂を今生の肉体から引き剥がし、父に移し換え、父諸共抹消するつもりだった――と?」
 思いがけず新事実を暴露され、美人は寄せていた眉を跳ね上げた。
 保――とは、先代天主である榊保のことだ。
 まさか父が保と如月と共謀して魔王封殺計画を企てていたとは……。そんな可能性はこれまで一度として考えたことはなかった。
「そうだ。転生した魔王を見つけた時から保と美城は、ソレを考えていたんだろうな。魔王の依り代は当時まだ子供だったし、美城なら魔王の膨大な氣を受容できると高を括っていたんだよ」
「けれど、失敗――したんですね?」
 美人は喉の奥から声を振り絞った。ようやく何が《失敗》であったのか把握した。
 保と美城は敗れたのだ。
 完全に覚醒もしておらず、子供の肉体しか持たぬ魔王に――
「まあ、結論から言えばそうだな。美城は――美城ほどの《器》でも魔王の氣を肉体に定着させることは出来なかった……。酷いダメージを負った美城は、神を降ろした《火竜》で自らの胸を突いた。そうしなければ生き長らえないほど凄惨な状態だった」
「それから、ずっとこのままという訳ですか……」
 胸に鈍痛を覚えて、美人は唇を噛んだ。
 父は決死の覚悟で魔王に臨んだのだろう。
 魔王の魂を受け入れる――神氣とは異なるエネルギー体を身に宿すだけでも困難だったろうに、それを定着させるなんて無謀だ。
 それは多分、美人はもちろん類い稀なる巫女である夏生にも無理に違いない……。
「甘いんだよ」
 フッと如月が硬質な声音で呟く。
 美城や保が侮辱されたような気がして、美人は鋭い眼差しを如月へ向けた。
「魔王の依り代が子供だったから、保と美城は『子供の方は人として生きてほしい。だから、魔王の魂だけ美城に移して葬り去ろう』なんて、愚かなことを考えた。端から美城が犠牲になる必要なんてないのにな。あの時、子供ごと消し去ってしまえばよかったのものを……!」
 如月の声音に少しだけ感情が籠もる。その声音には悔しや嘲笑――そして、哀惜といった類のものが混在しているように感じられた。
 若かりし頃の父たちの関係がどうだったのかは判然としないが、その頃の如月は神族のことも魔族のことも特別憎悪してはいなかったのではないか、と美人は思った。
 如月の意見に大きく頷けるわけではない。
 だが、保と美城が他人のことを思い遣れるような人間でなければ、少なくとも美城がこんな目に遭うことはなかったはずだ。
「……どうして、父や保伯父さんはそんな危険な方法に拘ったんですか?」
「そんな簡単なことも判らないのか?」
 如月が嘲るように鼻で笑う。
「全ては次世代――つまりは子供たちのためだ。原初の魔王の魂が完全に消滅してしまえば、魔族も神族も闘う理由がないからな」
 如月の双眸に憤りを孕んだ苛烈な光が瞬く。
 ――そうか。だから、あなたは僕らを憎み、魔族を仇視するのか……。
 美城が己の生命を削ってまで護ろうとしたものが美人を含めた神族の子供たちだから、美城をこんな状態に追いやったのが魔王だから――友を喪った如月は、神族も魔族も赦せないのだ。
 目の前で美城が《火竜》で己が身を刺した瞬間から、如月の裡では何かが変容し、心が一気にどす黒い負の感情に囚われてしまったのだろう。
 全てを憎悪する彼の気持ちも解らないでもない。
 自分とて眼前で大切な幼なじみが奪われたら正気でいられる自信はない……。
「けれど――甘い。甘すぎるんだよ。《火竜》を突き刺す前に、美城は言った。『後々、魔王の魂を封殺するために《器》が必要になるかもしれない。だから、このカラダはあげるよ』って。微笑みながら自分の胸を貫くような甘い男だ」
 如月がひとつ瞬きをする。
 再び美人を見た時には、彼の瞳からは感情の迸りが消え去っていた。
 父が《火之迦具土神》を降ろしてまで肉体を現に留めておきたかったのは、万が一に備えてのことなのだ。
 魔王がどんな形で転生するのかは与り知らぬが、美城の言葉から察するに、元々の肉体の持ち主と魔王の魂は別個のものである可能性が高い。おそらく魔王の魂は、長い時間をかけて本来の持ち主の意識を片隅に追い遣り、肉体を強奪するのだろう。
 父は、《火之迦具土神》を長期的に宿すことで己の自我が崩壊することを承知しながらも、ソレを実行した。肉体だけでも《器》として後世に遺すために……。
 もしかしたら、美城は幼い夏生の可能性に誰よりも早く気づいていたのかもしれない。
 本家の夏生は、巫覡の中でも特別だ。
 降ろした神霊を他者に植え換える荒業を行えるのだ。その気になれば、魔王の転生体から魂だけを剥離させて、美城の肉体に移し換えることだって出来るだろう。
 美城は、自分たちが失敗したにも拘わらず、それでも魔王の魂だけを滅する方法を次の世に残した。
 神族だけではなく魔族も因果から解き放ってあげたい、という気持ちの顕れなのかもしれない。
 確かに如月の言う通りに甘いし、夢見がちな理想論だ。
 けれども、自分に生命を授けてくれた父親が、そういう優しくて強い心の持ち主であることが心底嬉しかった。
「僕には――あまり似てませんね」
 眠る美城の顔をチラと眺め、美人は独りごちた。
 顔立ちだけではなく、心の在り方も自分とは異なる気がした。自分には美城のように寛大で情け深い心は持てない。
 榊家の双子と夏生、有馬の一族――そして、ごく僅かだが《友》と呼べる人たち。
 最低限、それだけは生命を賭してでも護りたいと思う。
 しかし、敵対する魔族まで絡み縺れ合った糸から解放してあげたい――とは、到底考えられなかった。傍にある存在を手放さないようにするだけで精一杯だ。それすらも護り切れているかどうか怪しいのに、魔族のことまで慮る余裕はない……。
「似てないな。おまえは美城より鞠生に似ている」
 如月の眼差しがスッと細まる。いつまでも自分に靡かず、愛情を抱かぬ妻のことを思い出しているのかもしれない。
「それでも、父と僕は確かに親子です。父は――返してもらいます」
「それは無理だな。美城は有馬には戻さないし、おまえを帰すつもりもない」
 如月が傲然と言い切り、パチンと指を鳴らす。
 それを合図に、屈強の男が二人、音も立てずに室内に入ってきた。
「捕まえろ」
 如月の端的な命令に応じ、男たちが素早く美人の両脇を塞ぐ。
 美人は咄嗟に左手の指輪に手をかけ――思い留まった。
 こんな狭い室内で日本刀を振り回しても効率は良くない。
 美人は如月を睨めつけ、指輪に触れていた手を離した。
「イイ子だ、美人。美城の肉体も人質だということを忘れるなよ。おまえが大人しく従わないなら、《火竜》を引き抜いて自我を喪った美城を暴走させることもできる」
「そんなことをしたら、あなたも含め――M市の街そのものが危険ですよ?」
「だろうな。カグツチの炎が街を灼き尽くすかもな。聖華学園に張り巡らされている結界も崩れ、榊聡子が苦労して封じ込めてきた魔物たちが一斉に街に繰り出し、喜々として人々を襲うだろう。そんな陰惨な光景を見たくなければ、黙って従え」
「……相変わらず卑怯なやり方ですね」
「卑怯だが有効な手段だろ? ――美人を捕らえろ」
 如月が勝ち誇った笑みを口元に刻む。
 如月の私兵二人が美人の腕をそれぞれ強い力で掴んだ。
「――ッ……!」
 痛みに美人は眉根を寄せた。
「腕は折るなよ。コレは私の人形となる大事な身体だからな」
 如月の指が美人の顎を捕らえ、顔を上向かせる。
「僕に……何をさせる気です?」
「そんなことはおまえが気にすることじゃない。まあ、すぐに何も考えなくていいようになるけどな。おまえはこれから私の下僕になるんだよ、美人」
「――――!? だっ……誰が……!」
 美人は険しい眼差しで如月を射る。
 だが、如月は全く動じず、薄笑いを浮かべたまま美人の髪を指で梳くのだ。
「おまえが嫌でも必ずそうなるんだ。おまえの意思とは無関係にね。おまえは私のために闘う人形になる」
 美人がそれに対して反論しようとした時、男の一人が美人の口に布を押し当てた。
 薬品の強烈な匂いが鼻をつく。
 急激に意識が暗闇へと失墜した――


 小さな頭が力を失いガックリと項垂れる。
 有馬美人が気絶したのを確認すると、如月は唇に満足げな弧を描かせた。
 ほぼ同時に隣室のドアが開き、女が入ってくる。秘書の一人だ。
「社長、一条遙と名乗る男が面会に来ています」
 女の報告が室内に響いた瞬間、隣室で金色の塊が揺れた。
 如月はそちらへ移動すると、今まで目もくれなかった一条龍一に視線を落とした。
 龍一は苦悶の表情でベッドに蹲っている。余ほど体調が悪いのだろう。動ける余裕があるなら、如月が美人を手中にするのを黙って見てはいなかったはずだ……。
「解った。すぐに行く」
 女へ返事をしてから如月は龍一に残忍な笑みを向けた。
「今夜はいいこと尽くしだよ。美人は自ら私の懐に飛び込んでくれるし、どうやら君の兄上も掌中にできそうだ」
 如月の言葉に対して、龍一がまたピクリと反応を示す。だが、やはり抗議の言葉もまともに紡げない状態であるらしい。憎悪と侮蔑を孕んだ金色の瞳だけが如月を睨み上げていた。
「おまえたちは美人を地下室へ連れて行け。私の可愛い甥だ。顔にも身体にも傷一つつけるなよ。いいな。私も後で行く」
 背後の男たちに命令を下すと、如月は秘書と共に離れを後にした。
 母屋に向かう途中、彼はこれから繰り広げられるであろう光景を想像し、喜悦の笑みを口の端に忍ばせた――


     *


よ、ようやくビジンのターン終了です(;´Д`A

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2011.07.30 / Top↑
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