ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 如月の不可解な笑顔が遙を見つめている。
 銀縁眼鏡の奥の双眸では、紛れもなくサディスティックな欲望が蠢いていた。
 昔から変わらない。
 そう、彼が魔王の部下の一人であり、魔魅遣いの一人にすぎなかった頃から、その苛虐的な性癖だけは微塵も変化していない。おどろおどろしい魔魅を飼育していくうちに、綺麗なものへの反発や美しいものに対する強いコンプレックスが生じたのかもしれない。
 魔族の一員であった時代から、如月は高位の魔物――殊に条家に対して強烈な憎悪と反抗心を持っていた。彼に弄ばれて惨い目に遭った条家の姫たちも少なくないはずだ……。
 永き刻を経ても猶、そういった負の感情と残虐性は薄れていないように見受けられる。
 遙は、自分に注がれる不愉快な視線に耐えるように眉根を寄せた。
 龍一を救出するためならどんな仕打ちにも屈しない自信はあるが、前世から心に染みついている如月祐介に対する生理的嫌悪は到底拭い去れるものでもなかった。
「了解。五分ほど待ってくれ。部下に連れてこさせる」
 遙が表情を曇らせたのを見て満足したのか、如月はもう一度笑ってみせてからチラと背後を顧みた。
 如月の視線を受けて、部屋の隅に控えていた手下が頷く。
 何とはなしに手下を眺め、遙は軽い驚きに見舞われた。
 ――魔魅だ。
 如月の配下から魔性の匂いを嗅ぎ取ったのだ。
 一見すると普通の人間だが、その男には確固たる自我や意欲がないように感じられた。
 如月の意のままに動く操り人形――繰魔だ。
 どうやら如月は人型の魔魅を生み出すことに成功したらしい。もっとも、どの程度まで人型を保っていられるのかは疑問だが……。世代を重ねる度に、魔魅遣いたちの技も着実に進化しているようだ。
「今生でまともに顔を合わせるのは初めてになるな。部下が戻ってくるまでの暇潰しに、記念の祝杯でもあげるか」
 部下が部屋を後にするのを見届けると、何を考えているのか如月はリビングの隣室へと姿を消した。
 再びリビングに戻って来た時には、如月の手にはワインのボトルとグラスが携えられていた。
 遙が如月の行動を黙って見守っていると、彼はワインとグラスをテーブルに置き、慣れた手つきでオープナーを操りコルク栓を抜いた。
 二つのグラスに赤ワインが注がれる。
 如月はグラスの一つを自分の手に取り、残る一方を遙へと差し出した。
「……遠慮させていただきます」
 遙はグラスの中で揺れる紅い液体に怪訝な眼差しを注いだ。
 如月の言動をそのまま素直に受け止めてはいけない。昔から彼は残忍な性質を甘言に包み隠して他人に近寄り、すっかり相手を虜にさせていおいては平然と寝首を掻くような酷い欺き方をしてきているのだ。
 ワインを勧められただけだが、自然と警戒心が強まった。
「毒なんて入ってないさ。今夜の私は頗る機嫌がいいんだ。乾杯くらいつき合ってくれてもいいだろう?」
 遙の懸念を見透かしたように如月がフンと鼻を鳴らす。彼は遙の手にグラスを押しつけた。
「あなたの上機嫌は、私の不機嫌に繋がりますけど……。何のための乾杯なのか、理解する気にもなれませんね」
 遙は不承不承にワイングラスを受け取り、嘆息した。敵対する相手と酒を酌み交わそうとする如月の心理が解せない。だが、大切な龍一を人質に取られている今は無闇に反駁するわけにもいかなかった。
「久方振りの再会と変わらぬ君の美貌に――」
 如月がせせら笑いながらグラスを翳す。全く気乗りしないが、遙も彼に倣った。
「あなたの冷血さと傲慢さ、そして素敵な奥様に――」
「……随分と厭味な祝辞だな。転生を繰り返すうちに、性格だけは少しは歪んだようだな」
「魔王様の不在時にあなたのような厄介な相手と渡り合わなければならないので、自然と身についたのでしょう。お気にせずに」
 不愉快げに眉間に皺を寄せる如月を尻目に、遙はさっさとグラスを合わせた。
 硝子がぶつかる小気味よい音が響く。
 馬鹿馬鹿しい儀式を終わらせるために、遙はグラスを唇へと運び、二口ほどワインを喉に流し込んだ。如月邸に残った後は、毎日のようにこの男の酔狂な遊びにつき合わなければならないのかと思うと気が滅入る。
「今夜は奥様はいらっしゃらないのですか?」
 遙が揶揄混じりに訊ねると、如月はあからさまに顔をしかめた。
 如月は神族の直系である榊本家から鞠生という妻を娶っているのだ。
 鞠生が如月のことを全く相手にしていないのは調査済みだ。
 残忍で自分本位な如月が唯一己が意のままに操れぬ相手――それが榊鞠生だ。
 もしかしたら如月は本気で鞠生に惚れているのかもしれない。
「アレは先月からヨーロッパの別荘へバカンスに行ってる」
「ああ、だからあなたは好き放題できているのですね」
「鞠生が留守の間に、神族も魔族も消えて無くなればいいのにな」
「あなたの愛する奥様も神族の直系ですけれど? 我ら魔族からも《魔女》と畏れられた先々代天主――榊聡子の娘ですらね。さぞかしお強いのでしょう?」
「さあな。アレは保と桐子に甘やかされて育った我が儘なお嬢様だからな。闘い方など知らないんじゃないか?」
 如月がワイングラスを片手にソファに腰かける。
 先々代天主である榊聡子には、三人の子供がいた。
 先代天主である長男の保、有馬家に嫁いだ長女の桐子、そして如月の妻である末っ子の鞠生だ。歳の離れた末の妹を上の二人は溺愛していたのだろう。
「まあ、私の前でだけ《我が儘なお嬢様》を演じているのかもしれないけどな――」
 自嘲気味に笑い、如月がグイッとグラスを傾ける。
「あなたにも感傷らしきものがあるなんて意外ですね」
 遙は冷ややかな言葉を突きつけ、残りのワインを一気に呑み干した。
 それから空になったグラスを手から滑り落とす。
 グラスは如月の足元で床と衝突し、パリンッと砕け散った。
「失礼……手が滑ったようです」
 遙が微笑を湛えると、如月はつまらなそうに口元に冷笑を刻んだ。
「本当に性格だけ悪くなったんじゃないか? ――おや、来たようだな」
 遙を軽く嘲り、如月は不意に首を後ろへとねじ曲げた。
 つられて遙も如月の視線を追った。
 複数の足音が聞こえ、よく知った気配が徐々に近づいてくる。
 ――龍一。
 遙が胸中で弟の名を呼んだ時、リビングのドアが開いた。
 直ぐさま、金色の輝きが視界に飛び込んでくる。
 如月の部下に両脇を支えられるようにして、金髪の青年が姿を現した。
 長い髪に縁取られた顔がゆるりと上がり、遙を見つめる
「――兄上!」
 髪と同じ黄金の瞳がしっかりと自分を捕らえる。
 弟の生存を確認した瞬間、遙の胸は安堵と歓喜に満たされた。

 
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2011.08.20 / Top↑
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