ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑

     *


 北の大地の夜は冷たい空気に包まれていた。
 澄み渡った大気が夜空に散りばめられた星辰の輝きを増幅させている。
 背の高い針葉樹に囲まれた森の中から空を仰ぎ見、少年は形の良い唇に弧を描かせた。
「真っ赤な月だね。まるで血みたい――」
 空には巨大な満月が浮かんでいる。
 それは常よりも紅色に染められ、不吉な光を発していた。
 枝葉の隙間を縫って降り注ぐ月光――照らされる少年の顔は至極整っていた。
 大きな二重の双眸に、筋の通った高い鼻梁。
 彫りの深い顔立ちは何処か異国めいている。
 際立つ美貌が少年を神秘的に見せていた。
「ってゆーか、僕の目みたいだよね」
 少年の濡れたような黒髪を夜風が攫う。
 かさかさかさかさっ……。
 昏い森の中で何やら物音がし、不穏な気配が近づいてくる。
 少年は天穹から視線を引き剥がし、音のする方へと首を巡らせた。
 闇夜に紛れて何かが物凄い速度でこちらへ突進してくる。
 がさがさがさっ……!
 少年のすぐ間近で茂みが揺れ、そこから得体の知れぬ生き物が飛び出して来た。
 ぱっと見、それは山中でしばしば遭遇するエゾシカかと思える。だが、その首の上には、鹿の顔と人面――二つの頭部が載せられていた。
「……小鬼か」
 少年は異形の出現に特別驚くわけでもなく、冷静に鹿の化け物を眺めた。
 下級魔である魔魅が喰った鹿にそのまま取り憑いたのだろう。
『美味そうだな、小僧。我のエサになれ』
 人面の不気味な赤光を放つ目が少年を射、乱杭歯を剥き出しにした口がグワッと大きく開かれる。
「――《双月》」
 魔魅が前肢を高く振り上げるのと同時に、少年は静かに言葉を紡いだ。
 直後、少年の両手から金色の閃光が飛び出した。
 二筋の光は魔魅の前肢をスッパリと切断し、更に夜空へと向かって飛翔してゆく。
『ぐおっ……! こ、小僧、貴様ッ……憎き冷泉の手の者かッ……!?』
 前肢を失った魔魅がバランスを崩し、盛大な血飛沫をあげながら地に転倒する。
 魔魅の血液がピシャッと少年の頬を打つ。
 少年は指でその血を掬うと躊躇いもせずに舌先で舐め取った。
「うーん……これは酷いな。物凄く不味い血だね」
 少年は血の味を吟味するように瞼を伏せ、苦笑を閃かせる。
 次に瞼を跳ね上げた時には、少年の瞳は魔魅と同じような真紅の光輝に彩られていた。
 それを目の当たりにした魔魅が、苦痛にのたうちながらも驚愕の叫びをあげる。
『――なッ……小僧ッ……貴様、我らの同胞でありながら、我を害するのかッ!?』
「あれ? 小鬼と一緒にしないでほしいな。同じなのは半分だけだし。残りの半分は――紛れもなく君たちが忌み嫌い、畏れる、神様だからね」
 鮮血を垂れ流す魔魅を見下ろし、少年は満面の笑みを浮かべた。
 鹿の化け物は少年の正体に思い至ったらしく、憎悪にカッと目を見開いた。
『貴……様ッ……冷泉の小倅かッ!? おのれッ、はらわた引き摺り出して……喰い散らかしてくれるわッ!!』
 怒りに囚われた魔魅が後ろ肢だけで懸命に立ち上がる。
「あ、言い忘れてたけど、僕の《双月》――戻って来るからね」
 整った顔に華のような微笑を咲かせ、少年は左手を挙げた。
 指揮棒でも振るように軽ろやかに手首を返す。
 刹那、宙空から黄金色の閃光が急落下してきた。
 二筋の光が凄まじい速度で飛来し、魔魅の頸を容赦なく斬り落とす。
 光はそのまま地面に突き刺さった。
『お……のれッ……! 魔にも神にもなり切れぬ……半端ものの分際で……我を葬ろうとは……生意気なッ!』
 頭部と胴体の切断面から夥しい量の血を噴出させながらも魔魅が恨み言を連ねる。
「そうだね、半端ものだね。もしかしたら、神族としては落第者で魔性に近いのかも。だから、僕は他の神族より血を見るのが大好きで、誰よりも残虐になれる――」
 少年は唇に蠱惑的な弧を描かせると、再び左手を緩やかに振った。
 すると地面から黄金の光が浮き上がり、鋭利な軌跡を描いた。
 魔魅の二つの頭部が同時に真っ二つに割ける。
 鹿の化け物は断末魔の叫びをあげることもなく――絶息した。
 切り刻まれた死骸から噴き上がる血飛沫が夜の森を不気味に染めてゆく。
「《双月》――」
 少年が低く呟くと、黄金の光は従順に彼の手の中に戻って来た。光の正体は、三十センチほどの長さの三日月型刃物だ。少年が掌を握ると、不思議なことに二つの刃物は主の肌を傷つけることなく彼の体内へと姿を消した。
「――嵯峨様! 血の匂いがすると思ったら、やっぱりあなたですか!」
 不意に名前を呼ばれ、少年は声のする方へ振り向いた。
 いつの間に姿を現したのか、黒ずくめの青年が間近に佇んでいる。少年の傍仕えである櫻町公暁(さくらまち くぎょう)だ。
「御方様が心配されています。屋敷へお戻り下さい」
《御方様》というのは少年の父親であり、この土地の名士である冷泉家の当主のことである。地元の住民たちは冷泉家の当主のことを昔から《御方様》と呼称しているのだ。
「りょーかい。――あ、僕、明日から東京に行くから」
「えっ!? 学校はどうする気です? 嵯峨様はまだ義務教育中の中学生ですよ」
「適当に入院でもしたことにしといてよ。公暁も大学に休学届け出すの忘れないでね」
「――は? まさか……私も行かなければならないのですか?」
 公暁が生真面目な声音で訊ねてくる。少年を見つめる顔には、明らかな困惑が浮かんでいた。
「当たり前だろ。十四歳のいたいけな少年を一人で大都会に行かせる気なの?」
「……《いたいけな》という言葉の意味をご存じですか、嵯峨様? 深夜の森で血に塗れながら狩りを楽しむような方に対する形容詞ではありませんよ」
 魔魅の残骸を一瞥し、公暁が嫌味を投げつけてくる。
「東京に行かれるのなら、榊の本家にお世話になるのでしょう? わざわざ私がお共しなくても――」
「僕、死んじゃうかもよ? もう、これっきり逢えないかもね。それでも――いいの?」
 少年はは公暁の言葉を遮り、微笑を湛えたまま彼を見つめた。
「嵯峨様……?」
 少年の本気をようやく悟ったらしく、公暁の双眸に真摯な光が宿る。
「ホラ、見てよ、公暁。月が紅い。魔王が目醒めたんだ」
 少年は夜空を振り仰ぎ、巨大な満月に挑戦的な眼差しを向けた。
「だからね、狩りに行くよ――魔王の首」
 少年の唇が意味深な笑みを刻む。
 赤味を帯びた月光を浴びる少年の横顔には、静かな闘志が秘められていた――


     *


連投します(´∀`;A

← NEXT
→ BACK
※【妖鬼伝】INDEXへ
スポンサーサイト
2011.10.08 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。